12.連戦連敗クインさん

 そこでやっと、キッチンから戸塚中佐が戻ってくる。

 トレイにのせたロンググラスのモヒートを配りながらも、彼も呆然としていた。


「いや、こちらの早とちりで申し訳なかった。そうか、そうだったのか」

「すみません。エミルさんと藍子さんのご夫妻、それと双子にいちばんに報告をしたくて、双方両親にも口止めをしていたものですから」

「それなら銀次さんと、そちらDC隊の長門中佐がまだ知らなくても当然だったということか……。剣崎大佐が復帰したことは聞いていたが、そのお父さんも黙っていたということなんだな」

「いろいろありまして――。いまから経緯をお伝えします」


 戸塚中佐がそれぞれへとモヒートを差し出してくれ、乃愛の手元に届く。では、改めて乾杯でもと海人がその場の空気を収めようとしてたのだが。席にもどってきた戸塚中佐が、申し訳なさそうに正面にいる雅幸少佐へと頭を下げた。


「すまない、ユキ。よいお相手だからと勝手なことをしてしまった」


 乃愛の隣の大柄な少佐も呆れたため息をつきつつ、腕を組んでふんぞり返っている。


「もちろん、骨を折ってくれること感謝してるっすよ。でも、もういいですからっ。俺のための代理婚活はもう~……。もちろん、いままでうんと世話になったのはわかってるんすよ。でも、クインさんが紹介してくれても……」


 ふんぞり返って威勢を張っただけだったのか、乃愛の隣にいたワイルドお兄さんがテーブルに突っ伏して『うおーうおー』と唸りだしたので、これはこれでびっくり乃愛は固まるだけ。


 藍子さんは眉を吊り上げて、隣の席に戻ってきた夫へと言い放つ。


「エミルったらもう。ユキ君の婚活はユキ君がするって言っていたでしょう」

「いや、しかし。よさそうな女性がいると、いてもたってもいられなくなって、つい。でも何故か、俺が声をかけた女性隊員たちは、『雅幸さんのような優秀すぎるパイロットの妻は私には重荷で――』と言われてしまうから、今度は新島の年頃の女性はどうかと思っていたところで。そんな時にちょうど、申し分のない女性、しかも二世隊員の乃愛さんに出会ったものだから」


 なんと。戸塚中佐。ご自分の信頼を武器にして、旧島の女性たちに声をかけ、雅幸少佐に紹介仲介しまくっていたらしい。

 そして何故か、連敗中とのこと。小笠原部隊の新旧基地では誰もが知っている『双子ファイターパイロット』だったので、恋人ができないということに乃愛は驚きを隠せない。

 そんな中佐が乃愛にも向き合った。


「乃愛さんも、ほんとうに申し訳ない」

「え、中佐ったら。やめてください。御園少佐とのおつきあいをご報告する前だったんですから、フリー同士だと思われていたのは、仕方がないことです」


 あの戸塚中佐が深々と頭を下げてきて、乃愛も焦る。

 そんな気まずい空気を打破するように、海人から自然に会話を流しはじめた。


「エミルさんがユキのために、女性を紹介する代理婚活をはじめること数年。それは俺もずっと見守ってきたんですけれど……。いや、まさか乃愛に結びつくなんて……。いえ、わかりますよ。彼女なら」

「そうだろ! 気もちが良い女性だと、滅多に出会わない安心できる女性だと思っていたんだ! そうだ。俺の見る目に間違いはなかったということだよな。海人が選んだ女性なんだから!」

「あはは、父も母も気に入ってエリーも許してくれたほどですからね。うん。わかりますよ。でもダメです」

「そっか~、そうだったのか~! まさかの海人が。女性には興味がないと思っていたものだから!」

「エミルさんまで。俺、普通に女性に興味ありますけど、興味湧く人がいなかっただけで――」

「海人をその気にさせたってだけで、充分に彼女は女性として凄いってことだろ~。間違いなかったってことだろ~。逸材だとおもったからこそだったんだよ。海人も許してくれ~」


 あの戸塚中佐が『くぅ、俺のバカ』と、麗しい金髪をくしゃくしゃと乱しはじめた。美しすぎるオジサマが崩れていく様に、乃愛は目を丸くするばかり。

 海人も『しかたないですよ~。知らなかったんですから』と、戸塚中佐の先走りすぎた婚活を笑い飛ばしている。


「いやあ、俺と藍子の結婚式のときに、ユキナオと海人には世話になったからな。その恩返しだよ。だがナオは無事に結婚、ユキはまだまだ婚活中だろう。良いと思った女性隊員には漏れなく声をかけてきたけど、何故か全滅で――」

「信頼の男・エミルさんが声をかけても何故か全滅でしたねえ……」

「そうなんだ。ユキが優秀すぎて妻としては荷が重いとか言われるんだ。普通に楽しい男だよと推すけれど連敗で……」

「でしたよねえー」


 乃愛は再度、静かになったお隣の大型兄さんをそっと見遣る。

 エースパイロットだったソニック叔父様にそっくりなお顔で、男らしい男前といえばいいのか。鍛えた肉体は引き締まっているし、清潔感あるシンプルな服装をしているし、なんなら、この兄さんからもほのかにセクシーなトワレの匂いがする。むんむんじゃなくて、ほんと気がつけばいい匂いがするという上級者の嗜み方。でも、なんだろう……。やっぱりちょっと『幼さ』が海人より目立っている気がした。

 でもカイ君より年上お兄さんって聞いていたのに? 不思議な空気感だった。

 それは弟の雅直少佐も一緒で、あちらは兄より落ち着いているけれど、ほんわか癒やし系といえばいいのか。あちらもなんとなく色気はかんじられず、ただただ『和やかお兄さん』という感じ。でも夫さんとなると、素敵なパパさんになりそうな安心感は窺える。


 そう感じるのは、向かい側にいる色気満載のクインさんがいるせい? 彼のそばにいる男性はみんなかすんじゃう?

 でも隣にいる海人からも、クインさん同様の気品に色気は感じる。

 双子のお兄さんたちは、『なにか男性としてちょっと』があるのだろうか?


 そんなことを考えていると乃愛の目の前で、あの戸塚中佐が奥さんに散々注意をされている。隣のワイルド大型兄さんからも『もう、瑠璃さんから送られてくる恒例美瑛BBQ合コンでなんとかしますから。それ以上の代理婚活はいいですから』と懇々と言われている。

 いままで遠くから見えていた限りでは、近寄りがたい気高い男のオーラを発していたサラマンダーのクインさん。アグレス飛行隊長の中佐も、奥さんと親しい友人の中では、『なにしてるの』と怒られちゃう『とぼけたオジサンの一面』もあるんだなと、乃愛は笑いたくなってきた。


 美しすぎるオジサマが代理婚活しても連戦連敗か……。

 新島のアラサー女性はまだエリア外だったってこと?


 そんな戸塚中佐を助けるために浮かんできたことを、乃愛は口にする。


「あの、私の同期で『雅幸さん、面白いな~』とか言っていた女性隊員がいるんですけど。いかがでしょうか」


 ふと飛び出た乃愛のひと言に、またテーブルの空気が一変。

 乃愛に一斉に視線が集中する。


 特に隣の大型お兄さんがまた、乃愛を見てぶるぶる震えている。

 目を大きく見開いて、乃愛へとじりじりと迫ってくる。


「それ、どこの誰――!?」


 あ……。乃愛はうっかり気がつく。

 今度は自分が『代理婚活』に首を突っ込んでしまったことに。

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