10.戸塚さんちにお邪魔します

 なんか知らない海人先輩がどんどん出てきそうで、乃愛は呆然としている。そんな乃愛の戸惑いもなんのその、目の前に大柄な男性ふたりが、びしっと並んだ。


 ファッションが異なるけれどお顔がそっくり。

 間違いなく城戸の双子だと乃愛は認知する。こちらも上官ではあるので、私服ながら乃愛も姿勢を正す。乃愛と双子の間を海人が繋いでくれる。


「こちらが城戸の双子。無精髭のほうが兄の雅幸、結婚指輪をしているほうが弟の雅直」

 海人の紹介に合わせて、顎にワイルドな無精髭がある男性が『よろしく』と軽く敬礼をしてきて、左手を前に出して銀の指輪をきらりと見せてきた男性も『よろしく』と、同じ敬礼をしてきた。


「剣崎乃愛です。お噂はかねがね、たまに航空祭にでかけることもあるので、素晴らしい展示飛行も見たことがあります。ツインのバーティカル・クライムロールが凄かったです」


 乃愛も敬礼をして返答をすると、『やった。俺たちのツイン展示飛行を見ていたってさ』と、双子でそろって拳をぶつけ合っている。

 双子でなくても、阿吽の呼吸が素晴らしい兄弟だと伝わってきた。

 しかも、こんな大人の双子を目の前にしたことがなかったので、乃愛はついついじっと見つめてしまう。


「いらっしゃい。少尉。やっと会えたな」


 大きな双子を物珍しく見つめていたら、彼らの後ろから超絶美形の金髪男性が現れる。

 引き締まった筋肉質なボディにさらっと着ている紺色のシャツにデニムパンツ、現れただけで色香が漂う美しすぎる男が笑顔でそこにいる。

『やっと会えた』のひと言が乃愛の気もちと一緒で嬉しくなって、乃愛もとびきりの笑顔になる。


「戸塚中佐……! お久しぶりです。……ほんと、やっとお会いできましたね。す、すみません、もしかしたら私のせいかもしれなくて……あんな噂流されて……」


 元カレが絡んでいることをここではまだ上手く伝えられずに、乃愛はうつむく。


「少尉のせいだなんて一度も思ったことはない。藍子もだ」


 黒髪の男の子を片腕に抱っこして、その片側にはお腹が大きな奥様をそっと中佐は抱き寄せる。

 乃愛がそうだったように、藍子さんも愛おしそうに戸塚中佐の瞳を見つめて優美に微笑んでいる。


「むしろこれから一緒に結束をして、お互いを助けていこうじゃないか。そのためにも早く会いたかったんだ」


 頼もしい言葉に乃愛の目頭がじんわり熱くなりそうになる。

 ふと気がつくと、戸塚中佐だけではない。大きな双子のお兄様方も至極真剣な顔つきになっている。

 乃愛はどきりとする。え、ちょっと幼稚に見えていたんですけれど……。急に凜々しくかっこいい男性に変貌している。


「三原少佐が突き落とされた時から、俺たちも警戒しているんだ。あの時の剣崎少尉のハイダイビング救助のおかげで、俺たちは大事な先輩を失わなくて済んだし――」

「おなじアグレスのパイロットとして許しがたい犯行だったから、いまも腸煮えくりかえっている」


 そうだ。あの時の現場にはこの双子少佐もいたし、彼らも乃愛の救助を見ていたことを思い出す。いまここにいる男性パイロットたちは、同僚を殺害されそうになった現場を目の当たりにした仲間。救助をした乃愛以上に、犯人に嫌悪を持ち警戒していることを知る。


 だからこれから結束を強くして、お互いを守っていくんだと城戸の双子兄様たちも、頼もしい佇まいを乃愛に見せてくれる。


「そうだよ。戸塚中佐と藍子さんはもとより、双子もなんだかんだで凄く頼りになるんだ。やるときは出来高150パーセント、絶対に外さない」

「そうなんですね。頼もしいです。よろしくお願いいたします!」


 乃愛がぺこりとお辞儀をすると、双子も一緒に『よろしく、よろしく』と歓迎をしてくれる。


「玄関先でいつまでもあれだから、リビングへおいで」


 戸塚中佐の気軽な声かけに、乃愛ももう軍人モードは解除して、白いサンダルのストラップを外してお邪魔する。

 今日はつま先がきちんと見える、トングタイプのレエスソックスを履いている。素足にトングソックス、そして太陽のリングがある足で、フローリングへと上がる。


「あら、素敵なリングね」


 女性だからなのか、藍子さんが目ざとく気がついた。

 乃愛は一瞬、戸惑う。すぐに思い浮かんだ返答は『御園少佐からのプレゼント』だったのだが、そう伝えたくても、まだ正式なご挨拶を済ませていない。戸塚家と親しい彼より先に言ってはいけないだろうと気がついて、言いかけた言葉を飲み込んだ。


「サ、サーフィンをするので素足が多くて……。足元のお洒落グッズをいっぱい持ってるんです」

「それで、そのソックス? それいいわね。私も欲しくなっちゃう」

「通販で見つけられますよ。あとでサイトをお伝えしますね」

「サンダルもお洒落ね!」

「実は、靴マニアで、コレクターだったりします」


 藍子さんが『わあ、素敵』と目を見開いて、興味津々に乃愛が脱いだ白いサンダルをいつまでも見つめている。

 それに気がついた戸塚中佐も乃愛のつま先へと視線を向け、乃愛のサンダルも凝視している。


「なんだ。藍子も欲しいのか」

「うん、素敵だなって一瞬で思ったの。私もパンツスタイル多いから、ちょっとしたアクセントに真似したくなっちゃった」

「では、次の藍子へのプレゼントはサンダルがいいか」

「ほんとに? 嬉しい。乃愛さんに相談しちゃう」


 わー、なるほど、なるほど。すぐに奥様への愛情に変換しちゃうのね。愛妻家は――と、乃愛は戸塚中佐の溺愛っぷりを目の当たりにして、にんまりしてしまった。

 隣で一緒に玄関をあがった海人は、素知らぬ顔を貫き通している。

 きちんと報告するまで一切匂わせない少佐、『さすがです』と乃愛は唸る。



 戸塚夫妻の案内で『どうぞ』と招かれたリビング。風が入ってきて、小笠原らしく海が見え、庭には白とピンクの百日紅が咲いて揺れている。白の木目を基調に水色のアクセントをメインとしたコーディネイトが爽やかなおうちだった。


 ダイニングテーブルには、すでにご馳走がいっぱい並んでいる。

 それも、『どこかのレストランのビュッフェですか!!』と叫びたくなるレベルのお洒落で美しい料理が並んでいたのだ。


「すごい、素敵!! レストランですよねここ!」


 いつもの調子で乃愛が元気良く叫ぶと、慣れていない戸塚夫妻と双子少佐は面食らっていた。乃愛も気がついて、はっと口を塞ぐ。

 海人だけが隣で笑っている。


「うちの父の料理をすごく沢山食べてくれて、父がすっかりお気に入りなんだ、彼女のこと」


 ん? そこのことは伝えちゃっているのかな? カイ君はどこまでを『まだ恋人とは伝えていない乃愛とのつきあい』を明かしているのか、乃愛はまだ教えてもらってない。

 戸塚夫妻と城戸双子兄さんたちの反応を乃愛は窺う。


「そんなふうに言ってくれるとは思わなくて。ありがとう、乃愛さん。嬉しい」


 藍子さんはとても嬉しそうに感激の笑顔を見せてくれた。


「なんと言っても、フレンチシェフの娘だからな。味もセンスも大勢の知り合いからお墨付きだ。乃愛さんも今日は、隼人さんが気に入ったほどの勢いで我が家でも遠慮はなしだ、存分に堪能してくれ」


 戸塚中佐もやっと、ご自慢の『美瑛シェフ譲りの妻料理』を紹介できたようで嬉しそうだった。


「やっぱさ、藍子さんの料理ってレベル高いんだよ」

「だよな。俺たち、だんだん当たり前になってきたけれど、初めましての人には、驚きレベルなんだって再認識した」


 もうずっと藍子さんの手料理をご馳走になってきたから改めて、俺たちは幸せものなんだと感謝しなくちゃと頷き合っている。その姿はまさにツイン、双子だった。


 凄いなー、凄い! これは戸塚中佐が自慢したくなるのわかる!! と、乃愛も大感激。目が星形になって心はもう、南仏風お料理にまっしぐら。どこのお席にお邪魔したらいいのかなと思い始めた時、戸塚中佐が息子ちゃんを逞しい腕から床へとおろす。


「紫苑、お姉さんをご案内してくれ」

「うん!」


 お顔が整っている黒髪の男の子が、乃愛のそばへと駆けてくる。


「戸塚しおんです。いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」


 黒髪だけれどちょっと茶色に近い? 目はママ譲りの黒だと思っていたけれど、日本人の色ではないことに気がついた。そして顔つきは、小さなエミリオさんといいたくなる。そんなかわいい男の子のご挨拶にも、乃愛の顔はほころぶし、手を引かれてそのままかわいいエスコートに従っていく。


 ダイニングテーブルの片側ど真ん中の椅子に招待された。

 メインゲストのための位置取りとわかり、乃愛も嬉しいなと椅子の傍らに佇む。しかも、ちいさなエスコートさんが、ちゃんとパパに教わったのか、小さな身体で椅子をひいてくれたのだ。


「どうぞ、しょうい」

「ありがとう、紫苑君。あ、そうだ。お姉さん、お土産持ってきたんだ」


 片手に持っていた荷物から、小さな紙袋を取り出して、身をかがめて紫苑君へと差し出す。マリーナセレブ特区にある『お洒落焼き菓子店』で選んできた詰め合わせだった。


「ママと食べてね」


 しかし、きちんと躾けられているのか、紫苑はすぐに受け取らなかった。小さな彼はパパへと振り返り、どうすればいいか伺っているようだった。


「よかったな、紫苑。ママとご馳走になったらいい」

「うん!」


 パパの許可を得た男の子が、やっと子供らしい笑顔を浮かべて、小さな手を差し伸べてくる。乃愛も愛らしさ満載の男の子に目を細めながら、お洒落なショップバッグを手渡した。


「ありがとうございます。いただきます」

「はい、どうぞ。お姉さんも今日はママのご飯をいっぱいいただきますね」

「ママのごはん、美瑛のじいじとおなじだよ。じいじのオムライスはもっとおいしいよ」


 あらー、ここにもママ実家ご自慢さんがいたと、乃愛はまた微笑ましくなる。いや、美瑛ご実家、どんだけレベル高いんだよ、ファンがいるんだよ。という再認識でもあった。


 ご招待されたメインゲストの椅子に乃愛は座る。

 すると紫苑君、今度は双子兄さんたちのほうへと駆けていく。


「ユキちゃんはこっち」


 無精髭の雅幸少佐の手を引いて、紫苑君は乃愛の隣へと連れてきた。

 しかも乃愛の隣の椅子をおなじように引いて座らせようとしている。


「はいはい。今日の俺の席はここってことな」


 いつも紫苑君が選んで、皆がそれぞれ座る場所を決めているらしい。

 しかし海人は紫苑君の案内もなしに、自然に乃愛の隣へと椅子を引いて座った。それに関しては誰もなにも言わない。乃愛も初めてのお宅訪問に初対面の先輩がいるから、海人がすぐ隣に座ってくれてホッとした。

 まあ、このあと正式なステディご挨拶があるから、海人もさりげなく乃愛の隣を押さえてくれたのだろうと察した。

 その間に乃愛の目の前には、戸塚中佐と藍子さん、その隣に紫苑君、雅直少佐も空いている椅子へと落ち着いた。


「今日は後から、俺の両親と、ナオの奥さんの琉瑠ルルちゃんも来る予定なんだ。それまでは『軍人のみの交流食事会』ということにさせてもらった。今後のことの意思確認を含めて――」

「エミル、生真面目すぎ。いいのよ、いつもの仕事の話も含めて、気軽に話し合えるお食事にしましょう」


 戸塚中佐が上官らしく音頭を取り始めたと思ったら、奥様の藍子さんが柔らかにとめて和やかに開始を進めてくれる。


 やっと乃愛も『いただきます』と箸を手に取った。

 だが甲斐甲斐しい海人が、手に取った銘々皿に乃愛が好きそうなものをあっというまに取って手元に置いてくれた。


「あ、ありがとうございます、しょ、少佐」


 ありがとうカイ君!!――ができなくて、乃愛はぎこちなく海人に御礼を述べていた。


「乃愛さん、今日は車ではないのでしょう。海人が送り迎えをするんでしょう」

「うん……。彼女にはアルコールを勧めて大丈夫ですよ」

「じゃあ、エミル。モヒートを作ってあげたら」

「そうだな。少尉はモヒートは大丈夫かな」

「大丈夫です。大好きです!」


 なんでも元気に応えるので、戸塚中佐も嬉しそうだった。


 海人がオードブル的なお皿から、アミューズのような小さなお料理を何点か取ってくれて、乃愛もさっそく口に運ぶ。

 ひとくち頬張ったトマトとジュレが合わさったようなひとくちお料理……。


「うわーー! 美味しい!! なにこれ、これほんとフレンチレストランのアミューズそのもの!」


 また乃愛の元気いっぱいのリアクションに、目の前の藍子さんが満面の笑みを見せてくれる。戸塚中佐も対面のキッチンへと入ったが『そうだろ、そうだろ』と言いながら、得意げな笑みを浮かべている。


「俺も盛り付け手伝ったんだよ」


 隣の雅幸少佐もガハハと笑いながら、乃愛と同じものをぱくりと食べてご満悦の顔をしている。

 乃愛はそんな双子の兄を見上げて、『近くで見ると、おっきい人だな』ともぐもぐと味わいながら、ついついデカデカ兄さんに見入ってしまっていた。こうしてみると、カイ君はやっぱり貴公子、スマートで気品があるんだなと……。失礼ながら、ワイルドなお兄さんを見て痛感してしまったのだ。


 そんなふうに雅幸少佐をじろじろ見ていたら、キッチンでモヒートを作っている戸塚中佐と目が合った。何故か戸塚中佐もにんまりと意味深な笑みを浮かべ、こっちを見ているのだ。

 そして乃愛へと言い放つ。


「少尉。よかったら、雅幸もフリーなんだが、どうだろうか」


 はい? 海人がさらに取り置いてくれた小皿を片手に、乃愛は固まり首を傾げる。気のせいか、銘々皿を目の前に置いてくれた海人の手もカチッと一瞬固まったように見えた。


「うっわ! エミルさん、急になにをいいだすんですか!!」


 隣の雅幸少佐が大声で叫んだので、乃愛はびっくりのけぞった。


「いや、彼女も特定のお相手は不在のフリーだと聞いたものだから。元気な彼女と元気なユキでぴったりじゃないかと思ったんだ。それに彼女、テキパキしていてしっかり者だと感じたし……」

「はあ!? いきなり言いだされても、少尉だって困るでしょ!」


『なあ、少尉!』と隣にいる大きな男性が、大声を乃愛にぶつけてくる。

 もしかして最初から『そのつもり』で隣同士の椅子に案内された?  紫苑君が案内すれば自然に座れるということで? 戸塚中佐がまさかの『今日はお見合い』という心積もりもあったということに、乃愛は驚愕する。


「えっと、あの、私――」


 言っちゃっていいのかな。私から?

 ふと海人はどうなのかと逆の隣へと視線を移すと、彼がものすごーく無表情になっていることに気がつく。


 え、カイ君? それ怒ってるの? なんなの?



😑(……)



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