ヒロインと悪役令嬢 3
大勢の観衆が見守る中、ヒロインと王子は見つめあっていた。
しかし、これから愛を囁きあうようには思えない。
もちろん、愛し合っている二人の痴話喧嘩にも見えない。
「ねえ、あの子どうしたんだろ?」
ロッティがわたしに顔を近づけ、小声で話しかけてきた。
丸い額に僅かに力が入っている。
「うん。ジークフリード王子に対して、言葉がとげとげしい気がするわね……」
「やっぱりエミリーも思った? 変だよね」
金色の巻き毛を指でくるくるしながら、ロッティは二人を見つめている。
シャルが謎すぎるのは確かだ。それに、彼女は何を見たというのだろう……。
固まっているジークフリードに向かって、シャルが一歩踏み出した。
さっきまであんなに触れようとしていたジークフリードは、無言のまま一歩後ろに下がる。
「あの日、わたくし達の近くには誰もいませんでした。シャルロッテ様とエミリー様が帰られたあと、後ろ姿が見えなくなると同時に、あなたは壁に向かってこのペンを叩きつけましたよね? 植え込みで見えないと思っていたのかもしれませんが、わたくしには丸見えでした。それはもう憎たらしい表情で、こうやって!」
シャルは腕を大きく振り上げて、ジークフリードに向かって何かを投げつけるような仕草をした。
突然のことに、ジークフリードは慌てたようにまた後退る。
「大丈夫です、何も持っておりません。不躾な行動申し訳ございません。ただ、本当に力いっぱいこのペンを壁に打ち付けられましたよね?」
「……見間違えたのではないのか? 僕は物にあたるようなことはしないよ、虫がいたのを追い払って……いや、それもないか……」
しどろもどろになりながら答える王子に、周囲のひそひそ話が止まらない。
この国の第二王子に詰め寄る噂の恋人、会話が聞こえない人たちにとっては痴話喧嘩に見えているのかもしれない。
「虫ですか、そうおっしゃるならそれでも構いませんが、どちらにせよ元々気性が荒い方だと思っていたので特には気にしませんでした」
「な!」
シャルの言い捨てるような言葉に、またロッティと目が合った。
やはりこれは勘違いではなく、シャルはジークフリードに悪意を持って会話をしている!
「続けさせていただきますね。叩きつけた後、さらにペンを踏みつけていました。そして、何かを思いついた様子でペンを拾い、慌てたようにポケットに入れられましたね」
「何を言うんだシャル! 君は何が言いたいんだ!!」
流石にマントは翻さなかったものの、ジークフリードは身を乗り出して声を荒げた。
シャルは圧されそうになるのをぐっと堪え、堂々とした姿勢を崩さない。
「わたくし、ジークフリード様がペンを投げた時に何かが跳ねたのを見たんです。それにあなたは気づいていらっしゃらなかった。その後、どうでもいい雑談をして帰られた後、草むらでわたくしはそれを拾いました。それが、この天冠です!」
シャルはこちらを見ながら、ロッティが持っているペンを指さした。
あ……わかったわ、なんてことなの!
ロッティ所有の一点物のペン=放火を頼まれたという男が持っていたペン。
それらすべてを同一だと裏付けるのが、シャルが拾ったという天冠だ。
これでロッティの無実が証明されるかもしれない……。
「そ、それが、何だというのだ……」
勘の悪いジークフリードに、これ見よがしにため息をつくシャル。
「あーーも……えっと……ジークフリード様おわかりになりませんか、ご自分の話の矛盾に?」
「あぁ? なんだ?」
ジークフリードもすっかり攻略対象とは思えない態度になっている。
きょとんとした顔をして、とても間抜けだ。宝石のような青い瞳が霞んで見える。
わたしはロッティに小声で話しかけた。
「シャルは教会育ちでとても信仰心が深いから、絶対に嘘はつかないわ。この証言は誰からも信用されると思う。少なくとも、濡れ衣はすぐ晴れるんじゃないかな」
ロッティはわたしの言葉を聞きながら、キャップにはめ込まれた天冠を指でなぞって頷いた。
美しい濃紺のペン軸に少し傷がついている。
シャルの話からすると、ジークフリードが壁にたたきつけた時についたものだろう。
物にあたるなんて本当に最低な男、しかもそれを利用しようとするなんて!
シャルから目線を逸らし、斜め上を向いて何を考えているかわからない表情の馬鹿王子を思わず睨みつける。
そんなわたしに気づいたジークフリードは、明らかに不満そうな顔をしてみせた。
自分が言ったことに問題はなく、シャルのすべてに納得がいかないという態度で首をゆらゆらさせている。
そんな王子の姿を見て、またシャルが大きく溜息をついた。
「ジークフリード様……このペンはあそこにいる男性が『放火を頼まれた相手』から、なぜか受け取ったものでしたよね? そして、このペンをジークフリード様はシャルロッテ様の持ち物だとおっしゃった、ここまでは良いですね?」
「ああ」
「そしてこのペンは、特別に作られたものでこの世に一点しかない。それはシャルロッテ様ご本人が証言しています」
「そうだ! 彼女はいつもそのペンを自慢げに見せびらかしていた、僕以外にも彼女の物だと証言する者はいるよ、間違いない! 彼女が放火を頼んだん……」
「はいはい、待ってください」
シャルが学校の先生のように手をぱんぱんと鳴らした。
ジークフリードは話すのを止め、目を見開いている。
「ここで矛盾です! 先程お話ししましたが、ジークフリード様がパーティの日にペンをポケットに入れて持って帰ったのをわたくしは見ています」
「あ、ああ、それか、君はそう言っていたが、僕はペンを持って帰ってなんかいない、やはり君の見間違いだよ」
シャルの気迫に押されながらも、あくまで王子らしく振舞おうとするジークフリードだったが、相当余裕がなくなっている感じだ。
それにしても、このシャルの追い詰めっぷりはなんだろう?
覚悟を決めたような、もう周りの目なんてどうでもいいような態度。
いままでずっとヒロインらしくて、おとなしかったのが嘘みたい。
「はぁ……見間違いですか? では、ジークフリード様はペンを投げてもいないし拾ってもいない、わたしくがこの天冠を拾ったことも嘘だと言われるのですね?」
「そんなことは言っていないよシャル。ああ、そうだ! 最初からその場に落ちていたのではないか? そうだ、きっとそうだよ!」
自分で良い言い訳だと思ったのか、ジークフリードは久々にマントをはらった。
「はい、おかしいです!」
シャルはまた手をぱんぱんと叩いた、王子の肩がびくっと震える。
つられてロッティも肩を上げ、わたしの顔を見てふふふと笑った。
「では、このペンは誰の手からあの男性へ渡ったんでしょうか? 『最初からその場に落ちていたペン』を、誰があの男性に渡したんです? おかしくないですか?」
「それは……」
「それは……ってなんです? わざわざジークフリード様の別荘へ赴き、あの場所からペンを探して拾い、それを男に渡して放火を頼んだと? どう考えてもシャルロッテ様がそんなことをするとは思えません! それにあのパーティが行われた王家の別荘、遠すぎます!
シャルの語気がどんどん強まっていくのに反比例して、ジークフリードは首をかしげ、考えるような表情をしているばかりだ。
きっとシャルに言われたことを、頭の中で反芻しながらつじつま合わせを考えているのだろう、また口が半開きになっている。
そんなジークフリードを、シャルは冷たい目線で見つめていた。
これからが大変かもしれない……。
今はあの馬鹿王子が反論できないから順調に見える。
でも、一旦裏に入ってしまえば、ここでのシャルの証言はもみ消される可能性が大きい。
ペンを持ってきた男の証言を優先して、あとはうやむやにしてしまうなんて簡単だろう。
だってあの馬鹿は、残念ながらこの国の第二王子だから……。
周囲に誰もいないのかと思うほどの沈黙が、シャルとジークフリードの間に続いている。
口を開けて斜め上を見ているジークフリードに、シャルが更に何かを話す素振りを見せたその時、広場に集まる観衆の中から、突然黄色い声が聞こえてきた。
皆が一斉にその声の方向へ目を向ける。
いままで黙っていたロッティが「あっ」と、小さな声を上げた。
女性達の歓声と視線を受けながら、誰かがこちらに歩いてくる。
人込みの中から現れたのは、王家の証である真っ白な正装に身を包んだアインハード王子だった。
見た事が無いくらい険しい表情をしている。
続いてその後ろには、ロッティの両親であるフリューリング夫妻が、これまた苦々しい顔で立っていた。
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