33.船乗りに戻る日
御園家訪問の翌日夕に、乃愛は乗艦。艦内海上生活で業務に戻った。
乗艦しているDC部隊にて出航前のブリーフィングが行われた。初出航式典で正装制服で参列する隊員名が知らされる。
そこに乃愛とバディの大河の名前があった。だいたい予測済み。乗組員は男性大多数で女性の割合が少ない。フライトデッキにて行われる式典で整列する隊員の男女差の比率をなるべく小さくするには、女性乗員のほとんどが参加するとバランスが取れるようになるからだ。
前もって長門部隊長から『剣崎は決定、制服を揃えておくように』と打診されていたので準備済みだった。
式典なんてめんどくさいなー。きっちり正装も気を遣うもんなー。私もざっくりした作業服で業務にあたっていたほうが気が楽だなと思ったりしていた。
DC隊は、小隊ごとに詰める場所が異なる。万が一に備え、艦内にまんべんなく配置される。どこかで火災が起きても、浸水が起きても、すぐに駆けつけられるために、艦内分散されるのだ。だが居住区は女子区画になるので、バディの大河とは離れてしまう。
それでもDC隊にも女子が十数名いて、少尉である乃愛が女子達を取り仕切る立場にもあって、あれこれ気を遣うのにも忙しくなる。
そんなDC隊女子隊員たちは、皆、白い正装をして式典に出ることになっていた。
彼女たちとベッドの位置を決める。上官は上を選ぶとかいうが、乃愛はすぐに行動が取れるように下のベッドを選ぶことが多い。そこで女子トークをすることもよくあるのだが、今回の式典について、DC隊女子たちは『フライトデッキでまたなにかが起きないか』と怯えているところがある。また犯人に通ずるものが紛れ込んでいて、式典をめちゃくちゃにされないか。爆破など起きたら、正装をしている状態でDC隊員としてどう対処すればいいのかという戸惑いを、乃愛に吐露する若い女の子もいた。
その様子も感じ取り、乃愛はバディ上官である大河に報告。大河から小隊長の宇品大尉へ、宇品大尉から部隊長の長門中佐へと周知される。女子に限らず、式典に参列することになっている隊員たちには長門部隊長から改めて指示が出る。『警備を万全に建て直したので安心をするように。式典の最中に火災などが発生した場合は、シフトに入っているDC隊が中心で駆けつける。ただ、できうるかぎりの初期対処は臨機応変に行動に移して欲しい』と、参列する隊員へと告げられた。
出航日まで艦内は初航海へ出るこの艦のための準備で、どこの部隊も忙しく騒々しかった。
そして当日を迎える。スケジュールをよくよく確認をして、同室の後輩たちと白い正装に着替える。居住区を出てDC隊本部にて男性隊員たちと合流をする。
長門部隊長が控えている本部室前にて、DC隊男性隊員たちが白い正装で賑やかに談話をしていた。乃愛たちDC女性隊員が到着したことでさらに賑やかになる。
そんな男性隊員たちの中から、乃愛を見つけた大河が輪から抜けてそばにやってくる。
日に焼けた浅黒い肌に白い制服が眩しくて、幼馴染みながらも乃愛は見惚れてしまう。小学生時代の彼を思い出すと、ほんと色気ある男に仕上がったなという、幼馴染みとしての感嘆と自慢したくなる優越感で溢れる。もちろんそこに、女としての思慕などはない。ほんとうに幼馴染みとしての尊さだった。
だが、乃愛の後ろに続いているDC隊女性後輩たちが、白い制服姿の大河を見て『かっこいい……』と浮き足立っていた。
しかし残念。彼女たちがどんなに目をハート型に揃えても、大河はもう既婚者、陽葵のものなのだ。それもわかっているから、彼女たちも素敵とため息を漏らすだけで終わらせている。
「男前じゃーん。ひさびさの白制服だね。陽葵に見せたいよ」
「出航前に着て見せろと言われて、もう一緒に撮影もした」
「さすが、愛妻家。大河も愛妻家同盟に入れるね」
「愛妻家同盟――?」
大河が誰と誰が集まるんだと一瞬考えるように目線を泳がせたが、すぐに笑い出した。
「そういえば、上官さんたちはなんだかんだ言って、皆さん愛妻家だったな」
「だよね! クインさんだけじゃなかったよね」
「愛娘同盟も出来そうだぞ」
「あはは、独身だけど愛娘同盟に入れそうな人もいるいる」
「会長はその人でいいだろ。すげえ愛を叫んでいたもんな」
娘LOVEを声高に叫んでいたシド大佐のことを思い出し、乃愛と大河はさらに笑い合う。
そんなDC隊本部室前にて、男性隊員と女性隊員が集合した喧噪が伝わったのか、部隊長室から長門中佐が出てきた。こちらも真っ白な正装に整えた『渋いお父さん』の雰囲気に整っていた。
「よし。DC隊から参列の者たちは集まったか? 宇品、点呼を頼む」
「ラジャー」
宇品大尉もまとめ役で指名されたとのことで、おなじく白い制服姿でそこにいた。
男性隊員と女性隊員で二列に整列するように言われる。乃愛と大河はバディとして先頭に並ばされた。
点呼が終わり、列を乱さずにそのままフライトデッキへと向かう。
戦闘機や他の航空機が並べられている甲板には、セレモニーの会場セットアップが完了していた。
来賓の椅子が並べられていて、そこには白い制服姿の高官に、招かれたスーツ姿の一般民間人も座って待機している。
乃愛たちDC隊は長門部隊長を先頭に、警備隊の隣へと整列。
式典に参列するクルー隊列の先頭には、艦長に就任したウィラード艦長が起立して待ち構えている。
クルー隊列の後方には、今日は海軍音楽隊が控えていた。
何百人とクルーが整列したそこは、すでに厳かな空気で固められている。規律正しい軍人の姿勢を揃え無言で整列しているが、晴天のこの日、フライトデッキには眩しい白が反射している。
ここから一時間ほど、参列しているクルーたちはじっと動かずになる。
すべてが整った時、隊列には静かな潮風と波の音だけがクルーたちの間にあるだけ。
DC隊の先頭に大河と並んでいるが、目の前は長門部隊長が隊長として単独で起立している。
そこで乃愛はやっと周囲を把握する。
隣の警備隊、ひとつの隊列の先頭に、シド=フランク大佐がいた。DC隊の長門中佐と間隔をあけ、おなじ隊長として単独で並んでいる。
乃愛が整列している位置から横顔が見えるのだが、真っ白な正装に金髪、制帽のひさしの影からは青い瞳が見え険しい眼差し、とても凜々しい姿に乃愛は目を瞠る。これは母親たちが騒ぐだけあると納得の男ぶりだった。
さらに黙って立っていることしか出来ない乃愛は観察ばかりしていた末に、向こうの高官と来賓が並んでいる席に、栗髪の女性をみつける。
先日会ったばかりの御園のお母様だった。こちらの白正装にも乃愛は見惚れた。やっぱり女性の将官が白い正装で固めていると華々しくて素敵。そして、彼女はあのマンションでは先輩のお母様だけれど、この軍隊ではみんなのお母さんみたいな人になるのだろう。
あのランチで軍人として話してくれたものは、『私はしっかり見ている』と思わせる頼もしいものだった。だから『お父さんのことはそっとしておいて。見守って』という言葉を受け入れることが出来た。
不穏な空気は拭い切れていない新戦艦の出港だが、きっとお母様が護ってくれるとも感じている。
さらに驚いたのは、そのお母様の隣に、スーツ姿の眼鏡の男性が寄り添っていたことだ。ロマンスグレーに眼鏡の覚えがあるお顔。御園のお父様も参列していたのだ。制服じゃないのに、あの席に招かれているということは……。それを知り、やはりお父様はまだ完全に軍隊の組織とは切れてはいないと乃愛は悟った。業務から離れたが、なにかしらの形で関わっているのだろう。
音楽隊の華々しいファンファーレが鳴り響く。開会の合図だった。
司令本部で司会に任命された隊員により進行していく。
最初に挨拶を促されたのは、この東南防衛司令本部のトップ、海野達也中将総司令だった。何度か遠くから見かけたことはあるし、広報誌には何度も登場するお方だった。白いリボンが結ばれているマイクの前に、海野総司令が現れる。直立し初出港の祝辞を述べる姿を見て、乃愛はやっと『先輩の幼馴染み、海野晃少佐』とそっくりのお父様だと知ることが出来た。
『妹に紹介したいから覚えておいて』という前情報と同等に教えてもらったのは『海野家と御園家の深い縁』だった。
葉月お母様と海野中将は若いときから肩を並べて切磋琢磨してきた仲で、途中から隼人お父様とも団結して、葉月お母様世代の組織力を固めてきたとのことだった。
同時に、旧島時代では、両家はおなじ住宅地に隣あって家を建て、互いに留守が多い仕事だからこそ、両家で子育てを揃って協力しあってきたとのこと。
いつからか、葉月お母様が上官だったのに、フロリダで修行を積んできた海野のお父様が先に出世を遂げ、一足先に新島に新設された司令本部へと異動、移住したとのこと。海野総司令の奥様は、元は葉月お母様が仕切っていた部隊にいた事務官だったとかで、結婚を機に退職。家庭に入り、両家の主婦として立ち回ってくれたんだと、海人先輩から教えられた。
『だから。晃はひとつ上の兄貴で、子供のときは兄弟同然だった。達也おじさんは親戚の伯父そのもの、奥さんの泉美さんは葉月母が留守の時の母親代わりをしてくれたから、もうひとりのママなんだ。忙しい母に代わって、誕生日会の手料理を作ってくれたのは泉美ママだった。俺の誕生日の母の味――になる人なんだ。そのうちに紹介するよ』
いままでは畏れ多い存在だった海野総司令も、海人先輩にとっては『親しい伯父様』で、総司令夫人の奥様は、先輩のもうひとりの『母』なのだ。はっきりと聞き取りやすいスピーチをしている海野総司令の声を聞きながら、乃愛はそんなことを思い巡っていた。
帰港したら、どうなるのだろう。
それまで遠い存在だった御園一派の人々と会う約束が待っている。
あの方たちの中へと入っていく自分は、どうなるのだろう。まるで夢のような御園家訪問だった。いまもあれはあの日だけの特別な体験だっただけで、もう二度と来ないようにも思えている。
それほどに、あの特別な場所を去ってから、夢から覚めたように現実味がない記憶になっているのだ。
でも宿題がある……。
先輩にはまた必ず会えるけれど、今度は少佐と少尉としての『言いつけ』を実施するだけのことだからと、やっぱり御園家での体験が二度と起こるとは思えない。それほどに乃愛はもう『乗組員思考』で気もちが切り替わっている。
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