EX1 園田中佐は知っている(番外編)

1.息子にカノジョができたの!!!

 その日、城戸心優中佐は自分が仕切っている『御園中将秘書室』を出て、司令室にて資料を眺めている御園中将のもとへ向かう。


 ちょうど自分が午後の中休み、ティータイムに入ったので、長年の上官である『葉月さん』にもお茶とお菓子を届けるためでもあった。


 いつもどおりに、気怠い様子で資料を眺めているミセス中将だったが、心優の顔を見ると嬉しそうに背筋を伸ばし姿勢をただした。さらに、手元にやってきたお茶を見てご機嫌になる。


「もうそんな時間なの~。やだー、今日もあっという間ねえ。ほんと室内で、隊員達がなにをしたかという記録を眺めているのって、肩が凝るし頭痛になるし、目はしょぼしょぼするし。お腹が空いてイライラするし……」


 と、今日もミセス司令は愚痴で満載だった。

 もう少し若い時はこんなに口数は多くなかったし、愚痴っぽくなかった。これもあれほどの功績戦歴を残されてきたミセス司令が、ある程度気を抜いて平和な場所にいるからなのかなと、心優は感じているのだった。


 だからとて。名を馳せたアイスドールの彼女がただただ惰性で資料を眺めているわけではない。きちんと全部頭に入っていて、彼女の頭の中では様々なシミュレーションが既に行われており、沢山の『準備』が蓄積されている。なにかがあった時に、すぐにその作戦を指示できる。引き出しをたくさんつくって、作戦パターンを編み出して数を詰め込んでいるのだ。

 ただ、以前と違ってじっと座って膨大な量の資料をインプットするだけの業務になったので、性に合っていないのか常に不機嫌だったりする。


「こちら。剣崎大佐の奥様からの差し入れです。最近、マリーナ地区に進出してきた横浜の洋菓子店だそうです。バタークッキーが人気のところで、優乃香さんが是非、葉月さんにと――」

「え、優乃香さんがわざわざ?」

「ほら。海人君とあちらのお嬢様、DC隊の乃愛さんがお付き合いを始められたのでしょう。そのご挨拶も含まれているかと思われます」

「気を遣いすぎでしょう。まあ、でも。若い時に、彼女がいる部署に何度か足を運んで話したことあるし。あの剣崎君の奥さんになってからも時々、我が家のパーティーにも来てくれていたからね」

「長いお付き合いだったんですね。時を経て、お互いのお子様がステディになるだなんて、ご縁があったんですね」

「そうねえ。なんだか、あの海人が恋人を連れてくるだなんて想像できなかったけれど。いざ『彼女とおつきあいすることになった』と連れてきたら、急に大人の男に見えてね。そっか、私と隼人さんが付き合い始めたぐらいの、隼人さんとおなじ年ごろになったんだと思ったの。乃愛さんを見つめる横顔が、当時の隼人さんにそっくりでねえ」


 ごもっともかと、心優も頷いてしまっていた。

『お日様君』と呼ばれてきた海人君は、どこか無邪気できらきらの王子君という感じだったのに。キュートな女の子をそばに寄り添う姿は、急に大人っぽくなっていて心優も驚いたほど。恋人ができたことを境に、男性の色香を漂わす『貴公子』みたいな気品が生まれ出ていたのだ。

 それこそ。ちょっと前のミミルと匹敵するのでは? と思いたくなる男の美しさというのだろうか。これはお母様譲りの美形と気品が、大人として開花したのではと、心優に見えているのだ。


 また剣崎大佐のお嬢様、乃愛ちゃんがかわいいこと。

 普段は凜とクールに職務を遂行する身体能力抜群のDC隊女性隊員なのに、プライベートではキュートな元気女子。自分なりのお洒落を確立させていて、快活で憎めない爽やかさしか感じない。お父さん子で、剣崎大佐の影響を大いに受けていて、ハイダイビングを始め、水泳にサーフィンとマリンスポーツ万能。しかも女の子なのに、RX7を乗り回すという元気娘ちゃんだった。


 それはミセス中将からすれば、もしかすると『私が若いときと重なる』部分があったのかもしれないと心優は思う。スポーツカーを乗り回すアラサー女子なんて、まさに葉月さんもそうだったのでは。お洒落は苦手だったようだけれど、スポーツは万能の女性だったはずだ。


 でも……。違うのはその年頃の時に葉月さんは深い傷と向き合い常に重苦しい日々を送っていたこと。しかし息子が連れてきたカノジョさんは、女性として不自由な軍隊にいても気強く前を向いて、元気いっぱいな健全な女子であること。そんな女性が息子のお相手で良かったとも感じているのではないだろうか?


 心優がそう思うのは、御園中将のママとしての姿からだった。


 ほんの半月前に心優も、母親であるこの中将から直々に『息子がついに乃愛さんを、正式に恋人として紹介するために連れてきた』――という報告を受けていた。


 その時の葉月さんったら。朝一に、心優を見つけてすぐに司令室に引き込んで『聞いて、聞いてよ、心優。ついに海人がっ、海人がね、乃愛さんと!!!』と大興奮。こんなアイスドールさんは見たことないと、心優もたじたじになるほどだった。ほっぺも真っ赤にして目もおっきく見開いて、お嬢なママさんっぷりを隠しきれていなかった。


 心優としては……。なんとなく、予感はあった。

 出所は『シド』だ。剣崎少尉がハイダイビング救助を成功させた事件があった春ごろ。

『海人と乃愛、ビーチのカフェで一緒に食事をしていた。あの海人がさあ、にっこにこの顔をしていたんだよなあ。そう、藍子とミミルとか、ユキナオと一緒にいるときの顔な。ちょっと気になったから伝えておくな』

 そんな報告が数ヶ月前に彼からあった。シドとは互いに気になったことは、包み隠さず報告し合う間柄が出来上がっていたから知っていたこと。


 さて。水面下で情報収集を心優と共に行っている『剣崎大佐』、パパさんには……、いや、まだ伝えない方がいいなと判断したのも心優の独断だった。


 もちろん。シドから報告があった春ごろの時点では、葉月さんはまったく気がついていなかった。『御園家』に息子自身が彼女を連れてくるまでは。隼人さんもだった。ご夫妻そろって『息子は恋愛に無関心』と見ていたからだ。


 葉月ママのお気持ちが『あれ、もしかして、息子と彼女って……』と傾いたのが、戸塚エミリオ中佐と剣崎少尉との『不倫の噂』が立ちのぼった時。日々懇意にしているエミリオの代わりに、海人が噂の当事者二人の間に入って対処すると動いた時だった。

 当事者女性である剣崎少尉と海人が『噂対処のために』接触。そこでなにがあったのか、海人自身が御園家に剣崎少尉を連れて、両親と面会をさせた。


 その当日も、御園中将司令室はてんやわんやだった。

 第一報が入ったのは始業から一時間後ぐらい。ミセス中将のところに、家を守っている夫、隼人さんからメッセージが届く。『海人がランチに、剣崎君のお嬢さんを連れてくるって。おまえ、会えることがあったら伝えておきたいことがあるとか言っていただろ? 海人はおまえと彼女を女性軍人同士として会わせたいという目的で連れてくると思うけど、どうする? 俺は素知らぬふりでランチでもてなす心積もり』――というものだった。

 もともと剣崎大佐とは水面下で連携していたため、葉月さん自身もおなじ親として思うところがあったのは心優も知っている。


『守秘義務と任務使命ために、家族と通じ合わなくなることがある』。

 彼女はそれを息子との母子関係不和で経験済みだったから、いま仮の姿で日々を送っている剣崎大佐とお嬢様の間が冷え切っていることを常々案じていたのだ。


 剣崎氏には、男として軍人としてどうしても見過ごしたくない想いがある。それは誰もが理解できたことで、事件の内容からも、彼と御園一派が連携するのは必然。御園夫妻は剣崎氏の想いに寄り添ってきた。

 だがそのために父親としての想いを覆い隠して、娘からあざむいて使命に邁進する。それをそばで見守っているもどかしさを、ミセス中将は数年抱えていた。


 手遅れにならないうちに――。

 今日、いまが娘と父親をなんとか繋ぎ止めておくチャンス。

 そう判断すれば、ミセス中将の動きは速かった。躊躇いも迷いもない。

 今日の業務よりも大事なことだと、御園司令室から秘書室へと指示が飛ぶ。

 息子が剣崎少尉を連れてきた。これを機に『先日のハイダイビング救助の成功を労いたい。出所不明の噂のことは気にしないようにしてほしい』ということを伝えにいく名目で、仕事場を一時離れる。自宅でランチタイムをするスケジュールに組み替えるよう、心優がいる秘書室に指示が出た。


 その時に、実際に息子と彼女が並んでいる姿や、剣崎乃愛というお嬢さんの資質に雰囲気に性格、息子海人と彼女が向き合うときの空気感――などなどで、なんとなく『あら? あらら?』と勘が働いたようだった。


 その日を境に、海人君と乃愛さんは急接近。もともと気が合う親和性の高い間柄だったのか、あっというまに『ステディ』になった。

 御園のご両親に、若い恋人同士のふたりが『正式なご挨拶』を終えた翌日。

 大興奮のアイスドールが大騒ぎで心優を捕まえ、小一時間喋りっぱなしという珍しい光景があったのはつい先日だった。


 そして今日は、息子のお相手のお母様。剣崎大佐の奥様、優乃香さんから差し入れがあったので届けたということだった。


 横浜から出店してき高級洋菓子店のバタークッキーは極上だった。

 スイーツ大好きな御園中将はそれまでの不機嫌もどこへやら。ご満悦で心優が煎れた紅茶とともに堪能している。


 心優も、もうどれほどか。彼女につきっきりの護衛官ではなくなったが、こうして女性同士向き合って女性らしいトークを挟んで、この女性ボスとお茶をする。

 秘書室を任されるようになっても、続いていた。


 そして心優も中将とお茶をしながら、もうひとつ気になっていることを呟いてみた。


「そういえば。杏奈ちゃんは、今年の夏季休暇はいつぐらいになるか、もうお聞きですか」

「あ、うん、そうね。そろそろ私か隼人さんから聞いておこうと思っているの。まあ、きっと英太が取得する夏季休暇に合わせて帰省してくるでしょうけれどね」


 季節は夏に。そろそろ隊員たちが『夏の長期休暇をいつ取得するか』でざわつくころだった。


「では、海人君はその時に、妹の杏奈ちゃんに、お兄ちゃんのカノジョとして乃愛さんを紹介するのでしょうかね」

「そうみたいね。杏奈には自分から伝えるから、父さんと母さんから情報を漏らすなよ――と釘を刺されちゃったわ。実際に言いそうになったしねえ」

「あら。お母様、守秘義務第一の軍人とは思えない口の軽さになっちゃいそうだったんですね」

「そうなの、そうなの。だって。あのお兄ちゃんが、女っ気がなかったお兄ちゃんに恋人が出来たのよ。そりゃ、娘には言いたくなっちゃうわよ。でも海人のお兄ちゃんともなる英太もね、度肝抜かれて大騒ぎしそうと気がついてね。もう立派な大佐で部隊長になったけれど、そばに岩国基地司令になったフレディがついてくれているからこそよ。プライベートで浮つかないよう、帰省してから伝えたほうがいいというのは隼人さんの判断。私もそうすることにしたの」

「だとしたら……。海人君、乃愛さんになんと紹介するのでしょうね。妹さんとそのお相手のこと」


 とたんに女子ママトークに饒舌だったミセス中将が黙り込む。

 クッキーを囓って、紅茶をすする音だけが心優の耳に届く。

 母親としての複雑な心境が見て取れた。


 兄は女性関係皆無の二十代を過ごし、やっと恋人ができて急に大人の男性としての風格が。

 しかし妹は既に……。年が離れた男性と正式な結婚という形を取らずに『事実婚』として妻のようにして過ごしている。


 そんな御園家お嬢様のお相手男性との複雑な関係を思うとき、心優にはある日の光景が蘇るのだ。


 そうそれは。心優がまだこのミセス中将のおそばに護衛官として小笠原に来たばかりのころ。

 いや、シルバースターの勲章を叙勲して間もない頃だったか。

 まだ十代の少女だった杏奈と男盛りの鈴木英太氏が、すでに心を通じ合わせていた瞬間を目撃したあの日のこと。



★次回、その日のシーンをお届け。既存のシーンの再掲と合わせて、心優のモノローグも新しく追加する形でお届けします。(更新日は不明)


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