5.元カレ経由
私が『通報』したせい? そのせいで元カレに恨まれて不倫の噂を流された? 戸塚中佐を巻き込んでしまった?
しかも乃愛を利用して御園に汚点を付けようとしている?
だがそこで海人が父に問う。
「でも。『ラベル』は極秘情報なんですよね。俺も『ラベルを貼られる』ということを初めて知りました。ということは、一般隊員である『彼』も、自分が通報をされてラベルを貼られ監視対象になったことは知らないんですよね。貼られたことが『恨み』にはならないですよね……?」
確かにそうだ。海人は冷静に情報を整理しようとしている。乃愛も思い改めた。
海人に問われた父も、海人へと視線を定めたまま対等に話す姿勢を崩さない。娘の恋人以上に、信頼できる少佐として向き合っているのがわかる。
「ラベルのことは知らないだろうが、乃愛がなにかしら『報告している』という懸念はずっと抱いていたかもしれないな。私自身もいま娘から、いや、『通報した女性であって、元バディ隊員』から新情報を得たばかり。しかし、噂を流しただろう男性隊員と、元バディである女性隊員との因縁が判明はした。では、この元交際相手の男はどこで『乃愛と戸塚君が同行している画像を手に入れ、不倫と思い込んだか』だ。手に入れたから『乃愛にダメージを与え牽制してやる』と思ったのかもしれない」
「男の悪戯のことで、乃愛さんに弱みを握られていると常々疎ましく思っていたところを、彼も利用されたと? まず、彼はどうやって『噂の根源』と断定できたのですか?」
そこに戻ると、『どうして不倫の噂を元カレに流される羽目になったのか』を考えた時に、乃愛はどんどんわからなくなっていった。
黒髪ショートボブの頭を抱え、乃愛はデスクに項垂れてうなる。
「あの日、戸塚中佐を豪雨の中、バス停で見つけた日。私の行動を監視していたヤツがいたってことだよね? RX7でお母さんがいるバーガーショップに行ってその帰りだよ。いつからつけられていたの?」
戸塚中佐をビジネスホテルまで送ったシーンを切り取った写真を、撮った者がいるということだ。さらに、なんでもない休日だった日にも監視をされていたことになってゾッとする。
「でもそれって、
岩国にいるはずなのに、小笠原新島にいて乃愛の行動をいちいち監視する時間なんてないと思う? ますますわからなくなってきた。
あれを撮影されて、どうして岩国いる元カレが拡散主になっている? 撮影をされたのは乃愛がいる小笠原新島だ。
それは隣にいる海人も同様で、考えがまとまらないのか唸っている。でも、乃愛よりも落ち着いてただただ静かに思考を巡らせているのは、さすが少佐のたたずまいだった。
「御園一派が多い小笠原新島にいる隊員を攪乱させるのが目的だとして。乃愛さんを標的にするために岩国の隊員が、情報を得るために張り付いているというのも合理的ではなくて、腑に落ちないですね」
海人の見解に今度は父が頷き、口を開いた。
「乃愛と戸塚君が一緒だった瞬間を撮影したのは、漆原大尉ではないと確認は取れている。その日、彼が岩国に滞在している裏付けがとれたからだ。ただ、『画像を使って拡散をはじめた大元が漆原だった可能性が高い』ということになった」
「こちら新島司令部『総務隊』の若い隊員たちを主に出回っていたと聞いていますが」
「調査にて、乃愛と戸塚君が一緒にホテルに入る画像を誰から送信されたか――を一人一人追っていくと、総務部の若い隊員の間で出回る前は、岩国のDC隊で出回っていたことが確認できた。岩国のDC隊員が『岩国でこんな噂が出回っている』と、新島総務に配属された同期隊員に送信。そこからまた総務部に出回ったということらしい」
新島の総務部隊が噂の発端ではない。岩国のDC隊から新島総務部に同期を通じて入り込んできた情報ということらしい。
おかしい、おかしい! 小笠原新島にいる乃愛と戸塚中佐が同行している写真を新島で撮影した者がいたのに、噂になるように画像が流れてきたのは岩国経由?? 混乱する乃愛は助けを求めるように、整理できない気持ちを父へと向ける。
「お父さん。新島で私を監視している者が撮影した画像だったのに、それをわざわざ岩国にいる隊員に手渡しに行った――ということになるの?」
「そういうことになる。手が込んでいるだろう。つまり、そこまでして『陥れる必要があった』ということになるのだろう」
そう聞いて、乃愛の中でぐわっと怒りが一瞬で湧いてきた。
「私はともかく……。戸塚中佐の奥様は妊娠中だったんですよ! 嘘だとわかるまでの心労も計算していたってことですよね!!」
不倫の噂を流され、乃愛がいちばん気にしたのはそこだった。いまも変わらない怒りだ。
乃愛の叫びに、海人も父も神妙な面持ちになり黙り込んだ。
海人はなにか言いたそうにしていたが、大佐である父の出方を待つように言葉をつぐんでいる。だからなのか、父が俯き加減に眼差しを伏せて言う。
「それでもいいということだったのだろう。戸塚君の僚機である三原少佐がフライトデッキから突き落とされたのも、『溺死してもいい』ぐらいの計画でやったことだろう。つまり……。そういう敵がいるってことだ」
乃愛は改めて驚愕する。そうだ。父が探している犯人は『相馬パパ』を殺した者だったのだと。
乃愛が不名誉になるぐらいのことはまだ序の口で、戸塚中佐に関しては部下が死んでも、奥様とお子様がどうなろうとお構いなしの敵意だったのだ。
「じゃ、じゃあ……。私が狙いではなくて、戸塚中佐……?」
「それもまだわからない。とにかく、戸塚君は御園一派のなかでも目立っている。容姿、経歴、人望を兼ね備えている。彼もきっと司令にはなるだろう。いまから潰しておきたい狙いもあるかもしれない。そんな戸塚君を監視していて、乃愛と雨の日に遭遇したところを『いいネタができた』ぐらいのことでやったのかもしれない――。乃愛を厄女に仕立て上げることもできて一石二鳥とも、考えられているところだ。御園を攪乱させるにしても、隊員ひとりが死んでもいいぐらいの悪意は、対抗派閥だから、というのはまだ安易な判断だと思う。派閥争いすら利用されているのかもしれない」
そして最後に父が静かに呟いた。
「未だ、目的不明――ということだ。次なる調査結果を待とう」
噂の根源は乃愛の元カレ、元カレは御園派と人事で競り負けた舅を持ち、乃愛への後ろめたさ、舅の出世の邪魔をする小笠原一派へのダメージを与えるための目的だったかも。そこまではわかった。
だが、三原少佐を溺死させようとした者がいること。
乃愛を厄女と仕立て上げ、父・剣崎透を表舞台に引っ張り出そうとしている者がいること。
父の目の前で、大事なバディの男の命を奪った犯人がいること。
そこにはまだ辿り着かない。
「でも。その大尉は締め上げておかないとですよねえ」
海人がふとそう呟いたのだが。父は初めて海人に厳しい眼差しを向けた。
「海人君。深入りは禁物だ。君だからこそ、誰よりも慎重にならなくてはならない。わかるよね」
「はい……。大佐。ですが、お嬢さんは俺がしっかり守ります」
まだすべてが解明できないくて、なにかが判明しては驚いて新たな不安が生まれる。
そんな状況でも、乃愛は毅然として立ち向かおうとしている父と彼を知って、自分も強くなろうと言い聞かせる。
それに父が、海人の言葉にとても嬉しそうに目尻をさげている。
娘のいまの交際相手は、任せて安心信頼できる男だと思ってくれている表情。父が心から海人を『娘の恋人』として任せているのだとわかる笑顔だと思える。
それだけで、乃愛のこころに小さな嬉しい花が咲く。
「あ、お父さん。ぜひぜひ、うちの父のフリット食べてみてください」
まだ情報がごちゃまぜなままで、結論がでないもどかしい空気を切り替えるように、海人がランチボックスを父の前へと差し出した。
父も美味しいものに目がないから、『いいのかな。もらっちゃおうかな』なんて目が輝いている。
こんなところ親子揃って食いしん坊。隠しきれていないなと乃愛は苦笑い。
何故か、パパ大佐も挟んでのランチ会がはじまってしまった。
※次回は、2/15 朝6時更新予定
⇒ノア艦更新時間いつがいいですか アンケート実施中(明日で締め切り)https://x.com/marikadrug/status/1756929398086009255?s=20
いまのところ以前通り、早朝希望が多いようです
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