39.船乗りはつらいよ

 総務隊に兄弟そろって勤めていて、帰港後は弟が結婚式を挙げる予定だった。そこから乃愛を襲撃することになった経緯を、長門中佐が報告してくれる。


「帰港して、次週にという日程だったそうだ。だがこの艦の帰港が延期されたために、キャンセルにするしかないと――。帰港延期が周知された時点で、家族と連絡が取れるようにネイビーメールでの通信開放、許可をしたが、その連絡の末、泣く泣くキャンセルを家族で決めたそうだ。花嫁さんの嘆き哀しみようが酷いそうで……。それを聞いた兄弟も落胆していたところだったようだ」


 ここまで聞かされたら、乃愛が襲われたわけも理解できた。

 でも。あの兄貴は『おまえの厄のせい』とは考えておらず、言ってもいない。シド大佐が言ったとおりの見解ではあった。『軍人ならば、その向こうになにか仕掛けられていると見るべき』と見通しを立てられていた。


 なのに、『DC隊剣崎がなにかを艦に引き込んでいる。今回の感染症蔓延もあの女がなにか引き込んだ。そのせいで、弟の結婚式がキャンセルになった。あいつのせい!』という想いに駆られた。それが襲撃に切り替わった。いま現在そこまで、素直に聴取が出来たと聞かされた。


 大河も悔しそうに膝上で拳を握りしめ、項垂れている。


「自分のせいです。剣崎を見るなり『厄女』と総務隊からいくつも聞こえてきたので、目が合った男性を睨んでしまいました。それがスイッチになったのではと……、冷静な態度でやり過ごせばよかったのにと反省をしています」


 だが長門中佐はやるせなさそうなため息をつきつつ、大河の言葉を聞いて首を振る。


「いや、杉谷はバディに女性を持つ以上、他の男性隊員以上に彼女を守る責務も担っている。幼馴染みだからという理由で組ませていることもあるが、杉谷が女性を任せても安心な男性だからという理由もある。謂われのない言いがかりをつけられやすい剣崎を、守るための牽制はあってあたりまえだ。杉谷に落ち度はない、安心しろ。ただ、そこでもっと冷静に受け流せていたら、あるいは……ということは今後に活かして欲しい」

「申し訳ありませんでした。心得ます……」


 声も弱々しく返答し、大河は力なく肩を落とした。

 それを世羅少佐が慰めるように、大河の背をそっと叩いてくれている。

 世羅少佐もそこで口を挟んできた。


「どのような理由であろうと、裏付けがとれていない限り『言いがかり』でしかないと、自分は思いますね」


 長門中佐もうんうん頷いた。


「そのとおりだ。厄女と思い込むのは非現実的、剣崎が『裏からなにか手引きしている可能性がある隊員』というのも軍人としてあり得る予測の仕方だ。だが憶測でしかない。ただでさえ管理されている艦内生活、それがもうすぐ帰港、終了すると心躍らせていたところで、感染症蔓延。さらに艦内生活が制限され、帰港延期を知らされる。追い詰められていたところもあるだろうが、女性に襲いかかるほどの精神は如何ほどか――。と、いま叱責を受けているところだそうだ」


「しかも結婚式の予定は、家族の都合もあるでしょうから、帰港予定日から次週であっても構いませんが……。艦は予定通りに帰港するとも限りません。だいたいは、夏季冬季で得られる長期休暇に行われますよね」


 いまはまだ夏季休暇時期ではないが、その時期に艦に乗ることになっても、秋季にも代休的に長期休暇が取れる。船乗りはだいたい確実に陸に居るだろう時期を見据えて、結婚式を計画する。


「長期休暇に当てられなくても、一手間ですが、延期した場合の二次予定も控えたうえで、余裕をもたせる準備をしている船乗りがほとんどだと思いますが……」


 世羅少佐の言うとおりかもしれない。

 帰港予定は確実ではない。軍務である以上、日程すらも機密。予定外の任務も下るかもしれないし、それこそ故障事故などで予定通りの日程で小笠原に到着しないこともありえる。

 もし今回のように一ヶ月以上も帰港延期する可能性もあることも考えたら、予備日を設けるはずだった。それか、もっと帰港予定の期間から外して計画を立てるのがベターなのかもしれない。


「そこのあたりもシド君が追求したのだけれど、こればっかりはね。あちらのお嫁さん側がしっかり理解してくれなくて、どうしても六月中がいいと譲らなかったらしい。いわゆるジューンブライドってやつかな~。この艦の帰港予定月半ばで、ひとまず六月中だったでしょう。しかも二十代のうちに絶対が条件だったそうだ?」


 二十代のうちにジューンブライド……。

 世羅少佐の妙なため息が聞こえていた。


「女性の憧れを否定はしませんが……。それでは無理に予定をいれざる得ませんね……」

「挙式と披露宴を分ける予定も提案したが、余計な予算がかかりそうな予備日はいらないと新婦側が突っぱねたようで。なんとかなると新郎側が受け入れた経緯もあったみたいだ」


 時期が悪かったのかと、乃愛は感じた。

 女性が憧れやすいジンクスがある『ジューンブライド』。それさえなければ、もしかすると余裕が持てる時期を両家納得のうえで確保でたのかもしれない。

 しかし、それはもう、家と家の問題。お嫁さん側の家族が海軍の船乗りをどれだけ理解してくれるか、新郎側がそれをきちんと説明ができていたかもあると思う……と、長門中佐の言葉に、世羅少佐も頷いている。

 さらに長門中佐が続ける。


「なんか、やるせないな。船乗りを安易に考えられて結婚するとか、気落ちする弟のために怒る兄の矛先が、おなじ女性である剣崎に向いた気もする」

「ああ、なるほど。船乗りをよくよく理解してくれない女性と義理家族、常に疑わしいと狙いを付けていた剣崎少尉は、なおも同年代のアラサー女性。重ねてしまったということですか」

「そこまでの心情に彼は気がついていないかもしれないが、そう思えてね……」


 しかもいま総務隊は、感染者と濃厚接触者で隔離されている人数が多く、残っている隊員だけであたっている業務の負担が大きい。精神的に追い詰められていたこともあったかもしれない――と、聴き取りをした総務隊の上官も証言しているらしい。


「だが女性を男の力で押さえつけるのは悪手だよ。総務部隊長、大竹君の声が弱っていて、気の毒で――。彼もいまいっぱいいっぱいみたいだしね」


 長門中佐のところには素早く状況把握の情報が伝えられてきているようだが、その中でも、総務隊部隊長の大竹中佐がかなり動揺しているようで、その中でも加害者となった部下のこと、被害を受けたDC隊への対処で忙殺しているとのことだった。


「剣崎が襲われたことは目撃者多数で証言もとれているが。こちらでもいちおう聴取をと艦長に言われている。剣崎、いま辛いだろうが、経緯の説明を頼む」

「はい――」


 言えることなど……。

 いつも通りに巡回をしていただけ、通りがかりに厄女と言われたこと、目が合った男性が襲ってきたこと。それだけだ。


 乃愛はここで一度、業務から外されることになった。

 休養を兼ねていること、被害を受けたことは明白でも、総務の男性との関係性と証言の照らし合わせが明確となるまでは、どちらも待機状態を保つためと言われた。


 一番親しくしているDC隊女性隊員の後輩、准尉が、DC隊本部室まで乃愛を迎えに来てくれる。

 住居区画にて乃愛を休ませるように、彼女に命ぜられた。

 それは密かに、乃愛がそこから出歩かないように監視する意味合いも含まれていた。


 だが後輩の准尉は乃愛の顔を見るなり青ざめ、大河から引き渡されたあとは『酷すぎ、サイテー! 女の敵!』と憤慨していた。

 当然、DC隊だけでなく。女性専用の住居区画では、乃愛の被害はあっという間に知れ渡る。

 乃愛の片頬に赤黒い痣、腫れのせいで、片目が頬から押し上げられるように半目になった顔は哀れで、それが余計に女性たちの怒りを買ったようだ。


 だがそれもおかしな煽動とならないようにと、もう少し上官の女性少佐が艦長秘書室から配置された。『怒りはもっともだが、おなじ騒動にならないよう冷静になるように』と指導され、監察されることになった。


 乃愛はそれからしばらく、自分のベッドでじっとすることとなる。

 監視役の准尉ちゃんと、女子校のような生活をしばしすることに。食事も女性専用休憩室でしか許されず、DC隊の女性後輩達が必要なものをカフェテリアから運んでくれる。そんな生活をしばしすることになってしまった。


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