11.やりすぎ代理婚活

 戸塚中佐に『恋人がいない者同士、雅幸少佐は相手としてどうか』と乃愛は突きつけられ戸惑うも、これから『おつきあい宣言』を控えているので、隣の海人へと確認の視線を向ける。


 海人はただただ無表情なまま。乃愛にと取り分けてくれた料理を、自分も手に取ってひとくち頬張って落ち着いているだけ。でも視線が、キッチンでモヒートを作っている戸塚中佐へと直撃していた。


「エミルさん。彼女がフリーだと、どこで教えてもらったんですか。ユキに紹介しようと思って、わざわざ調べたってことでしょ」


 カクテルを作っている姿さえ、男の色気を漂わせている戸塚中佐。そんな麗しいお姿で、ロンググラスにライムを搾り入れている中佐が返答する。


「銀次さんを通じて、DC部隊の長門中佐にさぐりをいれてもらったんだ。元気女子で面倒見がよい姉貴でもあって、大佐の娘として軍職にも理解がある。幼馴染み夫妻といつまでも仲良く一緒にいるせいか、恋人の影はずっとない――と、教えてもらったんだ」

「あー、なるほど。三原少佐の落水事件で顔見知りになった上官同士、連絡がつきやすかったってことですか」

「そうなんだ。ユキのためならと、銀次さんも即連絡をしてくれて……。それで今回、せっかく対面するからどうかなと。俺は、ユキのことは信頼もしているし、男気もあって優しい男だと思っている。乃愛さんのことも素晴らしい女性だと思ったから。しかも剣崎大佐のお嬢様だ。間違いない」

「はあ……、そうですねー……」


 たまに海人が見せる、笑顔なのに無表情のような顔をしている。にこにこしているのに無機質。ちょっと怖くなる笑顔だった。

 海人の気のない返答に、やっと戸塚中佐も違和感を覚えたのか。グラスに注いだジンをステアするため、マドラーを回していた手元を止めた。


「なにか? 海人。おかしかったか」

「ええっとですね」


 あ、いよいよカイ君が公表するのかな。乃愛も彼の隣で身構える。

 だかそのまえに、目の前にいる藍子さんがため息を吐いた。


「はあ、エミルったら、なんていうか……。もうね、ユキ君の婚活をエミルがやり過ぎているのよ。もう~まさかの、今日ご招待した女性まで、ユキ君と繋げようとしていただなんて。気高いクインさんのほうが、本人より必死すぎなのよ」


 ウェーブがかっている黒い前髪をかき上げつつ、再度『はあっ』と大きなため息を落としながら藍子さんがテーブルに項垂れている。


「なんだ、藍子。どういう意味だ」

「見ていてわかるでしょう! 私、今日、海人と乃愛さんが一緒に来た時に、すぐにわかったもの」


 藍子さんが海人と乃愛のふたりを交互に指さして、背後のキッチンにいる夫へと叫んだ。

 だがまだ戸塚中佐はきょとんとしていた。

 藍子さんがさらに夫へと告げる。


「ちょっと前から海人の様子が変わったこと、エミルもわかっていたでしょう。こういうことだったのよ」


 藍子さんの言葉に表情を変えたのは双子の弟、雅直少佐。ハッとした様子で目を丸くして、海人と乃愛へと視線向ける。


「わぁ……、海人、おまえ……」


 双子の弟さんは気がついたらしい。

 まだきょとんとしているのは、雅幸少佐と戸塚中佐。

 あ、なるほど。双子でもちょっと気質が異なるのかと乃愛はそう感じた。お兄さんはハキハキ威勢はいいが、弟さんは静かに察することができるらしい。

 

 そして乃愛は、正面にいる藍子さんと目が合う。藍子さんには知られたとわかり、乃愛の顔は一気に熱くなってきた。

『海人の恋人』としてアイアイさんに見つめられて緊張していると、海人がそっと乃愛の背中へと長い腕を伸ばしてきて、腰を抱き寄せてくる。


 彼が信頼する親しい人々を前に、乃愛と海人の肌が寄り添う。

 一瞬で、会食テーブルの賑わいがやむ。

 ふたりへと視線が集まっている。


「ご報告です。彼女、剣崎乃愛さんと、少し前から恋人同士、ステディな関係になりました。今日はこの機会に報告と紹介をかねて連れてきたというのもあります」


 カラン――と、キッチンからなにか落としたかのような音が聞こえてきた。

 戸塚中佐がマドラーを床に落としたのか呆然としてこちらを見ている。


「は? ステディ? は? え? いつのまに……?」


 雅幸少佐もだった。仰天で大きな目をさらに大きく見開いて、ものすごい息を吸い込んだ音が聞こえてきたほど。そのまま乃愛と海人を凝視して硬直している。そして吸い込んだ息のまま、吐き出すように吠えてきた。


「はぁああ!? 海人、おまえ、ついにやりやがったな!!」


 乃愛の耳をつんざくような大声が隣から直撃! 乃愛は驚いてのけぞったが、そのぶん海人が守るように背中から抱きしめてくれる。

 そんな海人の行動を目の当たりにした雅幸少佐が、あんぐりと大口を開けたまま声にならない声で、乃愛と海人を指さして震えている。


「うわああー! 海人が女に触ってる!!」


 どんな喩え! そう言い返したくなる反応だったが、ちょっとわかると乃愛も力が抜けてくる。純粋培養に近いお坊ちゃまだから、女性とちゃらちゃら遊び惚けてきた経験は皆無のカイ君。そんなカイ君が女性に密着している姿は、知り合いからも想像を絶するものなのだろう。


 隣のワイルド大男が突っかかってきそうな勢いから遠ざけるように、海人はさらに乃愛を自分のほうへと抱き寄せてくれる。すでに馴染んでいる密着度まで、ご披露してしまった気分になる。


「だからなんだよ。悪いなユキ。せっかくのエミルさんからの紹介だったけれど、俺たちもう数ヶ月前からこんな関係だったんだ。彼女には興味を持ってほしくない」

「んな、エミルさんのやりすぎ代理婚活なんかどーでもいいわ! おまえに女が出きたってことのほうが、とんでも事件じゃねえかよ! おまえ、女に興味があったってことじゃんか」

「変な言い方すんな。女に興味はないけど、彼女には興味が湧いたんだ。短期間で。両親もエリーも認めてくれているし、剣崎大佐にも、乃愛のお母さんにもご挨拶済みだ」

「はあ!? めっちゃ完璧じゃんかよ! 御園のご両親も、しかもあの見る目が厳しいエリーも認めてくれて、カノジョのご両親も了承済み? うわー、おまえのそんなそつない完璧さ、めっちゃ腹立つわーーーーー!」

「うるさいな。彼女はおまえの大声に慣れていないから、目の前で叫ぶんじゃねーよ。怯えてるじゃないか!」


 さらに海人が乃愛を自分の胸へと押し込むように抱き込んだので、乃愛はもうされるがまま、そして上官先輩たちの驚きの視線を集めて、もう身体全体がかあっと熱く火照ってきた。

 乃愛の目の前であわあわしている雅幸少佐も落ち着こうとしているのか、手元にあるグラスの水を一気に飲み干し、呼吸を整えている。

 テーブル全体の空気が少し落ち着く。大人たちの喧噪に、ママのすぐ隣に座っている紫苑君も『ママ、みんなどうしたの』と、フライドポテトをもぐもぐしながらきょとんとしている。

 そんな愛らしさがさらに空気を和らげてくれ、皆がほっとひと息をついた様子が乃愛にも伝わってきた。


 落ち着いたところで、海人が申し訳なさそうな様子で、目の前の藍子さんを見つめている。


「やっぱり……。藍子さんには気がつかれちゃいましたね」

「だって。あまり出向かなかったマリーナのマンションに、休暇のたびに泊まりに行っていたでしょう。仕事もあったと思うけれど、いままでの海人なら時間があれば、旧島にいて私たちと過ごしていたと思って……」

「すみません。ここだって居心地いいです。でも、俺にとっても突然湧いてきた気持ちで、いつのまにか、そうなっていたんです。あと……、仕事も深く関わってくることになったのもあって……」

「そんな。素敵な瞬間が海人にもやってきたということでしょう。姉貴として凄く、すごく……嬉しい……。おめでとう海人」

「おめでとうって、大袈裟だな。藍子さんったら。でも、んっと、ありがとうございます」


 藍子さんが目に涙を浮かべている。

 まるでほんとうの弟に対する祝福のようで、どれだけ海人と朝田少佐アイアイさんが深い絆で結ばれているかを、乃愛も深く感じ入る。

 ご実家美瑛の帰省に、邪険にせず同行させてくれるほどに、海人と藍子さんは懇意にしている。だからこそ、親しい姉貴が涙しているのだ。

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