46.TEAM〈チーム〉

 きっと父は『やめろ』と止めるだろう。

 でも乃愛は心を強くして伝える。


「私も、相馬パパの敵を一緒にとる。一員にしてよ」

「いや、駄目だ。どんな者がどのように狙っているのかまだ不明だ。近づかない方がいい」

「でも、そいつ、これからだって私を見て、なにかをしようとしているんでしょう」

「俺が戻ってきたからもう……」

「わからないじゃない。それに私も軍人だよ。剣崎大佐は娘ってだけで、隊員を使い分けるの? それとも私は頼りないか弱い娘で、立派な軍人じゃないっていうの? 剣崎透の娘なのに?」


 父が黙り込んだ。『軍人としての心』と『父としての心』がせめぎ合っているのがわかる。

 向き合う父と娘。遠くさざ波の音が聞こえてくるだけになった。

 夕の茜も色褪せて、うす暗くなってくる。そこで娘と父親の思いが膠着こうちゃくしている。


 そんな時になって、乃愛の背後から、ひょいっと金髪の男性が現れた。

 父とおなじ白シャツ制服のシド大佐だった。うす暗いこの路で気配なく現れたので、乃愛はギョッとして跳び上がりそうになった。


「た、大佐まで、どうしてここに」

「だって透がさ、ちゃんと娘と向き合えるか心配で、付き添ってきたんだよ~。そこらへんの影に隠れて見守っていたんだけど、父と娘の心の『再会』! めっちゃ泣かせやがって……。よかったなあとしみじみとしていたら、透が父親の顔しかしなくって、同僚大佐して一言いいたくなってさ」


 出てきちゃったと、シド大佐があのニヒルな笑みを見せた。

 父は父で、付き添ってきてくれた友人の手前、軍人の姿なのに父親として娘に弱くなっているところを見られて、気恥ずかしそうに下を向いてしまった。


「なあ、透。俺はもう遅いと思ってるんだ。どんなに娘だからと囲って隠そうとしてもよ。乃愛も軍人として職務で動き回っている以上は、箱入り娘のように守ってやることはできねえってわかるよな」

「確かに。そうだが……」

「乃愛もいい大人で少尉にまでなったんだからよ。信じて任せてもいいんじゃねえの。俺は大佐として、乃愛も大河もなかなか使える隊員だと見てるけどな。いいバディだろ、幼馴染み同士でさ」


 大佐にそこまで言ってもらえて感動の乃愛だが、父はやっぱり父として娘にはDC隊の職務だけしていてほしいという顔をしている。


「透にはすまないことをしたと思ってる。ほんとうに、今回の航海では、乃愛の周辺に目を配っていたのに、あの結果だ。俺の失態だ。心配するのも致し方ないと思う。だが、だからこそ、今度こそ、俺に任せてくれないか。艦では乃愛と一緒に護り抜く、乃愛のことも護る。今度こそ、俺にもう一度チャンスをくれ!」


 乃愛の真横で、あのシド大佐が金髪の頭を深く下げて、父へとお辞儀をしている。


「そんな大佐、私のことは、大佐のせいじゃないですよ」

「そうだ。シド。やめろ」

「俺は俺で納得出来てねえし、悔しいし、俺が俺を許せねえんだよ。それに俺も、相馬のかたきが許せねえ。俺も敵を取りたい!」


 乃愛と父は顔を見合わせ、揃って当惑する。

 シド大佐には、シド大佐の決意と信条がある。特に信条。それを取り返したいのだろう。


「わかった。艦での乃愛のことはシドに任せる」


 父の言葉にシド大佐がやっと明るい表情になって、頭を上げた。

 しかもその無邪気そうな笑顔になったかと思ったら、妙なことを言いだした。


「じゃあ、俺たちもう『TEAMチーム』な」

「はあ? チーム? どうしてだ」


 眉をひそめる父を見てもおかまいなしに、シド大佐がさらに背後で待機しているワゴン車へと振り返り、手合図を送った。


 そこで見守ってくれていた海人先輩とエリーがやっと近づいてくる。

 二人揃って、シド大佐の両脇に並んだ。


「俺と透、海人と乃愛、そしてエリー。これでチームだ。いいだろう」


 乃愛は『ええ、そんなこと勝手に結成しちゃっていいの』とわたわたしていたが、父とエリーは顔を見合わせ、ちょっと呆れたため息をこぼしている。海人先輩に至っては、ただ静かな表情を保っているだけで、なにを感じているのか乃愛にもわからない。


 だが父が腕を組みながら、大きなため息を落とした。


「そうだな~。海人君とエリーが娘のそばにいてくれたら、安心だしな~」

「え、俺じゃなくて、海人!?」


 俺に任せろと宣言したばかりのシド大佐が、目を剥いて茫然としている。

 さらに、父は娘以上に御園のふたりと面識があって、親しげだと気がついてしまったのだ。


 そんな父が静かに落ち着いている海人先輩へと微笑みを向けた。

 今日は女らしくしているワンピース姿の娘を、そっと先輩へと押し出したのだ。


「海人君、よろしく頼みます」

「はい。お父さん。任せてください」


 え、え、え? お父さん? まだなんの報告もしていないのに?

 乃愛に恋人ができたらまず連れてこいと常々言っていた父。『ビシッと一言、娘を死ぬ気で守れと言わせてくれないと付き合いは許さない』と、これまでの父は豪語していたのに? 笑顔ですんなりと、栗髪の青年に娘を預けている。

 海人先輩も堂々としていた。物怖じもせず静穏な顔つきで微笑み返している。


「僕の父が出した宿題、少尉と共に取り組みます。『調査』は期限までに提出いたしますのでお待ちください」

「うん。待っているよ。御園少佐」


 父が満足そうに眼差しを伏せた。もとからなのか、いつからなのか。父は海人先輩をとても信頼しているようだった。

 

 父が愛娘を青年に預ける。とてもしんみりしていたら――。

 乃愛の横から、ズゥーとなにかすするような音が聞こえてきた。見上げるとシド大佐で、鼻水が出そうなところを袖で押さえ、なのにぐずっと青い瞳を潤ませて泣いていたのだ。

 乃愛もだが、海人先輩もギョッとしている。


「ちょっとシド。なんなんだよ。相変わらず鬱陶しいな」

「うう、だってよ。海人。透がやっとやっと娘と前みたいに話せるようになったんだぞ」

「そ、そうだけど……。まあ、シドはずっと見守ってきたんだもんね。感激もひとしおだよな」

「ってか、海人もだ! おまえ、やっぱりあのあとから、乃愛に接近したんだな! 女っけないくせに、あの時は乃愛と仲良く食事していたもんなぁあ!」

「いや、だって。彼女、いろいろと楽しくさせてくれるもんだから。その、そばにいたいなあって、いてほしいなって」

「くぅーッ! なに素直に惚気てんだよ! しかも父親である透の前で遠慮もなしにっ」

「いや、だって。お父様の前で、お嬢様を大事にしたい気もちを照れくさいからって、誤魔化すほうが不誠実じゃないか」

「そりゃあ、そうだけどよう!」


 シド大佐の目の前でも、乃愛に告白してくれたようなことを先輩が堂々と伝えたので、乃愛はもう恥ずかしくなってまた頬が熱くなる。

 どうしよう。お父さんはどう思っているのかなあと、そっと父を見遣るのだが――。『あはは、父親の俺よりシドがオヤジみたいに文句言ってる』と笑っているではないか。


 ほんとにほんとに、いいの?

 ほんとに海人先輩とおつきあい始めちゃうよ?


 愛娘を浚っていきそうな青年なんか許すもんかと、ごねる父を予想していたのに、ぜんぜん違ったので乃愛は拍子抜けしていた。

 それでもシド大佐が『うわー、今日、ここに付き添って、立ち会えてよかったああー』と、父娘再起の日を見届けて、らしくない涙をこぼしてばかりいる。


 そのうちに、シド大佐の隣にすっとエリーが並んだ。


「ちゃんとして。あなたも大佐でしょう。本物のお父さんはもっとどんと構えているものなんだから。見なさいよ。透さんは、お嬢様のお相手に対しても、あんなに寛大に穏やかに笑っていらっしゃるのに。シドったら、みっともないっ」


 シド大佐を叱り飛ばしたので、乃愛はまた目を瞠ってしまう。

 幼馴染みと聞いてはいたが、シド大佐を叱り飛ばす女性なんて凄いと思ってしまったのだ。

 しかもシド大佐、言い返しもしない。そのうえエリーがさっと差し出した綺麗なハンカチも、遠慮もしないで手に取って涙を拭いた。その後は、チーンて鼻をかんだ! 女性の美しいハンカチに遠慮もなく! さらにはそれをエリーに無言で返した! エリーも受け取ってポケットにそのまましまった!


 それだけで『あ、確かになんでも許してる幼馴染みの関係だ』と乃愛は悟ったのだ。なるほど。確かにチームになりそうと乃愛は受け入れそうになっていた。


 そんな幼馴染みの二人を見て笑っていた父が、さらに優しい眼差しをお二人に向けてため息を吐いた。


「そうだな。TEAMでお互いがお互いを守っていこうじゃないか」


 眼差しを伏せた父が、急に哀しげな声でそっと呟く。


「もう誰も失いたくない。そのひとりは、誰かの大事な人だ」


 バディを失った父だからこその、重い一言。

 でもそれは、ここにいる者全員の胸に響く言葉だったと乃愛は思う。

 誰一人失わないためのTEAMだ。


「乃愛、休暇の内に母さんに会いに来てやってくれ。父さんも待っている。その時にもう少しゆっくり話そう」

「わかった」

「今日はデートか? ……いっておいで。海人君と」


 乃愛はなにもいえずに照れてうつむく。

 そのうちに父から『じゃあ、実家で待っている』と呟いて、乃愛に背を向けて去ろうとしている。


「やっぱり、透だって寂しいんじゃねえか。仕方ねえな。今日は俺が相手になってやるか」


 日が暮れて薄闇に包まれはじめたガレージの路、向こうへと歩き去って行く父をシド大佐が追いかける。

 おなじような背丈の中年男性ふたり、おなじ制服姿で肩を組んで歩き始めた。笑い声が聞こえてきたので、今夜は男同士で呑むのかななんて乃愛は勝手に思って、父とシド大佐の背を見送った。





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