34.パパ気分
式典はウィラード艦長のスピーチへと移り、徐々に進行していく。
じっと整列してるが、上空には広報のヘリコプターが飛んでいる。この艦の初出港式典で、白い正装で隊員が並んだ甲板の様子を撮影、後に広報誌に掲載するのだろう。
一時間の式典が終わり、敬礼の号令。甲板に整列しているクルーが一斉に敬礼をする。
最後、式典を締めくくる音楽隊最後のファンファーレが鳴り始めると、『雷神』の戦闘機が白いスモークを引きながら、【W】ワイドの体勢で後方から頭上へと通過していった。
これにて無事に初航海初出港の式典は完了。
なにも起きなかったと胸をなで下ろしたのは、乃愛だけではなかったはずだ。
先に声に出したのは大河だった。
「なにも起きなかったな。良かった……」
「本当だね。警備強化をしたおかげだね。それに軍警も動いているらしいから、もう大胆な行動もできないのかも」
「上層部が目を光らせているからな。捕まりたくなければ、もうあんなことはおいそれできないだろうな」
艦での凶行はあれだけで、あとは上層部と軍警にお任せだと大河と頷き合う。
「よし。参列ご苦労様。DC隊は解散、着替えてシフト通りの業務に戻るように」
長門中佐の号令に乃愛たちDC隊は『ラジャー』の声を揃え、列を崩した。
警備隊もおなじ号令を、シド大佐が掛けている。警備隊は数隊配備され、部隊長はシド大佐が引き受けたようだった。
そんな凜々しいシド大佐をもうひと目、眼福とばかりに納めておこうかな~なんてちらっと見たら、ばっちりと青い瞳の視線と合ってしまった!
にやりといつものニヒルな笑みが、大佐の口元に浮かぶ。
「おお、乃愛。なかなか凜々しいじゃないか。よし、オジサンが撮影してやるぞ」
「え、あの、」
真っ先にかの有名な警備隊大佐にお声を掛けられ、また周囲の隊員たちがギョッとした顔を揃えていた。今回は警備隊じゃない、乃愛のまわりにいるDC隊員たちが、だ。
「長門、まだ電波、大丈夫だよな。俺と乃愛、撮ってくれよ」
しかも長門中佐にスマートフォンを差し出して、乃愛と並んでの撮影をしてくれとか言いだした。
「いいよ。じゃあ、俺もシド君が撮ってくれるかな。娘たちがすぐそこで妻と見送りにきてくれているんだ。安心させたいから」
「お、さすが三姉妹揃って父ちゃんの見送りに来てるのか。いいぞー。おいDC隊、そこで待ってろ。長門が部隊長として隊員に慕われて、立派な指揮官として航海にいくことを安心させる構図で撮るからな」
……なんで? シド大佐が急に『撮影会』とばかりに仕切り始めた。
だが実際に甲板では、初出港の記念にと式典の様子や、正装をしている自分や仲間をスマートフォンで撮影している姿があちこちで見られた。
出航前、まだ外部の家族との通信が『港で見送る家族限定』で許されているので、最後の通信とばかりに華々しい式典の後を送り届けることが出来る。
乃愛に見送りはない。もう何度も航海に出ている娘なので、今更なのだ。大河も同じく。最初は涙涙の見送りをしていた陽葵だったが、もう海軍船乗りの妻として肝が据わってきて、自宅で別れを済ませられるようになっている。そのかわり出航前のナーバスな時期は、夫婦愛レベルアップで過ごしているよう。そのせいで大河ももう撮影ではしゃいだりしない。
しかし今回は、乃愛と大河の目の前にシド大佐がずんずんと迫ってくる。
「よっし。透の娘と、相馬娘の夫と、俺――。撮っちゃうぞ。長門、撮ってくれ」
有無も言わさずに乃愛と大河の間に入ってきて、無理矢理、シド大佐の両脇に据えて肩を組まれた。
さすがの大河も訳がわからないとばかりにたじろいでいたし、乃愛も拒否する間もない。しかも長門中佐がにこにことした笑顔で、『はい、こっち向いて』とシド大佐のスマートフォンを構えてしまっている! 挙げ句に、大河と乃愛そろってタジタジになっている間に、長門中佐が『カシャ』とシャッターを押した音が聞こえてしまった。
「ありがと、ありがとな、長門~」
確か長門中佐のほうが年上なんだけれど、シド大佐のほうが上官。そのせいなのか、長門中佐も上官だけれど弟みたいに『シド君』と呼ぶし、シド大佐はお兄ちゃんに遠慮なく接するような姿を長門中佐には見せる。
長門中佐もそんなシド大佐のことは、慣れ親しんでいる遠慮ない年下上官として慕っているよう。喜ぶシド大佐に預かっていたスマートフォンを返した。
返してもらったスマートフォンを眺めつつ、若いDC隊員との撮影画像をアプリで確認しているシド大佐。
「お、俺と幼馴染みDCバディ。いいカンジじゃん」
そんなシド大佐を見て、長門中佐も彼の手元スマートフォンを覗いて撮影画像の出来映えを一緒に確認している。
「なんなのシド君。いつもこんな式典なんて面倒くさいとか言って、クールな怖いお顔でさっさと退散しちゃうのに」
「なんかさあ。最近、父ちゃんの気分なのよ、俺」
「……なるほどね。シド君もお父さんの心を持ってるんだね」
「俺は独身だけどさ。そういう気もち、最近、感じるのよ。臣さんはもちろんなんだけど、長門の三姉妹とか、透の娘を見ていたら。亡き相馬の娘も海軍夫の妻を立派に務めているんだろ。大事な娘たちばかりなんだなって」
スマートフォンを眺めるシド大佐と長門中佐との会話を、大河と『なんでこんな撮影になったの』と戸惑いが抜けないままただ眺めているだけに。だがその目の前で、シド大佐が『送信』と呟いた。
「あれ、シド君。だれか見送りに来てる? 乗員がいまここから通信をしていいのは、港に見送り許可手続きを済ませている家族知人限定だっただろ」
「心優が来てる。ココが旧島から母親の単身赴任先自宅まで泊まりに来て、一緒に見送ると言ってくれていたんだ」
「なるほど~。それでちょっとパパ気分になってるのか。若い隊員と仲良くしていますよーと、園田さんに送りたかったわけか」
「違う違う。心優に送っておけば、透にも届くだろう。いま送信した時に、そう伝えておいた。透にも送信しておいてくれと――」
そこでシド大佐がウィンクをした顔を、どや顔の如く乃愛へと向けてきた。
「これで父ちゃんに、凜々しい娘の姿が届くだろー。俺もパパの気持ち、わかってんだからなって」
俺もパパの気持ちって……。
待って、園田中佐から父へ繋がるってどういうこと!?
乃愛は、知らぬ親世代の構図に驚きを隠せなかった。なので思わずシド大佐へと食ってかかってしまう。
「ちょっと待ってください。それって、父と城戸中佐がなにかしらで繋がっているってことですよね」
「透と城戸心優が繋がっていないとしても、あの心優ならなんなく連絡先にコンタクトできちゃうんだよ。あいつの『誰かと繋がるツテ』すげえんだからな」
「だとしても。そんなお手間を城戸中佐にお願いしちゃうなんて……。父がびっくりするじゃないですかー」
「びっくりなんかしねえよ。俺から届いたと聞けば、驚きもしないだろう。もともと親しくしていたんだから」
シド大佐と父親が繋がっていることはわかっていた乃愛だが、ほんとうにどこまで親しかったのか、どんどん予測の範囲を超えてきて驚くばかりだった。
「俺と城戸心優は相棒みたいな関係だからさ。それも透はよく知ってんの。心優からコンタクトあっても透は驚かねえよ。『あ、シドが心優さんに頼んだのか』ぐらいのこと。それに、俺が娘のそばにいるから安心しろよっていう、俺からの『余計なお世話』――」
急に真顔でそこまで言い募るシド大佐を見て、またそばにいた長門中佐が口元を拳で押さえつつ、笑いをこぼしている。
「シド君、ほんとうに『パパ気分』になっているんだねえ。剣崎先輩も安心しているだろう。剣崎、大佐のご厚意に甘えておきなさい」
父の後輩である長門中佐にそこまで言われると、乃愛もあたふた暴れる心を抑え込むしかなかった。
「あの、お気遣い、ありがとうございます。大佐」
「いや~。思った以上に乃愛が立派な白正装だったもんでさあ。透も優乃香も見たいだろうなあって」
さらっと口にしているが、シド大佐、母のことまで親しげに名前呼びしていることも乃愛は聞き逃さなかった。
父親が『シドが艦に乗るなら、困った時はシドの言うことをよく聞け』と伝えてくれたこと、よほどの信頼を置いている男性なんだと乃愛は実感しはじめていた。
そんなパパ気分のシド大佐が、いつのまにかスマートフォンを構えて、今度は長門中佐の周りにDC隊員に集合するよう先導し始めていた。
長門DC部隊長がDC隊員に慕われている一枚を撮影しようとしている。
「ほら、乃愛も入れ」
「ラジャーです」
すっかり撮影オジサンと化したシド大佐に動かされ、乃愛も長門中佐を囲む輪に入った。
白い正装でお揃いのDC隊員たち。真ん中に『渋いお父さん』長門中佐を囲んで、笑顔でのショットをシド大佐が撮影してくれる。
シド大佐のおかげで、長門中佐が嬉しそうな笑顔で部下達に囲まれたショットが完成。長門中佐もにこにこ満足そうな微笑みでスマートフォンを操作して、ご家族へと送信していた。
「あ、シド君もしかして……」
指先でアプリ操作をしている長門中佐が、手元を覗いているシド大佐になにか気がついた顔を向けている。シド大佐もなんだよと首を傾げた。
「自分のお父さんのことも思い出してる? 立派なお父さんだもんな」
「……そ、そうだな」
「どちらも立派な方だと聞いているよ」
「……確かに。あの人たちみたいになれたらと常々思っているよ……」
いつもの自信に満ちているニヒルな笑みが、シド大佐から消えたことに乃愛は気がつく。
制帽のツバをつまんで、目元をさっと隠した。口元は真一文字に引き結ばれ、黙ってしまったのだ。
その変化に長門中佐も気がついたようで、顔色を変えていた。
そして乃愛も。『シド大佐のお父様とは、フロリダのお偉いさんだった大将のこと?』とすぐにそう思いつくのだが、『どちらも立派』と聞いて、もしかして父親がふたりいる? と気がついてしまう。
「ご、ごめん。シド君――」
「いや、父親としてのランクが高すぎて真似できねえと思っただけ。もちろん、長門や透のことも父親としての姿を目の前で見せてくれて、いつも『父親とは』と知って尊敬しているよ」
でもシド大佐は影ある面差しのまま、ふいっと、あからさまにDC隊の輪から抜け、背を向け去って行ってしまった。
目の前で見せられたやりとりに、乃愛と大河は狼狽えるだけ。だが長門中佐はため息をついて呟いた。
「彼はね。明るく自信に溢れた完璧な男に見えるし、事実、鍛え抜いた強靱な精神と肉体を持ち合わせた立派な大佐だ。でも時として、すごく敏感に感じ取ることがあって、人一倍デリケートなんだよね。昨日は平気でも、今日はダメ。それがいまの彼……。そっとしておこう」
だから最近、妙に親しく絡んでくる乃愛にも、いまは声をかけるなと釘を刺される。
「その敏感なところが、警備で貢献しているところでもあるんだ。人が感じ取らないことを感じ取って、事なきを得たことも多々ある。今日は妙にパパ気分だとはしゃいでいたけど、本当は自分の中の父親が、とても大きい存在で居座ってるからなんだろうね」
そんなシド大佐がひとりきりで歩き去って行く姿を、乃愛と大河は見送る。
あとで長門中佐からさらに教えられたのだが、フロリダで大将を務めたロイ=フランク氏は養父であって実父ではないとのこと。『ロイ大将も退官されたしね。剣崎と杉谷の世代になると、シド君が大将の養子だったという話は知らなくていいことになっているんだな』と、それはそれでシド君も気負わなくていいだろうけれどと、複雑そうな笑みを浮かべていたのだった。
彼も高官のお坊ちゃまと思っていたけれど、そうではなかったらしい。
白い正装の眩しい男ぶりだったが、ひとりきりになったシド大佐の背中の『白』は、誰も踏み入れられない隙間にある孤高の色のようだと錯覚してしまった乃愛だった。
でも。乃愛が気にしてしばらく目で追っていると、スマートフォンでビデオ通話を始めていた。楽しそうな会話をキャットウォーク沿いでしている。
スマートフォンの画面には、黒髪の少女が手を振っている姿が見える。
シド大佐の顔に明るさが戻り、もう目元を緩めて優しそうな笑顔。そして、スマートフォンの画面にも手を振り、キャットウォークの向こうに見える、港に集まる家族集団へ向けても、手を振っていた。
どうやら、城戸心優中佐と、お嬢様の心美ちゃんを見つけて、行ってきます、いってらっしゃいのやり取りが出来たようだった。
そこで乃愛はやっと気がつく。
孤高な人だから、相棒と呼べる女性のお子様を、ご自分の娘同様に思えるのではないのか。
親しくしている男たちの娘のことも、彼にとって他人事ではないのは、その心があるからではないのか。
乃愛の心に、切なくて、でも、熱い想いが込み上げてくる。
父が親しくしている大人の男性は、そんな人――。
シド=フランク大佐という男を、乃愛はこれからもっと知っていくことになるのだろう。その時、また、乃愛が知らない父も知ることになるのだろうか?
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