47.君を知っているから
「忘れ物、取り終わったから。俺たちも行こうか」
先輩の忘れものではなかった。
乃愛と父の忘れものだった。
たしかに忘れ物は取り戻した。
「先輩、知っていたんですか」
先輩が目線を逸らして、おどけて笑った。
父が表の姿で戻って来たことを知っていたからこそ、乃愛をここに連れてきてくれたのはわかっている。だが、いつどう知ったのだろうか。それが乃愛の疑問。
そんな乃愛の視線に負けたのか、もう隠す必要もないかと、海人先輩が教えてくれる。
「ほんの数日前だよ。母から『剣崎君が軍務に復帰することになった。面会をしてほしいから司令室まで来なさい』――と連絡を受けてね。今日、母がいる作戦司令本部の司令室まで出向いたら、母と一緒にお父さんがいたんだ。もう制服姿で」
そこで乃愛はさらに気がついたのだ。先輩が珍しく『制服で新島に帰ってきた』ことに。
いつもは非番で両親宅を訪ねに来るから、先輩の服装は私服だった。その先輩が今日に限って制服だったのは、御園中将に呼ばれて司令本部へと訪ねるためだったからだとわかったのだ。
「司令室で対面した剣崎大佐に、母から俺を息子として、または『宿題』、『作られた厄を調べる指令』を任せている隊員として紹介してくれたんだ。その面会のために、いまお父さんが君に明かした『これまでの事情』を、前もって両親から先に聞かされていてね。俺が事情を知ったことの報告も含めての面会だったんだ。その後だよ――。母から呼ばれた面会が終わって、お父さんと一緒に、母の司令室を退室した。その時に、お父さんに思い切って伝えたんだ」
「つ、伝えたって、なにをですか?」
乃愛はドキドキしてきた。海人先輩から司令室を出て個人的に父に言えることなんて一つしかない。
「お嬢さんにお付き合いを申し込みました――と」
既に先輩が『おつきあい』を父に報告していたことに、乃愛は仰天する。だから父は、娘を前にしても驚きもしなかったのだと知る。だが、父は笑顔で受け入れていた。一発で許してくれた? 御園家長男だから? いや、父はそんなステータスでほだされる人じゃない。
父は『デートだろう。海人君、お願いします』と、『娘さんとおつきあいをします宣言』をした青年に、素直に娘を預けた。
父は、笑顔で娘を送り出す心をどう整えてくれたのだろうか。
「そ、それで、父は……?」
「うん。さすがに一瞬、凄い睨まれたかな。睨まれたというより『娘が? 信じられないな』という訝しむ目つきだったのかもだけど?」
うわー、やっぱりやっぱり! 『娘の男』へのファーストインプレッション、その対応は『俺の娘の男? ただでは許さない』という鬼の父心が表面にでてしまっていたかもと乃愛は震える。
「怒られたりしませんでしたか?」
「眉間に皺を刻んだこわーい目線で、お父さんが言ったんだ」
なにをなにを? 乃愛はどきどきして、海人先輩が怯えることを父が言い放っていないかと、答えを聞く前に気が遠くなりそうだった。
「どこの馬の骨ともわからん男だったらすぐには許さない。でも……」
「でも……?」
「海人君なら、立派な馬の生まれでお育ちだとわかっているから、よろしくお願いします――と頭を下げられちゃったんだ。もう俺、急に申し訳なくなって、大慌てで頭を上げてもらってさ」
馬の骨なら許さないけど、立派な馬の子なら許す?
そこが父の許しどころ? いくら海人先輩でも男は男、そんなちょっと対面しただけで許せるものなのか。やはり御園の権威を父も考慮したのか、乃愛は腑に落ちなくなる。
「透お父さんは、『葉月さんと隼人さんをよく知っていて信頼しているので、その息子さんなら間違いないから』と言ってくれたんだ。それに、俺のことも子供のころから知っているし見てきたから、許さざる得ないよ――と笑ってくれた。なんか俺、いままで御園の子というだけで、いつも人に見られているようで嫌に思っていたことあったんだけど……。見ていてくれたお父さんに認められるためだったと、今日、初めて思えた。そして、こんな時になって、両親に凄い助けられているんだなって痛感したよ」
「それなら私もなのかも? 父が葉月お母様と積み重ねてきた信頼があるから、先輩のそばにいることもできて、ご両親のご自宅にもお招きいただけたのかも」
雲の上で遠い上官だった御園のご両親。初対面であんなに打ち解けられたのは、父の透がその下地をつくってくれていたのだと乃愛も初めて感じられたのだ。
「それはあるかもね。お互いの両親がすでに旧知の仲で、信頼を築いていたから、娘と息子のことも、互いの子供のパートナーとして認められる準備が整っていたということだもんな」
それは、乃愛と海人先輩がここまで心を通わせただけのことではない。互いの両親が脈々と紡いできたものが、心通わせる環境を整えてくれていた。そのおかげも大きいと乃愛は知る。
もちろん。海人先輩自身が歩んできた『お育ち』もだ。彼が品行方正に、または御園の長男として向上心を持って得てきた全て、父はそんな海人先輩の性格に素質も、乃愛よりもずっと前から知っていた。
だから父は、『立派な馬の子、それなら娘を任せられる』と、一発で受け入れてくれたのだろう。
「母の司令室で対面して、その時にチャンスだと思ったんだ。『今日、娘さんに会ってくれませんか。僕が立ち合います。彼女は、出会ったばかりの僕なんかより、ずっとずっとお父さんを愛しているから、戻って来たなら、いま帰還後の休息を取っている彼女に会ってほしい』と、お願いをしたんだ。お嬢さんもいま心が疲れているから、元気にしてあげてほしいともね――」
戻って来た父の姿と再会させてくれたのは、海人先輩のお膳立てだったと知る。
また乃愛の目から幾粒もの涙がこぼれおちてきた。そして、ついに自分から海人先輩の胸元へと額をくっつける。
「せんぱい……、ありがとう……」
「お父さんのことを無視して、君との時間を楽しめないと思っただけだよ。君の大事な人だから」
この人が隣にいてくれる男性になってくれて良かった。
乃愛は初めてそう実感する。
この人は、乃愛も、乃愛の大事な人も、大切にしてくれる男性。
「行こうか。心まだ落ち着かないと思うけれど、美味しいものを食べに行こう」
夕闇に沈んだガレージの路、初めて先輩がそっと乃愛の肩を抱き寄せてくれる。
ふたり寄り添って、薄闇の路を歩き出す。
---🌜
帰還後の代休休暇が終わり、乃愛は軍務に復帰する。
乃愛は乃愛で、海人先輩は先輩で、職務がある。
先輩は旧島住まいで、飛行部隊にて防衛フライトの日々に。
乃愛は、DC隊の『訓練』に励む日々を送ることになる。
乃愛が所属する長門中佐のDC第二部隊は、夏季休暇を含む陸勤務期間のサイクルに入る。
陸にいる間は訓練三昧、勉強三昧になる。
その中の一つに乃愛の父が監修した『ダメージコントロール新訓練施設』での演習プログラムも入っている。
あとは整備で停泊しているウィラード艦の安全保全のため、艦内宿直のシフトに入ったりもする。
そしてまた晩秋に、ウィラード艦に戻ってくることになる。次はテスト航行ではない『実任務』となる。二ヶ月近い航海に出発する予定だった。
その間に、めいっぱい陸で先輩と沢山のイベントを楽しもうということになった。
父と再会したあの日の夜、改めて先輩からこのマンションに入れる『カードキー』を渡してもらった。乃愛も自宅の鍵を渡して、お互いに交換。シフトを付き合わせてのお付き合いスタート。
御園のご両親にも『ステディになったからよろしく』と、海人先輩から紹介してもらったが、隼人お父様も葉月お母様も『そうなる気がした』と笑って受け入れてくれた。
ー☔
お休みが一緒になったことがわかり、待ち合わせは『海人先輩のお部屋』。お泊まり&おでかけデートの約束をした。
『カードキー』で自由に出入りできるようになったが、必ず先輩に前もって伝えることにして、勝手に出入りはしないようにしている。勝手に出入りしたところで、セキュリティばっちり、エリーたち黒服スタッフが目を光らせているから、内緒で出入りをしてもすぐにわかっちゃうのだろうけれど……。親しき仲にも礼儀ありを忘れない行動を心がける。
【 いまフェリーに乗っています。昨夜、戸塚夫妻と一緒に食事をしたのですが、次回の週末休暇の非番に、戸塚家へ乃愛をご招待したいと言っていました。どうでしょうか。マンションに到着したら詳しく話そう 】
そんなメッセージを何度も眺めてニヤニヤしている自分がいる。
さらに先輩のメッセージが続く。
【 明日はフライトの約束だったよな。楽しみだよ。乃愛とのフライト 】
いつのまにか『乃愛』と呼んでくれるようになった先輩。
そんな乃愛はまだ畏れ多くて『先輩』としか呼べずにいる。
頑張って『カイさん』かなあ――なんて。
でも、乃愛は先輩のメッセージにある『乃愛とのフライト』という一文を何度も見て、ずっとニヤニヤ顔になってしまいとまらない。
「先輩が操縦する飛行機でフライトだって」
もう~わくわくも止まらない――!
と、いいたいところだが。
勤務明けに先輩のマンションに到着してお部屋にお邪魔したら、あの美しいガーデンマンションの窓景色が大荒れ。曇天どんより灰色景色、荒波がざぶんざぶんとうねる様子が目の前で繰り広げられているのは恐ろしく感じたものだった。
明日のフライトなんてできなくなっちゃうんじゃないの?
まあでも。中止になっても、このお部屋で先輩とゆっくり過ごせれば、乃愛はそれだけでいまはしあわせ……。
それより、『旧島―新島』を往復するフェリー、ちゃんと航行は出来てるの? 欠航になりそう……。こんなときに違う島に住んでいると阻まれてしまう。そんなのヤダヤダ、せっかくの週末に非番を合わせてくれた先輩に会いたいよ~! 乃愛はジタバタしてヤキモキして先輩の帰りを待つ――。
そんな中、新島行きフェリーが欠航寸前になるところをくぐり抜け、海人先輩が新島マンションに到着。『あぶなかった~』と言いながら帰ってきた。
でも明日は、飛行機は飛ばせない気がする……。
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