シトロンタルト 2


話をしている間、タルトに並ぶ人の列はかなり短くなっていた。

売り子をしているのは、この教会の修道士と、天使の羽根を付けた可愛い子供たちだ。

良い香りが鼻をくすぐり続けている。


そういえば、生誕祭の後にヘンリーと会う約束をしていた。彼に会うと、まだくすぐったいような気恥ずかしい気持ちになる。

彼の分もお菓子を買って帰ろう……。

そんなことを考えていると、売り場の中から大きな声が聞こえてきた。


「みなさーん! 本日はタルトの他にシトロンケーキもございますよー」


ちょっと待って、あの透き通った声……まさか⁉


列から首を伸ばして売り場を見ると、真っ白なエプロンを付けながら一人の修道士と交代するシャルが見えた。


うわぁ……なんでよーまさかこの売り場に来るなんて。

ヒロインと悪役令嬢という役割のせいで、必ず接触するようになってるの?

今からこの列を離れる? いえ、ロッティが毎年楽しみにしていると言ってたからどうしても買いたい! 

だからと言って、列からロッティだけを離しても、植物園の時みたいに勝手にジークフリード王子が絡んでくるかもしれない、くそぅぅ。


奥歯をギリギリしながら悩んでいると、ロッティが何かに気づいたように売り場を見た。

そして、小さなため息をついた。


「エミリー大丈夫よ、あの馬……ジークフリードはここにはいない。もちろん彼女のことを何も思ってないのは知ってるでしょ。だから全然平気よ」

「うん、それはわかってる。でもいつあいつがいつ来るかわからないから、わたしがまとめて買うっ! ロッティはわたしの後ろに居て、絶対に喋らなくていいから、ね!」

「大袈裟よー大丈夫でしょ」

「駄目よ、植物園を思い出して! ね、わたしが買うから! 何個にする? 二個、三個? ケーキはどうする?」

「んもう、エミリーったら、過保護すぎ」


ロッティは眉を下げ、困ったような表情で笑っている。

ナイトには役不足だけど、ロッティを守る為ならわたしは過保護にだって盾にだってなるつもりだ。


「お願いロッティ、わたしに任せて!」

「わかったわエミリー、いつもありがと。今日はおとなしく後ろにいるわね」


そう言って、ロッティは紺色のドレスを裾をひらりと揺らし「あ、タルトは二個よ。んーケーキも二個!」と、まるでピースサインのように二本ずつ立てた指をわたしに見せた。

そのまま、いたずらをする子供のように笑いながら、わたしの後ろにぴたりとくっついた。

あー何をやっても可愛いんだから……よし、とりあえずこれで何とか乗り切ろう。


タルトの列は、もうあと数人になっていた。

先頭に並んでいた夫人がタルトの箱を持ち、列からいなくなる。

続けて、目の前の男女も袋を持って列を離れ、とうとう自分の順番がやってきた。


一歩進むと、正面に笑顔のシャルが立っていた。

わたしの顔を見て、一瞬言葉に詰まったシャルはゆっくりと頭を下げた。


「こんにち……は」

「こんにちはシャル。えっと、シトロンタルトとシトロンケーキを二つずつ、それは同じ袋へお願い、あとシトロンタルトを二つ、これは違う袋にしてもらえるかしら?」

「はい、少々お待ちくださいませ」


注文を聞いて、シャルはすぐにタルトを箱に入れ始めた。

手を動かしながらも、目線はわたしの後ろを気にしているのがわかる。

この数十秒がとても長く感じる。

そう思っていると、ロッティが背中をトントンと指でつついてきた。


「ねえエミリー。私は別に怒ってないよって、その子に伝えて!」


確かにロッティの言うとおりだ。

この状況だと『口もききたくない!』という態度に思われるかもしれない。

ロッティは全然怒ってなんかいない、でも、シャルにはそれはわからない……。

確かに、目の前でタルトの箱を袋に入れているシャルは、とても焦っているように見えた。

駄目だ、早く伝えなきゃ!


「ねえシャル、ロッティは別に怒っているわけじゃないの、わたしが……」

「大丈夫です、わかっています」


シャルは下を向いたままそう答え、片方の袋に小さなリボンをつけながら顏をあげた。


「リボンがついている袋の方に、タルトとケーキが二個ずつ入っています」


笑顔でそう言ったシャルは、こちらにふたつの袋を差し出した。

受け取ろうとするわたしに少し顔を寄せ「クッキーのおまけをつけてるのでおふたりで食べてくださいね」と、はにかんだ様な表情を見せて頭を下げた。


くっなんという破壊力。油断してたから変な声出るとこだった。

ロッティはもちろんだけど、シャルは正ヒロイン。可愛さが危険すぎる……。


心の中を悟られないよう、おだやかな笑顔を保ちながら会計を待っていると、誰かの叫ぶような声が教会裏から聞こえてきた。


声の主は小さな男の子で、叫びながら全力でこちらに向かって走ってきている。

辺りに居た人達が、一斉に少年に注目した。


「大変、火事だよ!」


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