ハーベル編 その2

004


ハーベルに課せられたチュウボウの任務は、食材をさばくこと。人を包丁で殺していることもあり、包丁の扱いにはたけている。

「ハーベル、味の缶味噌焼き入ったぞ。」

コック長から、オーダーが飛んでくる。厨房からカウンターは見えなくなっており、カウンターから、厨房が見えることもない。つまり、お客さんもこちらを見たことが無いし、ハーベル達もお客さんを見たことが無いのだ。そして、コック長はどうやら、お客さんから、オーダーを聞いているらしい。

つまり、コック長は殺人犯ではないという事なのだろう。ハーベル達容疑者が、接客をするようなものなら、直ぐに通報されるだろう。

だから、ハーベル達は、チュウボウでせっせと働いているのだ。


ハーベルはまず、味の缶味噌を作るために、味という鳥を包丁でさばき始める。

アレックスは,味を焼くために、フライパンに油を注ぎ始める。

皆が皆、味の缶味噌を作り始める中、詐欺師はケータイをいじり始める。ケータイと言ってもかなり大きいサイズだ。


「おい、マネー・バーカー、、頼むから仕事してくれ。」

そんな詐欺師に、コック長は若干焦ったふうに喋りかける。

「コック長さん、黙ってください。新しい金を釣れそうなんです。」

「今は、それどころじゃないだろ。」

「今は、それどころなんです。」

コック長と、詐欺師の謎の言い争いが始まる。

このチュウボウは、いつもこんな感じだ。誰かが誰かを喧嘩に発展させる。

「じゃあ、牢屋行きだな。」

コック長は、自分が持てる切り札級の言葉を、詐欺師に投げかける。しかし、驚いたことに詐欺師は、声色一つ変えずに、立ち上がった。

「じゃあ、牢屋行ってきますよ。」

詐欺師はそう言うと、裏口から出ていってしまった。


「まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい」

コック長は頭を抱えながら、呪文を唱える。 

「ハーベル、今すぐ変わり連れて来い!!」

「はっ!?、何で、しかも、、俺!?」

ハーベルは、急なご指名に驚きを隠せない。

他の皆はコック長と、ハーベルを眺めながら、沈黙をつらぬいている。

「皆、俺に丸投げってことかよ。」

ハーベルは、いらだちを隠せない。今ここで皆を殺したいぐらいだ。

今なら、殺せるかもしれない。この包丁で、相手の頸動脈を切れば、、、

「ハーベル!!!! 行ってこい。」


「・・・・はい。」

ハーベルも諦めて裏口から出ていく。

裏口から出ていった後、暴力犯が開口一番に、口を開ける。

「おい、コック。人二人減ったらまずいんじゃないんか。」


「人が一人減ったほうがまずい。」

「何で、?」

暴力犯が首をかしげる。

「6人いないと駄目なんだ。」

「何で、、ですか?」

放火魔も首をかしげる。

「あとなんでハーベルなんですか?」

テロリストも口を出し始める。

「何でハーベルちゃんなーん???」

窃盗犯も口を出す。

「黙れれれれれえええあえあかけえかええええあ!!!!!!!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

コック長の怒鳴りで、静寂に包まれる。 

「お前ら、仕事しろ。死にたくなかったならな。」


005


白くて、大理石で出来ている町並みを一人の殺人鬼が走っていた。旗から見たら、脱走者。

周りの人達がヒソヒソとなにかを話している。

口に手を当て、わざとらしく話す者。

距離を置くもの。尻餅をつくものもいた。

だが、男はお構いなしに、一人のコックを見つけることに必死だ。

詐欺師はどこだよ。

男は知っていた。どうせ、コックなんてすぐに見つからない事を。それなら、詐欺師を引き戻したほうが早い。それに、ハーベルの顔は、世間にバレているため、そちらのほうがリスクが高い事を。

男は、大理石の壁を左に曲がりながら、妙に詐欺師の匂いがすることに気づく。

こちらの方に詐欺師がいるかもしれない。

男はそんな、説得力のない期待を胸にしながら、次の壁を今度は右に曲がる。


今度は左、今度は右、妙だ。妙だ。血の匂いがする。


男は、人通りの少ない細道で足を止めた。

ここが一番、血の匂いが強いことに気付いたからだ。

ハーベルは、自分が誘導されている事に気付く前に、頭上から聞き覚えのある声が響いてきた。

紫のジャケット、パーマをかけた緑色の髪。

目にカラコンを入れているのか、両目は青色に輝いている。そして、ハーベルは、詐欺師の腕に血が流れていることに気付く。

「それ、お前、自分でやったのか。」


「そだよ、自分でやった。」

詐欺師は、ハーベルを見下ろしながら、自慢気に話してくる。

ハーベルは、それにいらだったのか、いらだちを込めたかのように、見上げる事をせずにそっぽを向く。

「降りてこいよ、」


「うん、わかったよ。」

詐欺師は、そう話しながら、足元に着地してくる。

スマートな体格で、詐欺師なこの男は、少し不気味だ。

ハーベルは、自分のことを棚に上げ、詐欺師を分析し始める。

「そんなにジロジロ見て、どうしたんだ。」

「どうもこうもねぇ、はよ帰ってこい。」

ハーベルは、詐欺師をみる。

「コック長は、お前がいないとだめらしいんだ。だから、帰ってこい。」

「何度も言わなくていい、帰ってこないから。」


「そんなに嫌なのかよ。」ハーベルと意見が食い違う詐欺師。「ああ、嫌だね。」詐欺師は、そう返す。

「ハーベルは、俺を連れ戻したいの?」

「ああ、」

「・・・・じゃあ、なんであんな顔してたの?」


何のことだ。俺は、詐欺師を連れ戻したいだけだ、

ハーベルは、心の奥の感情を踏み潰しながら、感情に何度も訴えかける。

そんなハーベルを見越したかのように、詐欺師は、喋り続ける。

「あのときの顔、完全にここから出たいって顔してたよ。」

「何のことだ。」


「とぼけたって無駄だよ。ハーベルくん。自分の心に素直になりなよ。君もあのろうやから脱走したいんだろ。」

目を見開く。詐欺師はどこまで知っているのだろうか。あのときの心情がばれているというのか。

「いやいや、ハーベル。あれはみんな気づいてたよ。君が気づいてないだけで。」

「俺は、何も言って、、、、」

「分かるよ、だって俺詐欺師だもん。詐欺師は、人の心理を利用して、お金をもらう仕事だよ。ハーベルの心情が、わからないわけ無いじゃん。」


ハーベルは、気付く。詐欺師は、俺より格上だ。だったら、邪魔者は排除するだけだ。

ハーベルは、ポケットに仕込んでいるナイフに手を掛ける。

「待てよ、詐欺師。」

「何だ。」

「お前にいい話があるんだ。とびっきりのな」


006



「まず、大前提として、俺はこの街から離れる。」

「はっ?」

詐欺師は、何を言っているんだ。

「そして、君もこの街から離れる。」

「どうやって?」

「飛行機だよ。」

「いや無理だろ、顔がバレている。」

「覆面すればいける。」

「はぁ!?」

詐欺師とは話が噛み合わない。

「まず、飛行機に乗るためには、多額のかねがいるだろ。その為にある人物を騙してほしいんだ。騙した金は全て、君がもらっていい。」

「待て、待て、俺は元殺人鬼だぞ。詐欺師じゃない。」

「君の持ち味である、包丁をおどしに使うんだ。簡単だろ?」

「簡単なのか?、」

「ああ、簡単さ。こんな楽な仕事はない。」

詐欺師は、騙す人物の写真を提示して来る。そこに写っていたのは、一人の少女。

どう考えても、お金を持っているとは思えない。 

ハーベルは、口を開ける。

「いや、待て。騙すと言ったって親の方を騙すんじゃないのか。」

「ふっ、、、」詐欺師は嘲笑うかのように、こちらを見る。「あいにく、一週間、親は帰ってきていない。しかも、金は、この少女の住んでいる家の中にある。どうだ、かんたんにお金を貰えそうだろう。」


正直、リスクは高い。この詐欺師が約束を守って、お金を全額もらえる可能性はゼロに近い。

こいつは、詐欺師。こんな時でも、俺を騙してくるだろう。それに、飛行機に乗ると言ったってリスクが高すぎる。肝心のパスポートもない。

「パスポートならここにあるよ」

驚きを隠せない。ハーベルの為に、パスポートを用意したというのだろうか。

「何故、パスポートを、?」

「君にここから脱出してほしいからだよ。」

「本当にそう思ってるのか?」   

「ああ、本当だよ。君は、あの料理店を牢獄だと思ってるんだろう。俺も同じさ。思いが一致している。そんな俺が、何故パスポートを用意するのか、答えは一つじゃないか。」


____君と思いが通じてるんだよ。


・・・・・・・・・気持ち悪い。


「冗談だよ。冗談。」

冗談だと、、、? 冗談じゃない。冗談を言っていいのは、日本人だけだ。

そんな思いをするハーベルを、見据えたかのように、詐欺師は喋る。

「飛行機があれば、日本にだって行けるよ。ハーベルくん。」

・・・・ハーベルは、目を見開く。

「日本!?日本に行けるのか!?あの大勢の日本人が住んでいる日本に行けるのか!?」

「ああ、行けるさ。」

「じゃあ、やる。今すぐやる。早く場所を教えろ。」ハーベルは、先程とは打って変わり、かなりテンションが高い。

それほどに、日本を愛してるという事なのだろう。

殺してしまうぐらいに。


詐欺師は毎日、ハーベルを観察しながら、個人情報をあぶりだしていた。

ハーベルから日本が好きと教えてもらったことがない。

では何故、詐欺師はハーベルの好きなものがわかったのか。

「それはケータイさ。」

ハーベルと別れたあと、詐欺師はそう呟く。

「ハーベルのケータイのパスワードが(JAPAN)だったんだよね。」

詐欺師は、ほくそ笑む。あんなに長い間、ハーベルのパスワードを解析していた結果が出てきた。

そして、ついに努力が報われたのだ。

毎日、毎日、あの6人の事を観察していた詐欺師は、一番、詐欺師と思いが似ているハーベルに、狙いをつけた。

だけどハーベルは、仕事中、ケータイを覗こうとしない。見ようとしなかった。そこでだ。

詐欺師は、ケータイを、ハーベルと同じ物に取り替えた。カバーも同じだ。

そこでケータイをすり替えた。それからは、パスワード当てだ。かなり、苦労した。何十通りという、数を当てるんだから。

仕事が終わってからも、何度も何度もパスワード当てだ。そこで見つけたんだ。ハーベルのパスワードを。




ハーベルは夜道を帰りながら、久しぶりにケータイを開く。

「充電切れか」

充電が切れているケータイをしまいながら、ハーベルは、ある思いにふけっていた。

「日本に行けるのか、俺。」

ハーベルは、好奇心と期待を胸に膨らませながら、闇の中に歩みをすすめていた。

これから起きる惨劇を知らずに。

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