アインハード王子




ああ、声の主は後ろにいるのに、わたしの心の目が発光を感じている……。


横に居るロッティがくるっと振り返り、嬉しそうに笑うのが見えた。

なんて可愛い笑顔、これは良い人なのでは?


「まあアインハード、あなたも来てたのね」

「そりゃあね、第二王子主催のパーティに出席しないとまたどうでもいい噂を立てられる。


アインハード!? ああ我が国の第一王子だ!


たしか第一王子の母親が7歳の頃に逝去されたあと、側室がそのまま王妃になったのよね。

その時、側室である現王妃にもすでに子供がいて、それがあの顔だけ王子のジークフリード……。

同じ年齢の第一王子と第二王子。

現王妃の息子であるジークフリードを推す派閥と、先代王妃の忘れ形見であるアインハードを推す派閥で揉めてたんだっけ。


「ようエミリー、寝込んでたと聞いたがもう大丈夫なのか?」

「ひっ」

「『ひっ』って。アインハード、あなたエミリーに嫌われるようなことしたの?」


横にいたロッティが、アインハード王子をバンバン叩きながら爆笑している。

ヤバい、声かけられると思ってなかったから普通に変な声出ちゃった、これは振り返るしかないのか。

今日で三度目の神作画ね、きっともう平気よ。

さあ振り返るのよ!


「申し訳ございませんアインハード王子、考え事をしており、大変失礼いたしました」


アインハードに向き直り、深々と頭を下げてお辞儀をする。とりあえず目は細めておこう……よし、いくわよ! 

大きく息を吸い込んでゆっくり顔を上げた。


「くぅぅぅぅ」


声が出てしまった、耐えられなかった! 

油断してたよぉーさらっさらの銀髪だなんてっ! 

もう肌が綺麗なんてのは当たり前、瞳の色は青味がかった薄い灰色、初めて見る色だ。なんて美しいの。


母親が違うとはいえジークフリードと兄弟だもんね、顔立ちは似てる。でも、こっちのほうが唇が薄くてクール系のイケメンだーーーー!


「エミリー、俺の顔に何かついてんの?」

「いえ、もう、とんでもない、はい、男前でございます」


横でロッティがふきだした。ぎゃー本心が口から出ちゃった、ちらりとアインハード王子を見ると、王子も苦笑いをしている。


「おいおい、エミリーってこんなおもしれー女だったっけ?」


おもしれー女、おもしれー女……おもしれ……女……。

え、ちょっと! これってフラグじゃない!? 

今まで読んだ漫画では、必ず好意を持つ男女の展開になるパターンのセリフですけど!


やだ、わたしにはヘンリーという優しい婚約者がいるし……でも主役のヒロインの様子は明らかに第二王子であるジークフリードとのフラグが立ってる……てことは、この麗しいアインハード王子とわたしとの恋物語がありえるってこと?

ひー心臓が太鼓みたいにドコドコ鳴ってるーーどうしよーーー。


「ちょっとアイン! 私のエミリーのことそんな風に言わないでよ。そもそもあなたが急に来たからびっくりしちゃったんでしょ」

「ああ、すまない」

「あと、私の屋敷のお茶にアインは招待しません。エミリーと女の子同士で話があるの、それに第一王子なんて連れ帰ったりしたら大騒ぎだわ、ねーエミリー」


ロッティがわたしに腕を絡め、声を上げて笑っている。まるで猫に抱き着かれたかのようにふわふわだ。

それになんて可愛い声で笑うのかしら、わたしまでなんだか幸せな気分になっていく。


「あっちで揉め事があったと聞いたから、気になっただけだよ」

「あら、揉め事なんかあったっけ? 馬鹿王子のことなら揉めてないわよねエミリー?」

「ロッティ、馬鹿は駄目よ、馬鹿は」

「はいは……はーい」


素直に返事をするロッティを見て、アインハード王子はクスっと笑った。


あっ! この優しい視線、愛おしい人を見つめる少し憂いがある感じ……!

これは、わたしとのフラグなんて全然なくて、ロッティのことが好きなの? って絶対好きだ、好きなやつだ!!

でも待って、第一王子は攻略対象のはず。こんなことあり得るのかな……。

そっか! シャルは今、あの顔だけ王子とフラグが立ってるからルートが違うのか……んーまあ一応注意しておかなきゃいけないわね。


「じゃあ俺は一人で屋敷に戻るよ」

「そうしてくださいな、第一王子様」

「では、シャルロッテ嬢、エミリー嬢、良い一日を」


アインハード王子は、スマートにお辞儀をしたあと、笑顔で手を振りながら門の外へ出て行った。

くぅー去っていく姿も格好いいー、キラキラのエフェクトが見えるようだよ。

ふと、会場の女性たちが、さっきとは違った視線でこちらを見ていることに気がついた。


そっか、アインハードは第一王子だけどまだ婚約者がいない、それにあの格好良さ、皆が狙ってるんだ……。

しかも話しかけた相手がロッティだもんね、ひそひそ話をしている人達もいる。

なんだかずっと嫌な感じ。


「エミリー、私達も行きましょ」


周りの様子をまったく気にしていないのか、こういう状況には慣れっこなのか、ロッティはわたしと腕を組んだまま馬車の方へと歩き出した。


それにしても、アインハード王子とロッティは本当にいい雰囲気だった。

こっちが婚約者なら何の問題もなさそうなのに、どうして第二王子のジークフリードなんだろ……。

違う、そういうシナリオの中なんだ、あまり考えたくないけどアインハード王子と婚約していたとしたら彼が豹変していたかもしれない……はぁ。


きっと壁際に残された二人は、今頃イベント発生でラブラブしてんだろうなあ。

なんか嫌な気持ちしかないわ……それにしてもジークフリード王子!

想像の上を行く感じの悪さ、そりゃ驚くほどのイケメンだけど、あんな態度取られると百年の恋も冷めてしまう。

これからあの顔だけ王子のことも避けなきゃね。


横を歩くロッティを見ると、さっきと違い楽しそうな表情をしていた。

二人で一度も会場を振り返ることなく、まっすぐ門を出て馬車に乗り込んだ。


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