ふたりの王子



「やあジーク。凄い人だかりができてるから来てみたら、皆さんお揃いで一体何の話をしているんだい?」

「お前には関係ないだろう!」


さっきまでの態度とは打って変わり、ジークフリードの威勢が急によくなっている。


シャルはアインハード王子に対して一歩下がり、丁寧にお辞儀をした。

アインハード王子は、そんなシャルに手をあげて応え、そのままロッティとわたしにも手を振った。


「俺に関係ないことかもしれないが、この祭りを何だと思っているんだ? お前がやっていることも、ここで観客を集めてやることではないだろ?」

「くっ、それはあいつが……」


ジークフリードがロッティに指をさすのを阻止するように、シャルが一歩前に出て深く頭を下げた。


「申し訳ございません、わたくしのせいです」

「君は謝らなくていいよ、実は話を全部聞いていたんだ。とりあえずこの観客たちをなんとかしよう」


優しい声でそう告げるアインハード王子に、シャルは「ありがとうございます」と再度頭を下げた。

アインハード王子はその言葉に笑顔で頷き、後ろに居たフリューリング侯爵夫妻に目配せしたあと、周囲に向かって声を張り上げた。


「ペルペトゥア生誕祭にお集まりの皆様、この素晴らしい日に、我が弟が発端で大変な騒ぎになり、本当に申し訳なく思っています。ただ、本日は生誕祭。一年に一度、国を挙げて聖女ペルペトゥアを祝う日です。皆様もその気持ちでここに来られたのでしょう、この場は私が引き受けるので、皆様も今からは祭典を楽しんでください」


王族だけに許された、真っ白な正装を纏った第一王子アインハード。

長身で輝くような銀髪に端正な顔、良く響き渡る美しい低音。

自信に満ち溢れていて堂々とした態度、そんな彼が深々と頭を下げている。

話を聞かない者がいるはずがない。


広場に集まった人たちは、アインハード王子の呼びかけを聞いた後、我に返ったようにその場から離れ始めた。

喧騒にかき消されていた楽団の演奏が、涼やかな風に乗って聞こえ始める。

今までの湿度の高い空気とは違い、春のさらりとした感覚が全身に戻ってきた。


観客たちが離れたことに、心の底からホッとした。

でも、集まっていた人の半数近くは、ジークフリードが声高らかに告げた婚約破棄宣言と、ロッティが放火を依頼したという馬鹿げた話を聞いているはずだ。

この後、おかしな噂にならないといいけど……。


「エミリー、なにを難しい顔してるんだい?」


優しい声に顔を上げると、目の前にアインハード王子が立っていた。

このイケメン、わざと私を驚かせようとしてるとしか思えない。

今日は変な声出さないんだから!


「アインハード様、ありがとうございます……えっと、ロッティがなぜか放火の罪を着せられてしまって……」

「ああ、あいつだろ?」


アインハード王子は、少し離れた場所で小さくうずくまっているフードの男を顎で指し示した。

男は自分のことを言われたのがわかっているようで、グッと体を固くして一段と背中を丸めた。


「とりあえず、俺があのフードを被った男に話を聞いてみよう。ジークフリードの無礼はあとで謝るよ」


そう言って、ちらりと視線を横にうつした。

アインハード王子が見た方向に目をやると、フリューリング侯爵夫妻がジークフリードに、詰め寄っているところだった。

先程まで威勢が良かった馬鹿王子が、身を縮めている

その様子を確認したアインハード王子は、口の端を少し上げてわたしにウインクをしたあと、うずくまっている男の元へと歩いていった。


ひぃっ目がつぶれる……あぶないわ、また声が出るところだった。

現実でウインクする男なんて会ったことないし、いたとしても気持ち悪い。

やっぱりイケメン無罪なのか、いやそれはこの前撤回したのに……うー。


「やっと顔が見られますね」

「そうね、誰だろ? 私本当に知らないからね」


アインハード王子に転がされていると、突然会話が聞こえてきた。

気付けば、ふたりのシャルロッテが当たり前のように並んで話をしている。

ちょっと待って、何この状況……そう思った時、アインハード王子が男の前にしゃがみこむのが見えた。

シャルとロッティとわたし、三人で顔を見合わせ、全力で二人の会話に耳を傾けた。


「私はアインハード・オルターだ、君は本当にシャルロッテ・フリューリングに放火を頼まれたのか? さっきからずっと顔を伏せているが何かに怯えているのではないのか?」


とても優しい声のアインハード王子。

わたしならすぐに顔をあげてしまいそうだけど、話しかけられた男は動きさえしない。


「この国の者なら今日が何の日かはわかっているだろう? 我が国最初の聖女であるペルペトゥア様の生誕を祝う日だ。そんな良き日、しかも教会で偽りの証言をするのは心が苦しくないか? 、さあ教えてくれないか?」


あれ、このセリフどこかで……?

あ、そうだ! さっき馬鹿王子がこの男をここに連れてきたときに言ってたセリフと同じだ!

アインハード王子、ずっとここでの話を聞いてたのね……。


「第一王子様……」


フードの下から掠れたような声が聞こえてきた。男が初めて口を開いた。

いままでこの姿勢のまま、どんな思いで話を聞いていたんだろう。

アインハード王子の呼びかけにやっと答えたということは、やはり力があるものを恐れていたという事……。


「ああ、怖がらなくていい。君が素直に話してくれれば悪いようにはしない、私を信じてくれ」


少しも焦らず、ずっと優しい呼びかけを続けるアインハード王子に、フードの男はゆっくりと体を起こし、顔を見せた。

肌に艶はなく、目は落ち窪み、唇は震えている。


アインハード王子は男の手を取り、広場の隅にあるベンチまで誘導した。

男は緊張しているのか、膝に力が入らない状態で歩いている。

椅子に男を座らせると、王子はわたし達に向かって手招きをした。


ベンチがある場所は少し奥まっているので、人目に付きにくくなっている。

わたし達三人は、呼ばれるがままベンチがある方へと足を進める。

すると、今椅子に座ったばかりのフードの男が、突然アインハード王子にすがるように地面に跪いた。


「アインハード王子、私の名前はピーター・ハムザと申します。この町で青果店を営んでおります……私は嘘をつき、フリューリング家のお嬢様を陥れるという罪を犯しました。どんな罰でも受けるつもりでございます」


ハムザ……そんな名前の青果店が確かにある、そんなに大きくはないけど何十年と続いている古い店。

そんな店の店主がなぜ?


わたし達に見られていることに気づいたハムザは、こちらと視線を合わさないまま、悲痛な表情を浮かべてアインハード王子を見上げた。


「私が営むハムザ青果商は……第二王子専用の料理長と契約していただいておりました。それがある日呼び出され、突然契約を解除すると言われたのです。料理長や使用人に聞いても理由がわからず、ただ私を王子の部屋へ呼ぶように言いつけられたと……」


そこまで言って、ハムザは慌てたように周りをきょろきょろと見まわした。


「大丈夫だ、先程の観衆はもういない、それに件のジークフリードもあっちで忙しそうだ、安心して続けてくれ」


アインハード王子の言うように、馬鹿王子はさっき以上にフリューリング侯爵夫妻に詰め寄られている。

ロッティの父親であるフリューリング侯爵の頭から、湯気がたち昇りそうなほど憤っているのがわかった。

それを止めている侯爵夫人は、全然止める気配が感じられず、なんなら夫を応援するようにも見えた。


間違いなくあの二人もアインハード王子と同じく、婚約破棄宣言を聞いていたはず。

大切な可愛い娘が、あんな大勢の前で辱めをうけたんだもの、怒らないほうがおかしい、わたしだってあの馬鹿に対する怒りは収まっていない。


ハムザはジークフリードの様子を確認した後、アインハード王子に深々と頭を下げて話を続けた。


「あの方は、私に四人目の子供が生まれたこと、長女の体が弱く薬代が必要なことを知っていました。そして……『頼みを聞いてくれたら契約を続けても良い、無理であるならば、契約を解除した後、商品の品質が悪いと言う噂を流す』と……」

「えっ? やな奴じゃん!」

「本当に!」


ふたりのシャルロッテが同時に声を上げた。

いや、あなたたちがこの話の鍵なんですけどね……。


アインハード王子は唇に人差し指を当て、シャルとロッティに向かってしーっと言うようなポーズをとった。

ロッティは肩をすくめ、シャルはちょこんと頭を下げた。


「おい! そんな男の話を信じるなよ! そいつは嘘つきだ!」


少し離れた場所から、ジークフリードがこちらに向かって大声を出している。

あいつの声も無駄に美声なだけに、良く通るのが腹立たしい。

ハムザは隠れるように頭を伏せた。


あの場所までは絶対に内容は聞こえてないはずなのに、こちらの雰囲気で自分が不利になる話だと分かったのね。

ということは、ハムザの証言は間違いなく本当の事なんだろう。


縮こまって震えているハムザの手を、アインハード王子は優しく包んだ。


「大丈夫だピーター・ハムザ、さっきも言ったように私は第一王子だ。君が知っていることを話してくれればいい。君に危害が及ぶようなことも絶対にさせない、安心してくれ」


ハムザはしがみつくようにアインハード王子の手を握り返した、首元にちらりとロザリオが見える。

きっと信心深いんだ、教会で嘘をつき続けるのは怖かったはず……。


「……あの方は続けてこうおっしゃいました。『脅すようなことをして済まない、実は神聖な場所から正しい結婚相手を見つけた、私は次期国王だ、この国を守るには悪女と結婚するわけにはいかない、この国の民たちの為の嘘だ、きっとペルペトゥア様も許してくださる、頼まれてくれないか』と、頭を下げられました……その後は、あの……」


ハムザは首は動かさないものの、目線だけをロッティの方向に移して口ごもってしまった。

ここでは言えないような、酷い嘘を馬鹿王子から吹き込まれたんだろう。

ハムザからすれば、どこまでが真実なのかわからないのは仕方がない。

半信半疑だったのか、それとも信じてしまったのか……。

ただ今のこの状況で、自分がとんでもないことをしてしまったということは理解しているようだ。


アインハード王子はハムザの肩に手を置いた、ハムザは祈るように首を垂れた。


「ありがとうピーター・ハムザ。よく話してくれた、怖かっただろう。このあと君にはもう一度証言をしてもらうことになるが構わないかな?」

「もちろんです、アインハード王子……」

「本当に助かったよ、この国はもちろんだが、私の大切な人を守ることが出来そうだ、恩に着るよ」


ハムザの手を優しく包んだアインハード王子は、女の子なら倒れてしまいそうなくらい優しい笑顔を見せた。

右側が少しだけ上がる薄い唇がたまらない。

こんなに離れてるのに、美しすぎ……って、あれ? 今って言ったよね? おお?


ロッティは聞いていたのかわからない表情で二人を見つめていた。

その横では、シャルがペリドットの瞳を潤ませている。

なぜか彼女はとても喜んでいるように見えた。


ハムザから手を離したアインハード王子は、立ち上がりながら広場の隅に待機していた警備団に手で合図をした。

制服を着た背の高い二人の男がこちらへ駆けてくる。

それに気づいたジークフリードは、フリューリング侯爵夫妻を押しのけ、すごい勢いでこちらへ向かってきた。

フリューリング侯爵夫妻は、怒りを抑えた表情でジークフリードの後を追うように、ゆっくりと歩き始めた。


アインハード王子は、目の前で敬礼をする警備団の男たちに「こちらは重要参考人だ、手荒な真似はしないように、しっかり保護してやってくれ」と、ハムザを預ける。


「何をやってるんだ!?」


目の前までやってきたジークフリードが、警備団の一人の腕を掴んだ。

少し走ったせいか、怒りのせいか、肩で息をしている。

あれだけのことをしたのに、まだ自分より格下の者には偉そうな態度をとる馬鹿王子。こいつがこの国の王子なんて、なにかの間違いであってほしい。


アインハード王子はジークフリードの目をしっかりと見据えていた。

駄目だ、このままだとふたりが衝突してしまう!


「第二王子! 申し訳ございませんがそこを通していただけますか?」


良く通る女性の声が、その場の空気を遮った。

後ろからやってきたロッティの母親であるフリューリング侯爵夫人が、ジークフリードと警備団の間に割って入ったのだ。

ジークフリードはよろめき、警備団はその隙にハムザを連れてその場から離れた。


「な!」

「ああ、申し訳ございませんジークフリード王子、私の妻が大変失礼をいたしました」


そう言いながら、夫人と同じように馬鹿王子を押しのけ、フリューリング侯爵がわたし達の目の前にやってきた。

アインハード王子は吹き出しそうになるのを堪えているように見える。

シャルは一歩後ろへ下がり、頭を下げて深々とお辞儀をした。


「あら気にしないで頂戴、顔を上げて可愛いお嬢さん」

「ねえお母様、彼女は私と同じ名前なのよ」


嬉しさを頬に浮かべて、ロッティは母親に紹介するようにシャルに手を差し出した。


「まあ素敵なお名前ね、よろしくね」


シャルは耳まで真っ赤にして頷き、さらにもう一度お辞儀をするしかできなかった。

ロッティの母親である侯爵夫人も、それはとても美しく、立っているだけで大輪の花が咲いているかのような華やかさがある。

フリューリング侯爵はロッティに面立ちが似ていて、身のこなしとても洗練されている、所謂イケオジだ。

豪華な額縁と大輪の薔薇を背負って歩いているような二人、目の前にしたらそりゃ圧倒されてしまうに決まっている。


「おい、僕を無視するな! そこの警備隊! 男をこっちに連れてこい!」


突然声を荒げたジークフリードに驚き、つい立ち止まってしまった警備隊に対して、アインハード王子が片手をあげて制した。


「ここに連れてくる必要はない! もう話は聞いた、後はお前にもう一度話を聞くだけだジーク」

「なんだと、この……」


馬鹿王子は続けて何か言いかけたが、周りの状況を思い出したように口ごもった。

生誕祭で第一王子と第二王子が口論なんてことになると、人だかりどころじゃすまなくなる。


そんな様子を見ていたシャルは、どんどん顔色が悪くなり、爪が白くなるくらい手を握りしめていた。


「大丈夫、シャル?」

「わたくし、まだ言わなきゃいけないことが……」 


透き通るような緑色の瞳でわたしを見つめた後、両親と話しているロッティを見て頷き、シャルはぎゅっと瞼を閉じた。

そのまま数回、肩で大きく息をしたかと思うと、ぱちりと瞳を開き、何かを決心したような表情でアインハード王子とジークフリードの元へ歩いて行った。


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