#4 「選択しない」という選択

「こんばんは。私が見えるかしら?」


大破したバイクから少し離れた所に、うつ伏せで倒れている青年に声をかけた。


「正面衝突でなく、軽く引っ掛けられただけなので即死は免れたみたいね。」


そう言った私に青年はどうにか上体を反らして頭をもたげ目をやった。


「私の名前はセケル。死神よ。あなたは今年のドラフト最有力候補と言われている、山本稔君18歳で間違い無いかしら?」


バイクの青年は軽く頷いた。


将来有望なスポーツ選手が一度に二人も命を落とそうとしてるなんて、言うなればこれは日本の損失よね・・・。


こちらも流石スポーツ選手だけあって大きな体をしているけど、さっきとは違って、筋肉隆々というよりは締まった体をしているように見えるわ。うん、筋肉隆々も良いけど締まった体も良いわよね。


一見したところ大きな外傷は無さそうね。


額からは僅かに血が流れているけど、スッキリした短髪に精悍な顔をしている。さっきの子とは違ってこれぞまさしくスポーツマンと言った感じかしら。顔も断然この子の方がタイプだわ。ウフフ。


「あなたの命は残り10分よ。でも助かる方法が一つだけあるわ。あなたの代わりに死ぬ人、つまり身代わりを立てるの。但し条件が三つあるわ。」


私はそう言って先程同様にバイクの青年に説明した。彼はジッと私を見て黙って聞いていた。


私は先程と同様に詳しい条件を述べた。説明が終わると彼は考える間も無く「身代わりは要りません」と言った。


「「「!!!!!」」」


身代わりは要らない!?


私は訳がわからなかった。人間って利己的な生き物のはずよね?しかも彼はまだ若くて将来も有望視されているし、死にたい訳が無い。まだ生きたいはずよ!!!


いくら考えても彼の言葉が理解出来ないわ。もしかして私がオネエだから胡散臭いと思ってる!?いや、だからオネエじゃないってば!って言ってる場合じゃない!


はっ!?わ、私とした事が、ちょっと取り乱しちゃったわね。


「どうして?あなたはまだ若いし、将来だって有望視されてるわよね。これから先輝かしい未来だって待っているし、やりたい事も沢山あるでしょう?なのに、なんで!?助かりたく無いの?」


私の問いに彼は力無く首を横に振った。


「死にたい訳ではありません。出来る事なら生きたいです。でも、それは他人の命を奪ってまでしたい事では無いんです。その人にも輝かしい未来が待っているかもしれない、将来沢山の人を救うような発見をするかもしれない、そんな人達の芽を摘む権利は誰にも無いんです。」


彼は先程と変わらず真っ直ぐ私を見てそう言った。年齢に似合わない堅固な意思をそこに感じた。これまでどういう人生を歩んできたらここまで達観した性格になるのかしら?私は俄然彼に興味が湧いてきた。


「なるほど、わかったわ。それならこれ以上は何も言わないわ。ゆっくりとお眠りなさいな。」


私は彼に微笑みながらやさしく言葉をかけた。彼はその言葉を聞いて安心したのか、ゆっくりと瞼を閉じた。


もう、こんな良い子ちゃんみすみす死なせる訳にはいかないわよね。タイプだし。


それに、出来るだけ悪人の魂を集めろって言われてるから、逆に言うと善人の魂は出来るだけ持って来るなって事よね。。。え?違う?良いのよ!解釈は人それぞれよ。死神だけど。


私は、手数料と称してさっきの子から取り上げた寿命を彼に与える事にした。


ほっといたら消えるものだし?どうせならタイプのイケメンのために有意義に使いたいじゃない?


それにね、急死に一生を得た人って、人生観変わって何事にも我武者羅がむしゃらになるじゃない?今でもドラフトに名前が上がるほどの頑張り屋さんなんだから、ここで命を取り留めた事でより一層将来が楽しみになるじゃない?


あわよくば恩でも売って、あんな事やこんな事や・・・ってごめんなさい、妄想が暴走したわ。オホホホホ。


さっきの子が選んだ身代わりは、スポーツクラブのコーチこそ7年しか寿命が無かったけど、不良くんはあの時点で残り50年寿命があったから、差し引き40年、お父さんも残り20年寿命があったから、差し引き10年、併せて50年、手数料として持っていた寿命の全てをバイクの子に与えた。


え?さっきの子の倍も生きるじゃないかって???良いのよ。余った寿命をどう使おうと私の自由なんだから。


あなたたちだって推しには命捧げるでしょ!だから私だってタイプのイケメンに命(寿命)捧げてるのよ!!!


え?本当の命は捧げないって?推しのためにお金使ってるだけだって?良いじゃない!人間的にはお金よりも命の方が価値があるでしょ!?私、お金なんて持ってないし。死神だから。


あ、そうそう、この子良い子ちゃんだから、病院で目が覚めて死ななかったと知ったら、「他人を身代わりにしてその寿命を奪ったんじゃ?!」と罪悪感にさいなまれても可哀相なので、この子にもメモを残しておいてあげなきゃ。


さっきと同じように死神の手帳の空白ページに伝言を書いて、そのページを破りとって彼の財布に差し込んだ。


私が一仕事終えた頃、段々と近づいて来ている救急車のサイレンが聞こえた。

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