ジークフリード王子 2





最大の目的? なんだっけ? 


ピンとこないわたしに、自分の胸元を指さすロッティ。

そこには寄付金を書くためのカードが挟まれていた。


今日は年に一度行われる大規模な義援金パーティ。

でも、わたし達は未成年だからカードは自宅に持って帰れなければいけないはず……。


「ちょっと待ってて、すぐ終わらせる」


ロッティはわたしの眉間をちょんっとつついて、ジークフリード王子とシャルがいる壁際に戻っていった。

会場の貴族たちが息を詰めてロッティの背中を見つめているのがわかる。


駄目だ、一緒に行かなきゃ!

慌てて速足で歩くロッティの後を追いかけた。


二人の前に戻ったロッティに追いつくと、顏だけ王子と目が合ってしまったので、仕方なくもう一度頭を下げる。

王子は身構えるようにしてシャルの前に立っていた。


ああ顔見るだけでやっぱムカつく。

そんな二人の様子を特に気にすることもなく、胸元からカード、そして小さなポーチからペンのようなものを取り出したロッティは、ポーチを私に手渡した。


「エミリーごめん、これ書きたいから、このポーチを台にしてくれない?」

「こうかしら?」


ポーチをまっすぐにしてロッティの前に差し出すと「ありがとー」と、その上にカードを乗せた。

ペンのキャップをはずして、さらさらっと金額を書きこんでいく。

ロッティが持っているペンは万年筆によく似ていた。


たしかこの世界には、付けペンと鉛筆と絵具くらいしか筆記用具がないはず。

紺色の軸に金色の細工が施してあって漆塗りに似てる。


さすがフリューリング家の令嬢、めずらしい物を持ってるのね。ブルーのインクもとても綺麗。

天冠に描かれている花、マグノリアはロッティの紋章かーほんと素敵。

しかもロッティ、字がとても綺麗だわ、って、え??

目の前でさらっと書き込まれた金額に目を疑った。


「え!?」

「ん?」


金額を書き終えたロッティは満足そうに微笑んでいる。

今書かれた金額は1万ルーン、わたし1000ルーンさえ見たことないよ! 


カードとペンをひらひらさせながらロッティはジークフリード王子に近づいた。


「まだ何か用があるのか?」

「はい、どうぞ『ペルペトゥアを信じる全ての者に幸福が降り注ぎますように』では!」

「なんだこれは!」

「なんだ? って見ればわかるでしょ、記入もサインもしてあるわ、私は今日フリューリング家代表として来ているの、お父様の証書見る? 面倒くさいなーもう」


ジークフリード王子は、記入された金額を見て眉をひそめた。

義援金パーティで集めた寄付金はもちろんすべて寄付されるが、その総額で自分の力を見せつけることができる。

王位継承権を持つ第二王子としては、この金額に文句はつけにくいところなんだろう。


それにしても、ロッティは口は悪いけど普通に話してる。なのに、王子の方は最初から喧嘩腰なのが本当にムカつく。


「フリューリング家からの寄付、受け取っておこう」


ジークフリード王子はバサッとマントを翻した。

その言葉に、王子の後ろにいたシャルが頭を下げた。


「はい、じゃあ帰りまーす、あそうそう、あそこにいる楽団とテーブルの生花、誰も手を出さない晩餐会みたいな料理、後で子供たちにあげるにしても多すぎるケーキ類をもっと減らして、その分寄付金に回せば今日のパーティは成功だったわね、じゃあね王子様」


良く通るロッティの声、耳を澄ましていた貴族たちはうつむくように視線を逸らす。

シャルは口に両手を当て、目を見開いた。

ジークフリード王子の顔はみるみる真っ赤になっていった。


「エミリーおまたせー」


ロッティは弾むようにこちらに駆け寄ってきた、なんだかすっきりとした表情をしている。

残された王子はカードを握りしめ、その場で立ち尽くしていた。

カードがぐしゃぐしゃになるくらい拳に力が入っているのがわかる。

後ろで立っているシャルは、どうすればいいかわからない様子で無言のまま王子を見つめていた。


あんなに可愛いシャル、王子のあんな態度を見て何も思わないのかな。

あーそっか、ヒロインは恋に落ちてるから、自分を守ってくれたと思ってるのか……残念すぎる。


今日のロッティの態度を見ていると、強がりなんかじゃなくて、シャルどころかジークフリード王子のことをなんとも思っていないように感じる。

これからどうなるんだろ……。


いや、ちょっと待って。

実はロッティがひくほどのツンデレで病みキャラ設定だったりとか……そんなことないよね……。

うわあ、想像しただけで背中がゾクゾクするー。


「エミリー、エミリー!! おでこ!」


気づくと、既に会場の入り口近くまで歩いていた。

心配そうな表情のロッティが私の顔を覗き込んでいる。よほど眉間に皺を寄せていたらしい。


「あ、ごめんなさい」

「どうしたの、また頭痛くなっちゃった? 大丈夫?」


美しい瞳が心配そうにに揺れている。

こんな綺麗で優しい子が病みキャラなわけない、もちろん悪役令嬢でもない!


「ううん大丈夫よ、ありがとう」

「そうよかった、ねえ、口直しにうちに来てお茶しない?」

「そうだな、いいアイデアだ」


え? なにこの低音イケメンボイス……。

今、急に後ろから聞こえてきた……この声は、ジークフリード王子の声とは違う。

でもあきらかにこれ、主要人物の声だよね!

しかも、振り返ると絶対目がつぶれちゃうやつでしょ! 後ろを見るのが怖いー!


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