第8話 スワンプマン
「あらためて、
藁を重ねた上に目地の荒い
無論、払った金額に対する宿からの最大限の厚意なので苦情を言ったりはしない。
「それはもちろん、このクソ固いベッドも含めてですよね? ケツが壊れそうです」
クッション性皆無のベッドを叩きながら苦い笑みでエルンストが軽口を叩く。周りからも釣られて小さな笑いが生まれる。
「
ちょっとしたバネの技術を伝えてやりたいが、線引き加工からでもかなり難易度が高そうだ。それなら布団の代用品を見つけるのが先か。
将斗はそう考えた。
「ああ。明日の朝痛くなってるケツの心配まで考えたら、溜め息をもうひとつ追加しなきゃならん。ここはなんだ、ホテル・カリフォルニアか?」
「ははは、たしかにスピリッツなんて気の利いたものは置いてなさそうです」
「なに呑気なこと言ってるんだい、クリューガー大尉。
「宗教議論をする気はないよ、タウンゼント大尉」
「それ以前にチェックアウトできないどころかログアウトできないんですがそれは……」
それぞれが悲喜こもごもに軽口を叩き合う。
チンピラを全員昏倒させた後、一行は落ち着いた場所で話をすべく、手ごろな宿に入って集団用の部屋を確保した。
これはまさしくクリスティーナが出してくれた路銀のおかげだった。そうでなければ先程の連中からカツアゲをしなくてはならなかった。
ちなみに、宿屋で支払った金額から逆算すると、無収入のままでも半月近く滞在できそうだった。
もっとも、彼らにそんなつもりは毛頭ないが。
「それにしても、とんでもない目に遭ったもんだ。せっかく、国に戻ったら本部付きになって出世コースに乗れると思ってたのに……」
スコットは軋むベッドに座りながら言葉を漏らすが、やはり動揺を隠せない様子が垣間見える。
“転移”から事態が落ち着き、あれこれを考える余裕が出てきたのだ。
そんな転移者たちを、“オペレーター”のミリアは無言で見守っていた。
「おいおい、スコット。DEVGRUに選抜されたってのに贅沢言うじゃないか」
俗っぽい言葉を並べるスコットに向けてロバートはあえて冗談を投げかける。
対する巨漢も、その意図を察したのか茶化されたと怒り出すようなことはなかった。
スコット自身も頭では理解しているのだ。
自分だけではなくこの場にいる他の四人も、突然叩き落された現状――地球でのキャリアの一切を失ってしまったことを。
「今時特殊部隊なんて自己満足、ステータスになるのは数日だけだ。使い減りしないと思って無茶ばかりさせられるからな。MARSOCだって同じだろ?」
「だとしても俺は前線にいたい
「そうかい。俺はエアコンの効いた部屋で優雅に事務作業をしたかったんだよ。さらば、夢の
ひとしきり語って精一杯気持ちを切り替えてスコットは顔を上げた。
やや曲がっていた背筋を伸ばしてロバートへ笑みを返すとついでに冗談も投げる。
「言いたいことはわからんでもないよ。VR訓練の仕上げの仮装大会みたいなものだって言うから参加したらこのザマだからな……」
さりとて完全に冗談にもできず、受けるロバートの口からは小さな溜め息が漏れた。
さて、ここで情報を整理する必要がある。
そもそも、なぜこのように人種も国籍も異なる人間が、揃いも揃って謎の世界にいるのだろうか。
「ミリア嬢」
「はい」
「結局、俺たちはどうなった?」
ロバートが意を決したように問いかけた。
周りの面々も同じような表情となっている。ミリアもまたこれまでにない真摯な表情となり居住まいを正した。
「これは便宜的な説明となりますが……皆さんは
皆はぱっとしなかったようだが、ジェームズが唯一表情を変えて口を開く。
「それはまさか俺たち――」
一見今までと変わらぬ態度に見えたが、よくよく聞けば声だけは震えを隠せていなかった。
「どういうことだ、タウンゼント大尉」
「……説明します。ある男がハイキングに出かけ――」
そこからジェームズが語り始める。
ある男が不運にも沼のそばで、雷に打たれて死んでしまう。
その時、もうひとつ別の雷が沼へと落ちた。
不思議なことにこの落雷は、沼の汚泥と化学反応を引き起こし、死んだ男とまったく同一・同質形状の存在を生み出してしまう。
これによって生まれた存在がスワンプマンだ。スワンプマンは原子レベルで、死ぬ直前の男と寸分違わぬ構造で、見かけもまったく同じである。
スワンプマンは脳の状態すら生前の男の完全なコピーで自身の変化に気付くことなく帰宅し、そのままいつも通りの生活に戻っていく。
「つまり俺たちは死んだのか?」
意を決したようにスコットが疑問を呈した。
「いいえ。皆さんは生きております。ですが、VR空間内部で可能な限り数値化された情報を、この世界の技術である魔法の原理を応用し、魂まで複製して転移させた“コピー体”と呼ぶべき存在です」
覚悟していたつもりだが全員が言葉を失った。
ミリアに突き付けられた現実に信じられないと言わんばかりの表情となっていた。
「それじゃあ俺たちは異世界にクローンとして呼び出されたわけか!?」
将斗が立ち上がって叫んだ。周りの目が一斉に自分へ向く。
「――落ち着けキリシマ中尉。気持ちはわかる。だが冷静になれ」
自身も立ち上がったジェームズが将斗の肩を引き寄せて叩く。
――食いついた。
将斗は内心でほくそ笑んだ。皆の関心がこちらに向いている今こそが勝負の時だった。
みっともないとわかっていて叫んだのは、自分自身の感情を整理するためでもあるが、同時に自分よりもフィクション慣れしていない仲間たちの代わりに敢えて取り乱してみせたからだ。
将斗はすでに覚悟を決めていた。
死んでいないなら、これからのことまで考えなければならない。
地球の自分は変わらぬ生活をしているから大丈夫と割り切り、拳銃で頭を撃ち抜くのはご免だった。
すくなくとも自分自身と認識している身体は間違いなくここに存在しているのだ。
ならば生存確率を上げねばならない。そのためにも一人でも多くの仲間が必要だった。
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