生誕祭のあと  ◆ロッティ



シャルと二人、国家警備局まで呼び出された。


聞かれたのは、ジークフリードが今日やったこと、言ったことを覚えている限り。

どんなに些なことでもお願いします、という内容だった。

あの馬鹿の行動と発言の全てを一通り話し終えると、すぐに解放された。

なんだか拍子抜けだわ。

私が放火を依頼したということに関しては、全く大丈夫ですと聞かれもしなかった。


シャルは別の部屋で、まだ質問の途中だと教えられた。

帰りに話でもと思ったのに、彼女は私以上に色々なことを聞かれているみたい……。

仕方ないので、警備団の馬車で屋敷まで送ってもらい、一人で帰路についた。


家に戻ると、まるで誕生パーティかと思うくらい至る所に花が飾られ、お母様が鼻歌を歌いながら、侍女のケイトとくるくるまわっていた……。

私に気付くと駆け寄ってきて、体の骨がおかしくなるくらい強く抱きしめられた。

そのあとお父様にも強く抱きしめられたけど……予想通りお説教が始まった。


あのジークフリードの態度を見るに、一日や二日でここまで状況が悪くなったわけではないだろう、それにあの同じ名前の少女は何なのだ? 

そもそもあいつの印象が良かったのは、王家で婚約の文書を交わした時だけだ、あの時は国王がいたからな。

年に一度の新年の挨拶でさえ文書のみ! 婚約者、そして王子だからと我慢していた。

あれから何度か会う機会があったが、お前のことを大切にしているように見受けられなかった。

まだ若い二人だから照れているのだろうとは思っていたが、まさかあんな馬鹿なことをするとは! 

ロッティ、お前もだ! いくらこの国の法律が面倒だとはいえ、婚約者との関係が悪くなっているのなら、なぜ相談してくれなかったんだ! 

くそ、忌々しいあの馬鹿王子め! 


……と、お父様までが馬鹿のことを馬鹿と言い始めていた。


おいしそうな食事を前に、どんどん興奮して怒りに拳を震わせるお父様を、執事が必死で宥めている。

お母様が『きっとこれから良い事しか起こらないわ、忘れましょう』と、お父様にキスをして、やっと食事を始めることができた。


私の両親は本当に仲が良い。

夫婦が仲が良い事なんて当たり前だと思ってたけど、大人になるにつれそういうものばかりではないと知り、そして婚約している自分も、残念ながらそうなるんだろうなと思っていた。


運命だと思ってしまった自分が悪い、でもこんなに相性が合わないなんて思わなかった。それでも結婚しなくてはいけないのかと内心ずっと苦しかった。

婚約した年、同じ学校になったのでジークフリードと話す機会が少しだけ増えた。

でも、口を開けば自分の事ばかり。勉強も武術も、おまけに国についても知識が浅い。

ジークフリードという人は、中身が無く、つまらない話しかしない男だと思い始めていた。とにかく一緒に居てもたいくつだった。


でも、一応第二王子だから、中等科を卒業する頃には自覚も出て、変わるかもしれない、そう思ってた。

そして、特に印象が変わらないまま三年が経ち、中等科から高等科へ進学。

ジークフリードは、想像していたのとは違う方向に変わってしまった。

会うことをあからさまに避けるようになっていった、というより、顔を合わせても態度は冷たく、癇に障る事しか言わなくなっていた……。


ーーキンッ


駄目だ、色んなことを思い出してたら怒りで手が震える。食器にスプーンがあたってしまったわ……。


中等科に入った頃は、好きになろうと私なりに努力した。

こんなに誰かのことを好きになれないなんて、ましてやそれが自分の婚約者だなんて……信じられなかった。


同じ頃、第一王子のアインハードとも知り合った。

ジークフリードと面立ちは似ているけど、中身は全然違っていた。

剣の腕は国内でも上位、学問にも長け、他国の情報にも詳しく向上心が高いタイプだった。

馬鹿と違って繊細な面もあるけど、それは国王となるには必要なもの。

とても話しやすく、一緒にいて本当に楽しかった……。

これ以上仲良くなってはいけない……すぐにそう思った。


高等科に入ると、ますますジークフリードの人気は上がっていった。

学院内だけじゃなく、国民にも好意を持たれているのは実感していた。

外面が良いのも外交には不可欠だけど、あまりに中身が無く、自分を良く見せたいのが丸わかりで、やはり気持ちは離れていくばかりだった。


嫌いにならないようにだけ努力をした。好きになるのは無理だとわかったから……。

それがもう限界になっていた。


シャルのことを好きになっているのもすぐにわかった。

どうせなら、彼女の事をもっともっと好きになって、私

をこのまま完全に無視してくれればいいのに……と思っていた。


ああ、4年間……色々な事があったな、全部嫌な思い出しかないけど……。

スープを飲もうとした手がまた震えている。

婚約破棄……か……。


いやだ、駄目だわ、どうしたんだろう。

急に気持ちが抑えられないくらい楽しくなってきた。

胸にずっとつかえていたものがなくなり、全身がそわそわしているのがわかる。

今まで生きてきた中で、こんなに気分が高揚することってあったかしら? 


婚約破棄!!

ああ、なんて最っ高の気分なの!! あいつがもう婚約者じゃないなんて!

感情の昂ぶりが止まらない、今ここで叫び出したい!

もう叫んでもいいよね? 叫んじゃおうかな!


「私、今日、あの馬鹿と婚約破棄出来ましたーーーーーー!! 」


スプーンをテーブルに置き、椅子から立ち上がって大声を出した。

目の前で、お父様とお母様が私をじーっと見つめている。


それでも、まだまだ気持ちが抑えられない。

テーブルの上に用意された、ベリーがたくさん浮かんだサワーのグラスを手に取った。


「私シャルロッテ・フリューリングの新しい未来に乾杯!」


グラスを高く掲げて叫んだ。

さっき以上に声が出た、気持ちいい。


「まあロッティったら」


お母様は笑いながらワインのグラスを手に取り、同じ様に立ち上がった。

お父様も慌てたようにグラスを手に取り高々と掲げた。


「私の美しい娘、シャルロッテに栄光と繁栄を!」

「やだ、そんなのいらないわ」

「それくらいあっていいんだ!」


珍しくお父様が頬を赤くしている、見ると既にワインの瓶が半分になっていた。


12歳のあの日、私が婚約を受けるって簡単に言っちゃったばかりに、お父様にもお母様にも本当に迷惑をかけてしまった。

まさかここまでジークフリードのこと気に入ってなかったなんて知らなかった……。

もっと早く言っておけばここまで酷い事態にはならなかったのかな。

ああもう、終わったことは考えなくていい、明日からのことを考えよう。


そういえば、お父様が持っていった婚約破棄の書類。

何も言わないってことはちゃんと受理されたようだけど、あれって返事が来るものなの?

あたりまえだけど、これも考えてもわかんないか。

明日学校でアインにでも聞けばいいかな。


そういえば、あの馬鹿王子はどうなるんだろ……まさかお咎めなしってことはないよね。これも明日アインに聞けばいいか……。


「シャルロッテー! お父さんはお前を愛してるぞ!」

「お母さんもよシャルロッテ、あなたはわたくし達の最愛の娘だわ!」


ワイングラスを片手に持ったまま、お母様が泣きはじめた、お父様も鼻が真っ赤だ。

侍女のケイトまで涙を流している。

エミリーもすごく泣いてたな……。

ああ、私いま凄く幸せだわ、私も皆を愛してる。



◆ 翌日


部屋の前の廊下を人が通っていく気配で目が覚めた。

ケイトかしら? 誰か玄関に来ているみたい。


昨晩の食事は、お父様があの馬鹿の愚痴が止まらなくなって、お開きになった。

きっと今日はお昼近くまで起きてこないだろう。

それにしても来客があるなんて、もう起きる時間なのかな? ってまだ7時!

こんな早い時間にいったい誰が来てるの?


ベッドの上に起き上がり、耳をすまして外の様子を伺っていると、扉をノックする音が部屋に響いた。


「お嬢様、お目覚めでいらっしゃいますか?」

「起きてるわよケイト、おはよう」

「本日は休校だと学校より連絡が入りました、あとお手紙が届いております」

「えっ休校!? 手紙?」


ベッドから降りてケイトが差し出した手紙を見ると、封筒に王家のエンブレムが型押しされていた。

恐る恐る裏を返すと、アインハードのイニシャルの封蝋がついている。


アインか、でもわざわざ手紙だなんて何の用なの?

そのまま手で封を切って開封する。中には手紙が一枚入っていた。



 親愛なるシャルロッテ・フリューリング


 明日の午後、君に伝えたいことがある。


 遣いの者を寄こすので予定が無ければそのまま宮殿に来てほしい。


 無理ならば、遣いに断りの返事を頼む。


 楽しみに待っているよ。


 アインハード・オルター


なにこれ、しかも明日って……ああそうか休校になってるから時間はあるわね。

でも、改めて手紙を寄こしてまで伝えたいことって何だろ? 


まだ私に聞きたい話があるのかな……。

私だって気になってることがたくさんある、今日の休校だってそう。

絶対に馬鹿のせいなのはわかってるけど、明日聞けるなら好都合ね。

そうだ! アインと話したらエミリーにもすぐに教えてあげたい。

どうせまだ休校だし、明後日お茶しようって手紙書こうっと。


机の引き出しを開け、封筒と便箋を取り出す。

淡いクリーム色の紙に、可愛いミモザが箔押しされている封筒が目に入った。

見てるだけで幸せな気持ちにさせてくれるミモザ、エミリーみたい、これがいいわ。


ペンを取り出そうとして、警備団に預けられていることを思い出す。

あのペンで、私を放火の犯人にしようとしたジークフリードの姑息さと、シャルが天冠を拾っていた奇跡に感謝する。


あらためてシャルにもお礼しなくちゃ……。

濃紺のインク瓶を取り出し、机に向かった。


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