1.幼馴染みバディ

 少し前に、新しい空母艦が進水式を終えて小笠原海軍基地の港に仲間入りした。

 その新しい空母艦のお披露目式がもうじきだった。

 任命された艦長は、輝かしいファイターパイロットの経歴を持つ『スナイダー=ウィラード准将』。


 防衛パイロットとして最高のフライトチームと言われた『雷神』に所属し飛行隊長を務め、操縦者引退後は最強パイロット集団と言われるアグレッサー飛行隊『サラマンダー』の指揮官、部隊長も勤めあげた。そして次なる准将の使命は、新型空母艦の艦長。

 新しい乗員クルーの任命も終え、試験運用を兼ねた航海も実施される予定だった。


 その出航と式典を目の前にして、各関係者へと『お披露目』をする。

 とくに主だった飛行部隊のリーダーたちは、公開前の事前見学ができることになっていた。


「乃愛、装備の確認をするぞ」

「ラジャー、大河たいが


 艦内巡回にあたる。今日の乃愛は黒いダイバースーツにライフジャケット、ハーネスなどの装備をまとって安全警備にあたる。警戒の警備ではなく、艦内の安全・防火を確認する警備だ。


 バディの彼は少し先輩にあたる『杉谷大河すぎたに・たいが』中尉。上官で先輩、そして……『幼馴染み』だ。

 なのでつい。ふたりだけの時には階級呼びでもなく、慣れ親しんだファーストネームで呼び合ってしまう。


 本来なら大河のことは『中尉』と呼び、大河は乃愛のことは『剣崎』か『少尉』のはずなのだ。

 部隊内でも『幼馴染みバディ』としてけっこう知られている。

 共に父親は海軍隊員でその息子に娘、二世隊員だった。

 幼馴染みなのは、子供時代におなじ官舎に住み育ったから。

 おなじように海軍に入隊をして、おなじようにDC部隊、ダメージコントロール部隊を目指した。

 憧れた男が目の前にふたりもいたからだ。


「コンパスOK、ハーネスOK」

「タイムウォッチOK、深水計OK……」


 装備チェックを終え、いざ巡回へと向かう。


「俺たちはフライトデッキから階下へ巡回する」

「ラジャー、中尉」


 そこは上官として乃愛は大河に敬礼をする。


 いつもより艦内はざわついている。

 今日は軍内関係者のために『式典前の事前見学』が設けられている日だった。


「今日は小笠原基地の飛行隊が見学に来るんだってさ。教育隊のアグレスのサラマンダー飛行隊、あと機動追跡飛行隊のジェイブルーもだったかな。飛行隊長が主だったパイロットを引き連れてくるんだと。新艦長が現役時代に雷神パイロット、操縦引退後はサラマンダーの部隊長を歴任していただろ。顔見知りばっかりくるらしくて、はりきってるらしいぞ」

「そっかー。昔馴染みの空部隊仲間がやってくるってことね」

「だから。フライトデッキに今日は人が集まるってこと。そんで、新艦長から親しい隊員たちを迎えるから落ち度がないようにと、クルーたちもちょっとピリッとしてんだってさ」


 DC隊の艦内部隊室から出た乃愛と大河は、『お出迎え準備』に駆け回るクルーたちの喧噪をくぐり抜けるようにして、艦内から外通路へと出た。潮風があたるその場所から、鉄階段を使って船体上部のフライトデッキへと向かう。


「親父さん、最近、どうなんだよ」

「べつに。かわらないよ。ぼさっとした生活をして、たまに漁の手伝いで日銭稼いで、海辺でぼうっと釣りをしている」

「そっか……。でもさ、漁に出る元気は出てきたってことだよな」

「そうだけどさ……。いや、もう、お母さんがなにも言わないなら、それでいいよ」


 軍人を辞めてからの父はそんな生活をしている。

 あんなに凜々しくて頼もしいダメコン隊員だったのに――。

 事故後、バディを失ってからの父は腑抜けた日々を送っている。


陽葵ひまりもさ。いつまでも剣崎パパが落ち込んでいたら、天国のパパが心配していると定期的にあいつまで落ち込んじゃうんだよな」


 彼女が落ち込んでいること、そして『パパたち』の話題が出てきて乃愛は黙り込む。

 返答がない相棒の様子に大河も気がつき我に返っている。


「えっと、ごめんな。心配しているんだよ。陽葵が買い物にでかけたら、釣り竿を背負って海岸線を自転車で走る剣崎パパさんを見かけたらしくて。ひげぼうぼうになって部屋に閉じこもっているより全然いいんだけどさ。ほんとうなら、俺たちDC部隊の大隊長になっていてもおかしくない人なんだぜ。おまえの父ちゃん。そして生きていたら、そのそばには絶対に陽葵のパパさんもいてさ」


 さらに乃愛は口をつぐんだ。密かに奥の歯も食いしばっている。

 感情的になって上官で先輩でバディで、幼馴染みでもある彼を傷つけるような言葉を吐かないようにだ。さらには、彼の妻であって、同様に乃愛と大河の『もうひとりの幼馴染み』である陽葵の思いを無下にしないため。


 でもその腑抜けた父親をそばで感じている娘としては、その心配が有り難ければ有り難いほどに情けなくなってくるのだ。

 だが……。もし自分が父とおなじ境遇に陥ったら? 航行中に事故に遭遇し艦が沈まないようにダメージコントロールを実施する。その時にもし、この隣にいる相棒・大河を死なせてしまったら? 幼馴染みの陽葵は父親だけでなく夫までも殉職で失うことにもなる。乃愛だけが生き残って、帰還するなんて……。父の境遇を自分のものとして想像しただけで、乃愛も死にたくなる。きっと『心が死ぬ』。

 いまの父がそんな状態なのだ。


 父が失ったバディ、父の最高の相棒と言われた男性『相馬パパ』は、幼馴染み『陽葵』の父親だった。

 父親同士が最高の相棒同士。DC隊で最高のバディともて囃されていた。そして娘同士は大親友の幼馴染みに。

 岩国基地の日本人官舎に住んでいた時から、父と相馬パパは仲が良かった。私生活でも相棒だった。


 岩国の日本人官舎では、岩国基地に勤務する隊員の家族が集まっていた。

 そこでおなじ小学校に通って、バカみたいに駆け回って遊んだ幼馴染み。乃愛と陽葵と大河。父親の転属で住む場所が変わり転校、一時は離れても、小笠原総合基地でまた三人一緒になった。そこからは、インターナショナルスクール通いになって、三人一緒にジュニアハイスクールとハイスクールと小笠原で学生生活を過ごしてきた。

 乃愛と大河は実務隊員を目指し、陽葵は事務官を目指した。

 やがて大河と陽葵は結婚をした。こちらも『幼馴染み夫妻』として有名だった。


 目の前で最高のバディを見てきた幼馴染み同士。

 だが数年前、乃愛の父は生き残り、陽葵の父親は殉職。それも子供として見届けてきた。

 その後、乃愛の父、剣崎透けんざき・とおるは海軍から退き、一般民間人として新島に住み続けている。


 代わりにいま、娘の乃愛がダメージコントロール部隊にて勤めている。


 幼馴染みの陽葵も『どちらが殉職してもおかしくなかったのだから、とおるおじさんのせいじゃない』と言うが、父は自分を許せないままの日々を過ごしている。

 陽葵はそんな父を見かけるたびに、辛くなるのだそうだ。

 今日も夫の大河は妻のそんな姿を憂い、ふと乃愛の前で呟いてしまったようだが、乃愛も乃愛で娘として暗澹となる思いがある。


 今日も小笠原の海は青く煌めいていて、潮風は少し強く、鉄階段を上階へとのぼる幼馴染みバディにも吹き付ける。

 気まずい話題に互いに沈黙したまま、やがて甲板レベル上階のフライトデッキへと到着する。


 新空母艦には高官を乗せてきたプロペラ輸送機に、配備されている戦闘機が並んでいた。ヘリコプターも数機、今日は駐機している。


 遠くにはフライトスーツを着込んで見学をしているパイロットの集団が見える。

 フライトスーツの色でだいたいどこの飛行隊が来ているか判る。


 大河も遠くにいるパイロットたちへと視線を馳せている。


「濃紺のフライトスーツのサラマンダーと、青色スーツのジェイブルー追跡隊、来ているな」

「旧本拠地だった小笠原島の部隊だね。あちらに残っている飛行隊が一緒に来てるのかな」

「おー、いるいる。美しすぎるアグレッサーと、司令殿のご子息が。あのふたり目立つよなあ」


 乃愛も遠目に『目立つ』と言われているパイロットへと視線を向ける。

 ダークブロンドの渋いオジサマに、栗毛の見慣れた男性――。

 オジサマは『美しすぎるパイロット』として名を馳せているエースパイロット。戸塚エミリオ中佐だ。

 栗毛の若い男性は、小笠原の日本人官舎で十代を過ごした乃愛にとっては、おなじインターナショナルスクールに通っていた先輩。御園海人少佐。

『見慣れている』と言っても、あちらは乃愛とは面識はない。ただ彼は、母親も父親も海軍高官である軍人一家の子息のため、乃愛でなくとも誰もが知っている御曹司。


 御園海人少佐は乃愛の三つ年上で、スクールの先輩だった。


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