顔だけ王子とふたりのシャルロッテ 2
警備隊の一人が差し出した手を、ジークフリードは叩き落すように払いのけていた。
「ジークフリード、いい加減にしてくれ。こんな騒ぎを起こしてまだそんな態度をとるのか?
アインハード王子の言葉に、ジークフリードが歪んだ笑顔でこちらを見ると、ゆっくり手を叩き始めた。
「あーはいはいわかったぞアインハード、お前もグルか。あの女たちと一緒になって僕を嵌めようとしてるんだろ!」
前髪をかきあげ、まるで悪役のような顔つきでわたし達に指をさす。
え、まだ絡んでくるの? どういう精神してるんだろ。
こういうのを打たれ強いっていうのかな、いや違う、粘着質だ!
こっちは大団円……までは行かないけど、馬鹿王子との関係はなくなると喜んでいたのに。
さっきまで頬が緩みっぱなしだったロッティの顔が、一瞬にして無表情になる。
ジークフリードを突き刺すような視線で睨みつけると、一歩踏み出して指をさし返した。
「そんな言い分が通るとでも思ってんの? 『俺を嵌めようとしてるぅー』とか言っちゃって、あんたが私を嵌めようとしたからそんな考えが出るんでしょ!」
「この……!」
いまにもこちらに駆け出しそうなジークフリードを、アインハード王子が受け止めた。近くにいた女性から小さな歓声があがる。
アインハード王子が人ばらいをしたのに、いつの間にかまた人が集まり始めていた。
こんな場所に第一王子と第二王子、それに二人のシャルロッテと警備団。
不穏な光景すぎて見るなという方が無理がある。
観衆に気づいて姿勢を正すジークフリードに、アインハード王子が耳元で何かを囁いている。
瞬間、ジークフリードは顔をゆがめながらマントを翻したかと思うと、なぜか指導者顔で警備団の前へと移動した。
まだ感情が抑えられないのか、肩で息をしている。
そんなジークフリードを黙って見つめ、アインハード王子は何も言わずに警備団に目で合図をした。
ここで何か言って長引けば、また面倒なことになってしまう……ジークフリードの行動を黙認する考えなのだろう。
小さく溜息をついた後、アインハード王子はこちらを振り返り、わたし達に向かって手を振った。
それに応えるように、ロッティは小さく頷いた。
厳しい表情をしていたアインハード王子の頬が、少し緩んだように見えた。
ジークフリードを先頭とした警備団の後ろへアインハード王子が移動する。
警備団の一人が号令をかけた。
やっと終わった……。
号令の声にロッティ達と顔を見合わせる。
あとはアインハード王子に任せるしかない、そう思った時、先頭のジークフリードが突然振り返り大声をあげた。
「おいシャルロッテ! 僕のことを皆の前で貶めてすっきりしたか? 僕は全然関係ないことを証明する、待ってろよ!」
真っ赤な顔にうわずった声、後ろの警備団が狼狽えて足が乱れる。
しかし、ジークフリードは言い逃げるつもりなのだろう、突然足を早めた。アインハード王子は最後尾で身構えている。
嘘、なにこいつ……本当にしつこい!!
一国の王子が捨て台詞なんて、どこまで格好悪いの!
周りにいた女性達からは、悲鳴に近い声があがっていた。
そりゃ驚くよね、黙って行っていればこの場所では誤魔化せたのに。
残念ながら、あいつは本当に馬鹿で最低な男だ、唯一の取り柄である顔だってもう見れたもんじゃない。
ロッティは、無表情のままで首を横に振っていたが、我慢できなくなったのかフッと鼻で笑った。
そして、落ち着きがない態度で裏門へと進むジークフリードに向かって、思いっきり息を吸い込んで口を開いた。
「は? すっきりしたかだって? 人を嵌めようとした挙句謝りもしない、ここまできてもまだ被害者みたいな態度でしつこく私を貶めようとしている! 全っ然ムカついたままよ、この馬鹿王子!! でもいいの、ここにいる人はあんたがクソだってわかったはずだから、それでもういいわ!」
「な……!」
「ああ、そうそうもう一つ! 婚約解消したんだから馴れ馴れしく名前で呼ばないで! こっちのシャルのこともね!」
「っ……!!」
「二度と声をかけないで頂戴!」
「にっ……!!」
ジークフリードがどんどん見たことがないような顔色になっていく。
自分が捨て台詞を言ったくせに、反論されよほど悔しかったのだろう。その場に立ち止まり、地面を何度も踏みつけはじめた。
え、あれ地団駄を踏むってやつ……初めて見たよ、本当に踏むんだ。
このままだと駄々をこねる子供のように、寝転んでジタバタしちゃうんじゃないの……。
惨憺たる第二王子の姿に、周囲は完全に静まり返っていた。
ロッティはそんなことは全く気にせず、すっきりした顔でわたしの袖を引っ張っている。
「ねえ私達も行きましょ、あれの相手してたらきりがないわ」
「あれって」
「だってもう
顔をクシャっとさせ子供のように笑うロッティの後ろで、誰かが小さな声を上げた。
周りの視線がその方向へ一斉に動く。
皆が見ている視線の先には、警備団の一人が転倒している姿があった。
その横には、アインハード王子に腕を掴まれ、壁に抑えつけられているジークフリードがいた。
自慢のマントは剥がされ、地面に落ちて汚れている。
流石のアインハード王子も、もう限界のようだった。
いくら馬鹿とはいえ、半分血がつながった弟、そしてこの国の第二王子。
大事にならないようにしていたが、もう無理だとなったのだろう。
アインハード王子は掴んだ腕を捻り、思い切り背中に締め上げた。
ジークフリードの顔が苦痛に歪む。
もう強く一度締め上げながら、アインハード王子はジークフリードにしっかり体を寄せる。二人を囲むように、警備団がぴったりと横に着いた。
周りが息を呑む中、嘘のように静かになったジークフリードは、アインハード王子と警備団に囲まれたまま裏門へ続く道へと消えていった。
長かった……。
あの馬鹿王子がやっと目の前からいなくなった。
本当にこれで終わったんだ……。
三人で合図をしたかのように大きく息を吐き、顔を見合わせてふふふと笑う。
風に乗って、人々の声や音楽が広場へと戻ってきた。
さて、これからどうしよう。全身の疲労感が尋常じゃない。
今すぐベッドの上に転がりたい。
ロッティも気が抜けたような顔で、裏門への道を見つめていた。
「あの、おふたりとも……」
シャルが、はにかんだ様子で声をかけてきた。
「どうしたの?」
「なあにシャル?」
「もしよろしければ、教会でお茶でもなさいませんか?」
いつもと同じ可憐な声。さっきジークフリードと話してた時とは全く違う小鳥のような声だ。
少し目を伏せたシャルは、頬を染めている。
わたしとロッティは二人で視線を合わせると、シャルに向かって大きく頷いた。
「もちろんよ!」
「誘ってくれて嬉しいわ」
「わあ、ありがとうございます! ……ロッティ様! エミリー様!」
シャルの声から、喜びが抑えられないといった感情があふれている。
教会の広場に優しい風が吹きぬける。
真っ白なコデマリが、風に舞うように揺れていた。
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