13.ダブルデート
美しすぎるオジサマ、信頼に値する男と言われているクインさんが仲介しても、雅幸少佐と付き合いたいという女性は、旧島にはもういないらしい。それならばと、乃愛はうっかり頭にぽっと浮かんだ同期のことを口にしてしまった。
『それはどこの誰か』とすぐ隣にいる雅幸少佐が詰め寄ってきたが、向かい側の席にいる戸塚夫妻も『そんな女性いるのならば』と、期待の眼差しを向けているのがわかってしまった。
だがそこで海人が、乃愛の肩越しから悪友へと言い放つ。
「でも。乃愛が紹介してみたいと思っても、お相手の女性隊員が会いたいと了承してくれるまでは、お相手の女性も知らない方がいいんじゃないかな」
冷静なひと言に、雅幸少佐も、弟の雅直少佐も、そして戸塚夫妻もハッと我に返った顔を揃えていた。
「それもそうだな。乃愛さんが連絡してみて、そちらの女性にその気があるかどうかが先だな。そうでないと、また俺が今日してしまったようなことになるかもしれない」
戸塚中佐の言葉に、今度は隣にいるアイアイさんも『そうね』と落ち着いた夫の意見に同感とばかりに頷いている。
弟の雅直少佐もモヒートのグラスを傾けながら、兄を宥めようと話しかける。
「そうだよ、ユキ。乃愛さんと同期の彼女さんが会っていない間に、『カレシができた』ということになっていたら、今日のようなことが起きるかもしれない」
「はあ~? それはもうカンベン! そうだな、急ぐことないな。でも……その……」
雅幸少佐の期待やまぬ眼差しが、乃愛へと向けられているのがわかった。
「うーんとですね。待ってくださいね」
乃愛は椅子の背もたれに置いていたハンドバッグからスマートフォンを取り出す。そこからアプリをすぐさま開いてぽちぽち、メッセージを打ち込む。
それをすぐ隣に寄り添っている海人が覗いている。
「え、乃愛……。なにやってんの。もしかして……」
「うん。彼女に送信――」
海人が乃愛の肩先でギョッとした顔になっている。
「は!? もう送信しちゃったのかよ」
「うん。早いほうがいいよね。彼女、レスポンスいつも早いからすぐに返事がくると思うよ。あ、仕事じゃなければの場合ね。広報部にいるから、今日みたいな週末は基地祭やイベントで駆け回っていることが多いけど、常にスマホは確認してくれるほうなんだ」
そこでまたまた先輩方が驚きの顔を揃え、『広報!?』と驚きの声も揃えた。
またワイルド大型兄さんが、大きな声を乃愛にぶつけてくる。
「広報って!? 新島の? 吉岡さんのところの? ってことは、俺たち双子の取材で、何度か対面している可能性大ってことだよなあ!」
「ですから、彼女は仕事で何度か城戸少佐に対面しているから、『面白い男性だ』と笑って話していたんです。もちろん、私にとっても、彼女にとっても、少佐おふたりとは仕事でたまに距離が近くはなりますけれど、実際は親しくお話できるわけでもない遠い存在ですから、どうこうしようなんて思っていなかっただけで。でも、これって会ってみるチャンスでもありますよね。ダメ元でも……」
「うお~! 乃愛ちゃんったら、仕事はや!! いいね、いいね、ありがとね!!」
また隣から大声が襲ってくる。しかも既に『乃愛ちゃん』と呼ばれ、乃愛は苦笑いを浮かべてしまう。
「早ければ、夕方までには返信あると……」
そこまで乃愛が呟いたところで、テーブルに置いたばかりのスマホから着信音。
何故か、乃愛以外の先輩方全員、海人までがびくっと背筋を伸ばしたように見えた。いちばん動揺しているのは、雅幸少佐。
「うわわ、乃愛ちゃん。いまのもしかして――」
乃愛もスマホ通知を確認すると。
「あ、彼女からの返信ですね。えーっと【会いたい、是非! うっそー、乃愛、なにしてんの、いま!! なんでそうなったの】――だそうです」
あまりの早い展開に、海人さえもが狼狽えている。
「ちょっと乃愛。なんて打診したんだよ」
「え、普通に。城戸双子のお兄さん、雅幸少佐が会いたいと言っているんだけど、どう――って送ったよ」
「いや、なんていうか。乃愛もそうだけれど、同期友人も乃愛みたいにスパッとしているんだな」
「彼女こそサバサバ女子なんだ。だから気が合うの」
「なるほど……」
海人もなにかを察したのか、乃愛同様に雅幸少佐へと向き直る。
「ユキ、会ってみろよ。吉岡さんの配下の隊員だったら、安心だろ」
「展開早すぎて、ちょっとテンパってる!」
「そうだ。俺と乃愛と、ユキと彼女で、ダブルデートとかどうだよ」
「海人とダブルデート!?」
「そうそう。その時にお見合いってことだよ」
ダブルデートで『お見合い』! なんだか楽しそうと乃愛も密かに心を躍らせてしまった。
だが雅幸少佐はおろおろしている。
「ってか。海人とダブルデートなんて初めて、だよな!?」
「あ、そうだなあ。俺、女性とデートなんて隊員になってからなかったから初めてか」
「いままでナオとダブルデートはあるあるだったのに……。ついに海人とダブルデートかあ、しかも、知らぬ間に海人は『彼女がいる男側』になってるし……」
『なんで俺だけ?』と、また雅幸少佐がメソメソ顔になってぶつぶつと小言を繰り返している。
「友人の乃愛がいたほうが、会話も繋いでくれるだろうし安心だろう」
海人の進言に、雅幸少佐が改めて乃愛と海人がくっついて座っている様子をしげしげと眺めている。
「おまえ、ほんとに、いつの間に~。俺より先に恋人できるってなんだよ!! しかもなんだかしっくりしてるし、お似合いだしよ!」
今度は怒りだした。でも海人はけろっとして笑っている。
いつもこんなに騒がしいのかなと乃愛もただただ傍観するだけ。
「俺だって予想外だったよ。どうしても恋人が欲しいと思っていたわけじゃないし。だからどこで誰とどうなるか――なんて、ある日突然なんだよきっと。エミルさんだってきっとそうだっただろうし、ナオだってあれだけ失恋経歴をユキと積み上げてきたけれど、ルルちゃんというお似合いの奥さんとある日突然出会えたんだ。それはユキにもあると思う。でも、俺もういいや――と思ったら、そこでチャンスを逃してるかもしれないだろう」
つまり海人がいいたいのは『怖がらずに会え』ということらしい。
そんな彼が、ちょっと気後れした様子でぼそっと呟く。
「俺だって……。『あの日』、乃愛に声をかけて良かったといまは思っている。そういう、チャンスはある日突然だから。ユキにも逃さずに掴んでほしいっていうか……」
やいやい言い合う親友を心から案じている海人の姿、乃愛にはそう見える。それに対して、親友の双子お兄さんもちょっとバツが悪そうにしつつも、照れて黙っている。
海人が言う『あの日』は、ビーチのカフェ駐車場でお互いが親から譲り受けた往年のスポーツカーに乗っていて目が合った時のことだろう。
確かに、あの日、『海人先輩』から声をかけてくれたから繋がった関係だった。あそこで海人が『DC隊のあの子がいるな』ぐらいの気もちでスルーをしていたら、乃愛と食事をするなんてチャンスは二度となかったと思える。
「でもさ、それでまた……。せっかくの乃愛ちゃんからの紹介なのに、マッチングしなかったら? なんかさ、もう、俺、このままでもいいんじゃないかって最近は思っていてさあ」
「あ、なに、怖くなってきたのかよ。ユキのくせに」
「ユキのくせにってなんだ! 俺、おまえの先輩だぞ」
食ってかかってきた雅直少佐に対して、海人がまた子供っぽく舌を出して対抗したので乃愛はギョッとする。
ほんとにほんとに親しくして、心を許している親友なんだと再度思えるものだった。
でもそれも……。信頼して大事にしている親友兄貴だからこそ、ちょっと引っ込み思案に自信喪失しかけている兄貴を煽るための口悪なのだと、乃愛ももう理解できる姿だった。
★前回更新からだいぶ時間が経ってしまい、お待たせいたしました。
近況ノートに、近況(後半)を投稿しております。
また少しずつ活動を再開していきますので、よろしくお願いいたします。
https://kakuyomu.jp/users/marikadrug/news/16818093079339420560
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