第2話 Rising Operation 後編


「降下まで30秒! 総員、ケツを上げて準備しろ!」


 ヘリコプター内部のキャビンでは、部隊の指揮官らしき黒髪の青年が大声で指示を飛ばしていた。

 周囲に腰を下ろした兵士たちもライフルを握り締めながら表情を硬くしている。


敵の航空戦力ドラグナイツは撃破済みだ。ただし砦内の歩兵は健在。激しい抵抗が予想される。本来は建物ごと吹き飛ばせば済むが、今回は救出任務なので事前攻撃は不可。こちらは降下前にドアガンで可能な限り排除する」


「「了解イエッサー!」」


「そうら時間だ。おっ始めるぞROCK'N'ROLL!」


 ヘリが砦の上空に差し掛かると同時に、地上から大量の弓矢が多数射かけられた。


「なんだ、あの鉄の羽虫は! 魔物か!?」

「さっさと魔術師を連れて来い!」

「そんな! 矢がまるで効いていないぞ!」

「中に人を乗せている! 降りてくるつもりだぞ!」


 砦の屋上では兵士たちが矢を放ちながら口々に叫んでいたが、それらはすべてヘリの外板に弾かれて終わる。

 そもそもワイバーンを落とされてから大混乱に陥っており、組織だった反撃などできる状態ではなかった。


機銃手ガンナー! ロビンフット気取りの連中に挨拶だ! やれ!」


「イエッサー!!」


 返事と共に側面の窓に立つ機銃手が安全装置セーフティを指で弾いて解除。円柱状にも見える物体――束ねられた六つの銃身を敵の集団へと向ける。


「侵入されるぞ! 対ワイバーン用のバリスタはどこだ! 早くしろ!」


 守備隊の隊長らしき男が怒鳴って周りが動き出すが、それが彼らの人生最期の瞬間となった。


 短いモーターの駆動音に続き、M134 六砲身ガトリングガン――通称“ミニガン”から火薬が炸裂する轟音がひとつなぎになって7.62×51mmNATO弾を放出した。

 音速を超える弾丸は毎分3,000発におよぶ猛烈な速度で地上へと降り注ぎ、射線上にいた兵士たちを物言わぬ肉塊へと変えていく。


 浴びせかけられたのは汎用機関銃GPMGでも使用される有効射程1,000mの大口径ライフル弾だ。それを銃声が繋がって聞こえるほどの豪雨じみた密度で喰らえば、人間――いや、たとえ中位クラスの魔物であってもどうすることもできない。


 集団の中に交じっていた魔術師らしき兵士が咄嗟に魔法障壁を張ることに成功したようだが、それも一瞬で耐久力の限界を超えて破られる。

 ガラスのように障壁を破壊された挙句、他の兵士同様に身体をズタズタに蹂躙されて沈黙した。


「降下開始! 行け行け行け!!」


 容赦ないミニガンの掃射が続く中、ヘリからロープが垂らされ、続いて迷彩服と地上戦装備に身を包んだ男たちが一斉にリペリングを開始。

 地上に降り立つと同時に構えたM27歩兵支援火器IARの射撃で掃射範囲外の敵を排除。建物の入口へ迷うことなく向かっていく。


「敵を通すな! ここで食い止めろ!」


 建物の内部からは敵襲の報を受けた兵士が次々に飛び出してくる。

 しかし、容赦なく浴びせかけられる5.56×45mm NATO弾によって、彼らは鎧を紙のように撃ち抜かれて剣や槍を振るう前に地面へと沈んでいった。


「“我は唱える。鮮烈なる業火を以て敵を焼き払――”」


 意を決して前に飛び出て来た魔術師がいた。

 握られた杖が人の頭より大きな火球を生み出そうとするが、次の瞬間には自分の頭部が弾け飛んで火球も消失した。

 残った首の部分から間欠泉のように鮮血を噴き出し、魔術師だった肉塊は地面へ倒れていく。


「警戒が甘いぞ! 相手には高火力持ちまほうつかいがいるんだ、優先順位をつけて倒せ! 敵の勿体ぶった動作で判断しろ!」


 高度戦闘光学照準ACOGの取り付けられたM27 歩兵支援火器IARを構えた黒髪の指揮官が怒鳴る。


「相変わらず一方的なものだ。この様子だと、わたしの出番はなさそうだな」


 周囲の警戒を続ける指揮官に対する声が上がった。

 同じくキャビンに残っていた、透き通るような金色の髪をした女が翡翠色の瞳を向けてくる。

 戦場の空気に緊張を覚えているのか、尖った耳が小さく動いていた。


「そうでもないさ、リューディア。新手を警戒しておいてくれ。魔法使いは厄介だ。俺たちに魔法は使えないからな」


「承知した、マサト殿。あなたを守ることがわたしの使命だからな。彼の方にもそう言われている」


「……大袈裟だ。それはそうと、作戦中はなるべくコールサインで呼んでくれないか」


 しばらくの間、ヘリは砦の周囲を周回する。

 内部の兵士たちは警戒を続けながら突入部隊からの連絡を待つ。


『グレネード!』

『出過ぎるな! 斬られたら死ぬぞ!』


 砦の内部からは散発的な銃声と怒声が聞こえてくる。


「…………」


 時間の経過がいつになく長く感じられる。

 時折見える地上の敵兵を狙っては仕留めるしかやることもない。


『《タクシー01》! 標的の排除および救助対象の確保に成功!』


「オーケー、よくやった! 撤収するぞ、いそげ! ――ヘリの高度を下げろ! 油断するなよ!」


 内部に侵入したチームからの通信を受け、ヘリが高度を下げて撤収準備に入っていく。


 パイロットたちの背中に自然と緊張の汗が浮かび上がる。

 テイルローターが建物にぶつかれば、たちまちヘリは墜落して敵地に取り残されてしまう。

 そんな状態でキャビンに乗り込めるよう機体の姿勢を維持するにはかなりの技量を求められる。


 ほどなくして突入口からチームが帰還する。見たところ全員無傷だった。


「最後の仕上げだ! モタモタするな!」


 伏兵を警戒する救出部隊の中心には、粗末な服を着た痩せこけた男――本作戦における救出対象の姿があった。


「第12国境警備隊隊長のゲルハルト・フォン・クライスナーか?」


「……そうだ。さっきも根掘り葉掘り訊かれたぞ」


 念のためにと黒髪の青年が確認すると、ゲルハルトと呼ばれた男は無精髭に覆われた唇を動かして弱々しく頷いた。


「身元確認だから仕方ない、我慢してくれ。……まぁ元気を出せよ、助かったんだから」


 黒髪の指揮官がゲルハルトの小さく肩を叩く中、全員がヘリに乗り込んだことを確認。

 建物の屋上へと赤のスモークグレネードを三個ほど放り投げると、インカムに向かって叫ぶ。


「よし、総員撤収! ……こちら《タクシーリーダー》、救出対象ハニーを拾った。宅配便の手配を頼む」


 指揮管制を行っている司令部HQへと要請を出す。


『こちらHQ、了解。ただちに現場から離れてください。これから荷物を届けます。――聞こえていますか、《デリバー01、02》。突入部隊、状況完了です』


 凛とした、ともすれば無機質にも感じられる声が通信機越しに関係者の耳朶を打つ。


『――こちら、《デリバー運び屋01》。聞こえてる。ずいぶん待たせてくれたな、これじゃ夕飯の時間に遅れちまう』


 続いたのは対象的とも言える軽い声だった。

 酸素マスク越しにもわかるやる気のなさ。それが一同の気を抜いていく。


『《デリバー01》、優雅に空をかっ飛ばしてるヤツがなんだって? 帰るのが遅くなるのは地上任務のこっちだぞ。今ならその煤塗れのケツに地対空ミサイルSAMをブチ込んでやれるぞ?』


 不意に《ドーナッツ》が回線に割り込んでくる。

 同時に、通信が繋がっている各所から笑い声が聞こえてきた。


『おっと、これは失礼。……それにしても、HQ。運びデリバーたぁ安直だ。もう少し気の利いたコールサインはなかったのか?』


 代わりに後席に座る電子戦士官の《デリバー02》が答えた。


『作戦にはおあつらえ向きでしょう?』


『おいおい、HQのセンスに文句つけるなよ。夕飯の酒を没収されるぞ?』


 HQの不服そうな声を受けた《ドーナツ》が話題を変えにいく。

 あくまでも作戦行動中のため、それ以上は誰も軽口を挟まない。それはすべてが終わってからだ。


『そいつはおっかねぇ! ……残りおよそ30秒で作戦空域に到達。赤いのが見えた』


「《タクシー》了解。聳え立つクソターゲットはマーキングしてある。遠慮なくやってくれ」


 しばらくすると、ヘリのローター音すら掻き消すほどの轟音が空を切り裂いて真上を通り過ぎていく。

 地球ではもうほとんど見ることもなくなった往年の名機F-4E ファントムⅡ戦闘機の姿だった。


『目標を確認。これより侵入する。……はやいとこ第四世代F-16くらい用意してくれ。無誘導での爆撃なんて久しぶりだ。レーザー誘導くらいしてくれよな』


『悪いが慢性的な人手不足だ。外すんじゃねぇぞ』


なんてこったホーリーシット……。投下準備――ウェポンズ・ゴーン!』


 投下を告げる通信から程なくして、ヘリの後方にあった砦は轟音と共に生じた爆炎に包まれ、そのまま地上から跡形もなく姿を消失させた。


 F-4Eから投下されたMk.84汎用爆弾――2,000ポンド(約907㎏)という総重量の内、半分を占める高性能爆薬がもたらす広範囲への破壊の嵐が縦横無尽に吹き荒れれば、危害半径内に生存者など皆無となる。


命中ストライク! 《デリバー》、任務完了ミッション・コンプリート基地へ帰還するRTB


 音の壁を突破した轟音を響かせ、大きく旋回して戻って来た鋼の剣――F-4Eが、爆心地から遠ざかるヘリの上空を突っ切りふたたび空の彼方へと消えていった。


「き、貴殿らはいったい……?」


 ボロ布をまとったゲルハルトは半ば放心したように口を開いた。

 普段であれば見るからに騎士でもない相手に『貴殿』などと敬意を見せたりはしない。

 だが、捕虜生活で衰弱していたことや、現実とは思えないこの状況を受け、理解がまるで追い付いていなかった。


 国境に近い中規模の砦とはいえ、数騎の竜騎士すら配備されていた。それをたったこれだけの人数で落とせるわけがない。

 すくなくとも彼の常識ではそうだった。


 彼らが身を包む装備はどこの国の騎士団でも見たことのないものであった。

 さらに言えば今現在ゲルハルトが乗っている鉄の羽虫や鋼鉄の剣、砦を一瞬で消滅させた謎の攻撃を含め、わからないものだらけだ。


「べつにたいしたものじゃない。アンタの奪還を依頼された、ただの傭兵集団さ」


「傭、兵……?」


 一瞬、言葉の意味が理解できなかった。


 彼の知っている傭兵とは、言ってしまえば“戦場の賑やかし要員”だ。

 騎士をはじめとする正規軍の装備にはまるで敵わないため、戦力として勘定もまずされない。

 彼らの多くは戦場のさほど重要でない拠点に回される金で雇われた根無し草のイメージだ。


「ああ。国家が派遣する“新たな傭兵”――《パラベラム》。それが俺たちだ」


 答えを受けても、ゲルハルトはより深く考え込むだけで言葉を返さなかった。


汝平和を欲さばSi vis pacem戦への備えをせよpara bellum」というラテン語、それを知る者はこの世界には存在していない。

 放心した救助者の姿を見て、黒髪の青年もまた会話をやめてキャビンの外へと目を向ける。


「今頃、“聖女様”は泣いて喜んでいるだろうな」


 きっと口から魂が抜け出そうになっているに違いない。

 放たれたつぶやきはヘリのローター音に飲み込まれながら虚空へと消えていった。

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