生誕祭のあと



翌日


いつも通りの朝。

家族で朝食をとっていると、侍女のアンが慌てたように部屋に入ってきた。

手には、学校の校章が箔押しされた封筒を持っている。

封筒を開けると、『本日より、次に連絡のある日まで学校は休校とする』という内容の手紙が一枚入っていた。


ああ、きっとジークフリードに関連することね……。


それにしても、昨日の今日で全校生徒の家に通学前までに封書を投函するなんて、さすが王室。馬鹿王子はどこまでも迷惑をかけるのね……。


昨日、ふたりの王子が退場した後、わたし達はシャルに誘われて教会内へと入った。

事情を知らない教会関係者が「ジークフリード王子がいない!」と必死で走り回っていた。

午後から行われる予定の、寄付金の発表をする催しはジークフリードが担当だったからだ。


どうするんだろうと思いながらも、もう関係ないもんねーと三人で顔を見合わせ、無言で横を通り過ぎた。

廊下を進んでいると、突然教会の事務室からロッティの母であるフリューリング侯爵夫人が顔を出した。


「あらロッティ。いいところに来たわ、見ていく?」

「ん、なに?」

「あなたたちもどうぞ」


華やかな笑顔の夫人に誘われ、言われるがまま部屋に入ると、フリューリング侯爵が何かを書いているところだった。

机の上には、公式書類作成に必要な特別な紙とインクが並べられている。

真剣な表情でペンを走らせる侯爵の横に、正装をした二人の男性が立っていた。

二人は、侯爵が書き上げる用紙を細かくチェックして、サインをしていく。


「あの人たちは立会人と証人なの、、いま婚約破棄証明書を書いてるのよ」

「えっ!?」


きょとんとするわたし達に、優雅な笑顔でフリューリング侯爵夫人が説明をしてくれた。

確かにこの教会なら全てが揃うけど、それにしても早すぎる!

三人で驚いていると、フリューリング侯爵が大きなため息とともにペンを置いた。

立会人と証人の二人が「素晴らしい、完璧です侯爵!」と、声をあげている。


信じられないことに、この短時間の間に『婚約破棄証明書』が書きあがってしまった。

フリューリング侯爵は椅子から立ち上がり、すぐさま夫人にキスをした。

そして、ロッティの頬にキス、わたしとシャルにハグをすると、見守っていた立会人たちと肩を抱き合った。

部屋の隅で待機をしていた執事の一人が、書きあがったばかりの書類を恭しい感じがする箱に入れている。

全てに無駄がない。まるで、この場所だけが倍速で時間が進んでいるかのように、何もかもがあっという間だ。


「じゃあすまないが早めに終わらせたいんでね。失礼するよ」

「あなた、お気をつけて」


フリューリング侯爵はもう一度夫人にキスをすると、さわやかな笑顔で颯爽と部屋から出て行った。

騎士のような侯爵の後ろ姿を、全員で見送る。

気付けば、今度はフリューリング夫人がロッティに抱き着いて、薔薇色の頬に何度もキスをしていた。熱烈すぎてロッティの背中が反っている。


「今日はロッティの好きな物をたくさん作ってもらうわね」


そう言って、夫人はロッティのおでこにもう一度キスをした後、名残惜しそうに腕を離し、わたし達に手を振りながらあっという間に部屋から居なくなってしまった。

残って居た人達も、口々に「おめでとう」と言いながら部屋を出て行った。


扉の閉まる音だけが室内に残り、部屋がしんと静まり返る。


「ごめんなさいね、お父様もお母様もせっかちなのよ」


大袈裟に肩をあげてロッティが笑う。

フリューリング侯爵夫妻からは、嬉しくてたまらないという感情が溢れ出していた。

夫妻もきっと、ジークフリードの態度が不誠実で、もどかしい思いをしていたのかもしれない。


ロッティは、ジークフリードとの婚約を『運命だと思ってた』なんて話をしてたっけ……。

あの馬鹿王子! ロッティが12歳の時に婚約を申し込んでおいて、一体何がしたかったのよ、理解不能で腹が立つ。


ふと横を見ると、シャルはなぜか潤んだ瞳ででロッティを見つめていた。

そうだ、この美少女もまだ謎が多いんだ……。

勝手に想像していたヒロイン像と、シャルは全然違っていた。

お茶をしている時に、彼女の本音がもっと聞けるといいんだけど……。


「ではロッティ様、エミリー様、わたくし達も参りましょうか。そうだ、試作品のクッキーがあるんですよ!」

「本当!!」


シャルの言葉に、ロッティは早く食べたいという様子を隠しもせず、大きな声をあげた。

その瞬間、部屋の扉を誰かが力強くノックした。

シャルが慌てて駆け寄り、覗き穴から廊下を確認した後、おそるおそるといった様子で扉を開ける。


「失礼いたします!」


一礼をして入ってきたのは二人の男だった。

一人は警備団の制服、もう一人はシンプルなシャツに黒いズボン。真っ白い手袋には王家のエンブレムが刺繍されている。

手袋の男が、もう一度頭を下げて口を開いた。


「失礼いたします。シャルロッテ様に、ご同行いただきたいくお願いに参りました」

「え? 私?」

「わたくしですか?」


二人のシャルロッテが顔を見合わせている。

たしかに、どっちのシャルロッテに何の用事なんだろう?


「大変失礼いたしました。シャルロッテ・フリューリング侯爵令嬢、そしてシャルロッテ・エレム嬢。お二人に、本日起こった第二王子の件でお話を聞かせていただきたいのです」


手袋の男はまた深々と頭を下げた。

ロッティは婚約破棄、シャルはジークフリードの嘘を証明する物を持っていた、話を聞かれるのは当たり前……でも大丈夫なのかな。


名指しされた二人は、眉間に皺をよせて不審げに男の顔を見ている。

それに気づいた手袋の男は、慌てて手を振った。


「ご心配なさらないでください、私共はアインハード様からの遣いです。尋問などと言うものではございません。今日起こった事を普通にお話していただければ良いのです。もちろん話が終わりましたら、すぐに屋敷まで送迎させていただきます」


言い終わると同時に、再度深々と頭を下げると、横に居た警備団の男も一緒に頭を下げた。それを見ながらロッティは小さなため息をついた。

アインハード王子からの頼みなら仕方ない、きっとそう思ったはずだ。


「わかりました、お話しするだけならいくらでも。ねえシャル?」

「はい、大丈夫です!」


手袋の男はホッとした顔をしてまた頭を下げた。


「てことでエミリー、お茶は明日以降にしましょ。シャルも一緒にね」

「もちろん。ねえ大丈夫?」

「ええ! まるっとぜーんぶ、今までのつまんない言いがかりとか態度とか、まとめて話してくるわ」


意気揚々と話すロッティの姿に、シャルは申し訳なさそうに俯いてしまう。


「あ、違うわよ、シャルは関係な……ってなくはないか、ふふっ。でも馬鹿王子のせいだもの、シャルも折角の機会だから全部話せばいいわよ、ね!」

「はい!」


謎の友情が芽生えつつあるふたりを、不思議な気持ちで見てしまう。

アインハード王子の遣いで来たという二人の男性に連れられ、シャルとロッティが馬車に乗って教会を後にするのを見送った。

気付くと教会で一人だけになっていた。


数時間前のことを考えると不思議な気分だ。

馬車に乗り込むときのロッティとシャルの笑顔、あの二人がヒロインと悪役令嬢だったなんて……。


まわりに誰もいないことを確認して、ぐー-っと大きく伸びをした。

そのまま人込みを抜けて聖堂に入り、聖女ペルペトゥアに祈りを捧げた。


……そう、これが昨日の大騒動の後の出来事。


あの後は家に帰って何時間も寝てしまい、お母様にとても心配をかけてしまった。


はぁ、馬鹿王子のせいで今日から休校か。

三人でお話しできるのが楽しみだったのに……残念すぎる。


朝食を終え、お母様に誘われて庭の花を見て回った。

咲き終わりそうな花をいくつか選び、部屋に飾る。

そういえば、わたしがここで初めて目覚めた時に見たのは、沢山のピオニーだった。

ほんの少し前の出来事なのに、とても懐かしい思い出のような感じがする。


エミリーの記憶の中のロッティは、明るくて楽しくていつも輝くような笑顔をしている。

たまに言葉遣いが乱暴なところもあるけど、とても良い子だ。

わたしがエミリーになってからも、その印象は全く変わらない。それどころか、一段と大切に思っている。


昨日ふたりが呼び出され、何を聞かれたのか。ジークフリードは何と言っているのか、そして証人は他にいるのか……気になることだらけだ。

無駄に部屋をうろうろしてしまい、どうもじっとしていられない。

……そうだ! ロッティに手紙を書けばいいんだわ。


机に向かい、引き出しを開けてペンとインクを選ぶ。

いくつかの便箋の中から、可愛いミモザが描かれているものを選んだ。

インク瓶の蓋を開けようとしたとき、扉をノックする音が部屋に響いた。


「エミリー、フリューリング家から遣いの方が来てるの。あなたにお手紙を読んですぐに返事が欲しいそうよ」


フリューリング家から手紙ですって! まちがいなくロッティだわ。 

急いで扉を開け、階段を駆け下りる。


玄関扉の横には、何度かお世話になったフリューリング家の御者が立っていた。

階段の下から私に気づき、笑顔を見せた後、帽子を取って頭を下げた。


「お待たせして申し訳ございません」

「とんでもございませんエミリー様。では、早速ですがこちらを読んでいただけますか?」


御者が差し出した封筒は、さっきロッティへの手紙に選ぼうとしていたのと同じ、ミモザの模様が入ったものだった。

なんだか嬉しくなり、ニヤニヤしながら封を開ける。


  親愛なるエミリーへ

  

  あの馬鹿のおかげで学院が休みになっちゃって最悪

  

  残念ながら三人でのお茶会はお預けね

  

  でも、話したいことがたくさんあるから

  

  明後日の午後、うちでお茶しない? 

  

  本当は明日でもいいんだけど、アインハードに呼び出されちゃったの


  私に何か伝えたいことがあるんだって……

  

  内容はわからないけど、きっとそのこともエミリーに話したくなるはず


  だから、よかったら御者のモリスに返事を伝えてね


  無理なら無理って言っていいからね


  シャルロッテ・フリューリング



発色の良い濃紺のペンで、聖女が書いたのかと思うほど繊細で美しい文字。

それでも、相変わらずのロッティの口調で手紙は綴られていた。


明後日の午後ね、全然大丈夫! 

この口調からすると、放火の疑いは晴れてるのかな? 

シャルとはあの後、二人で何か話したのかな?

それに肝心のジークフリードはどうなるの? くぅぅー。


手紙を読み終え、一人でそわそわしていると、御者のモリスと目が合った。

そうだ、わたしからの返事を待ってくれているんだ。


「モリスさん、ロッティに大丈夫だとお伝え願えますか?」

「かしこまりました。では、明後日の午後にお迎えに参ります」

「まあ」

「エミリー様から承諾を得たら、こうお伝えするようにとお嬢様より申し付かっております」


御者のモリスは優しい笑顔でそう告げた。


「ありがとうございます」

「では、失礼いたします」


モリスは手に持っていた帽子を被り、洗練された動作で扉を開け、一礼して馬車へと戻っていった。


さすがロッティ準備が良い、というより本当にせっかちね。

昨日のフリューリング侯爵夫妻の行動の早さを思い出し、ふふっと笑ってしまう。


それにしても、ロッティからの手紙の内容で一番気になったのはアインハード王子!!

明日ロッティを呼び出して、一体何の話をするつもりなの……。

ああ、明後日が待ち遠しくて落ち着かなーいー。


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