フリューリング家 ◆ ロッティ
「じゃあまた明日ねエミリー、本当に楽しかったわ」
「こちらこそよロッティ、今日はありがとう」
エミリーは私に優しく抱擁して馬車に乗り込んだ。
走り出した馬車の中から、エミリーがこちらに向かって手を振り続けているのがわかる。
私も馬車が見えなくなるまで同じように手を振り、屋敷へ戻った。
部屋に入ると、先程までエミリーと一緒に食べていたお茶やお菓子は綺麗に片づけられ、机の上には新しいお茶が用意されていた。
本当にうちの侍女ったら仕事早いわね。
ソファに座り、新しく用意されたお茶に口を付ける。
それにしても、エミリーが元気になって良かったわ、病み上がりだから今日のパーティに行くのは心配だったけどいつもどおりで安心した……。
数日前、ランハート家の遣いの者から「エミリー・ランハートが本日早朝に息を引き取りました」と連絡を受けた時は、目の前が真っ暗になった……自分の心臓が止まるかと思った。
家同士の関係で友人になった子はたくさんいるけど、普通に話ができるのはエミリーだけ。向こうがどう思っているか、本心なんてわからないけど、私はエミリーを大事な友人だと思ってる。
生きていてくれて本当に良かった……。
カップをソーサーに置こうとして手が止まる。
この派手な金の装飾……ジークフリードから贈られた物だわ。
「ハァー」
一人なので、わざとらしいくらい大きな声でため息をついてみた。
くっそジークフリード、相変わらず口を開けば嫌味しか言えない馬鹿王子。
今日エミリーがいなければ揉め事になっていたかもしれない。
12歳の時に婚約して、無視されているのかと思うくらい交流がなかったのに、高等科に入った途端、顔を合わせると嫌な態度や口調で突っかかってくるようになった。
いえ違うわ、シャルロッテに会ってからね、ジークフリードがあからさまに変わったのは……。
「ハァ」
今度は無意識にため息が出た。
毎年、ペルペトゥア教会の施設から、特別試験に合格した者だけが学費免除でリーリウム学院に入学してくる、シャルロッテはそのうちの一人だった。
先生たちが口々に褒めるくらい優秀、なにより本人が勉強熱心、そして信心深い、絵にかいたような良い子。
入学式の時、代表の挨拶をジークフリードが、推薦代表の挨拶をシャルロッテがやることになって、それから誰が見ても明らかなくらいジークフリードがのめり込んでいった。
第二王子に好きな人ができたらしいと生徒の間で噂になるくらい。
あいつ馬鹿だから我慢することができないのね。
おかげでシャルロッテは、婚約者の私と名前が同じということで余計に注目を浴びてしまい、たまに校内で見かけてもいつもうつむいて歩いている。
馬鹿王子はきっと私と婚約したこと後悔してるんでしょうけど、こっちだってそうよ。
もう4年近く前か……。
12歳の誕生日、突然王家から来客があると聞かされて、せっかくの誕生日なのにつまんないなーって思ったのを思い出す。
どうせお父様に任務の話だろうと思っていた、なのに私も一緒にと、客間に呼び出された。
恐る恐る客間に入ると、目の前に金髪巻き毛で青い瞳の少年が、お付きの者をたくさん引き連れ、部屋の中央に立っていた。
「やあシャルロッテ、僕の事覚えてる? 君に会いに来たよ」
慣れ慣れしく名前を呼んだ少年は、膝をつき、私に向かって手を差し出した。意味が分からずにお父様を見ると、少し悲しそうな、困ったような、複雑な顔で微笑んでいた。
「誰?」
「7歳の式典で行われた武術大会の時、君に手も足も出なかった……って言えば思い出してくれる?」
少年は手を出したまま、顔だけを上げて答えた。五年前の式典? あ、あれか!
「思い出したわ、痩せっぽちで剣に振り回されてるのに、周りに気を使われて準決勝まで上がってきてた金髪巻き毛の王子様、なんだか雰囲気変わったね」
「こらシャルロッテ、そんな話し方はやめなさい」
お父様が慌てて私に駆け寄り、腕を引っ張った。そっか相手は王族だ、ちゃんと話さなきゃ。それにしても何の用だろ?
「申し訳ございません、えっと、私に何の御用ですか?」
「思い出せたなら早く僕の手を取ってくれないかなシャルロッテ」
とても綺麗な青い瞳が私を見つめている。
女の子みたいな顔、それに天使のような鮮やかな金色の髪。
あの時は皆がマスクをしていたからはっきりとはわからないけど、たしかにこんな顔だった気がする。
言われるがまま手を取ると、ぐいっと引き寄せられ、私の手の甲に少年が口づけをした。
「!!」
「我ジークフリード・オルターは、シャルロッテ・フリューリングに婚約を申し込むことをここに宣言する!」
突然、目の前にいる天使のような少年が大きな声を上げた。
婚約? 私がこの王子と? どういうこと?
きょろきょろ周りを見渡していると、お父様がジークフリード王子の前に跪いて頭を下げた。
「殿下、大変光栄にございます。改めましてこちらより正式な文書をお送りいたします。本日はご足労いただきありがとうございました」
その言葉を聞いたお付きの者たちは、お父様になにやら厚みのある赤い箱を渡した後、一斉に帰る支度をはじめた。ジークフリードは、もう一度私の手にキスをして微笑んだ。
「えっと、私どうすればいいのか……」
「大丈夫だよ、僕は君を見つけることができた、これは運命だと思ってるんだ。良い返事を待ってる」
たった10分にも満たない滞在、あっという間に王子たちは帰っていった。
家の者たちも皆見送りに行ってしまったので、一人ぽつんと客間に残される。
運命ですって?
あの時の小さな彼の姿を思い出すと、胸の奥が小さく跳ねた。
本当によく私がわかったわね……これって運命なのかな……。
「あーーーあの時の私、ほんっと馬鹿っ!!」
いつの間にか、過去のことを思い出していた。
居たたまれずソファから立ち上がる。
喉は渇いてるけど、あいつが贈ってきたカップで飲みたくない。
ワゴンの上に置いてあったデキャンタからグラスに水を注いで一気に飲み干した。
12歳の私、あれを運命だと思ってしまった自分にも腹が立つ……でも思ったんだもの、仕方ないか……。
「ハァ」
馬鹿王子のこと考えるとため息が止まらない。
考えても何も変わらない、婚約も破棄できない、気にしないでおくしかない。
今日は嫌な事はあったけど、エミリーと一緒に居られて楽しかった、本当に楽しかった、それで十分。
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