フリューリング家の帰り道 1
ああ、もう見えなくなっちゃった……。
全開にしていた馬車の窓を閉めて、姿勢を正す。
きゃーフリューリング家でロッティと二人でお茶してしまったよー!
薫り高いお茶に美味しい焼き菓子、そして目の前には美少女! 至福の時間すぎたー。
しかも、貴族のお家訪問というイベント!
潜んでいた芽衣子が口から飛び出しそうになるほど興奮してしまった。
大きな門に玄関まで続く長い道。
広い玄関ホールのあらゆる場所に花が飾られ、調度品も装飾性が高いものばかり。
フリューリング家は事業に成功していて、下手な王族より資産があると言われてるだけあって、まるで美術館を歩いているようだった。
ロッティの部屋は白を基調としたシンプルな部屋。
ぬいぐるみがいくつか置いてあって、可愛いところを知ってしまったのが最高だよー。
慈善パーティでジークフリードが顔だけのがっかり王子だとわかったけど、そんなの吹き飛ぶくらい!
……って吹き飛ばないや。
ロッティとのお茶は楽しかった、それでもあいつがムカつくのは変わらない。
アインハード王子のほうが何十倍も格好良かった。
そして、もう一人のシャルロッテにもとうとう会ってしまった、シャルって呼ばれてたな。
これもまたとろけるような可愛さで、さすがヒロインと言わざるを得ない感じ。
顔だけ王子の態度を見ると、完全に婚約破棄フラグ立ってるみたいだから、溺愛されてるとこなんだろうなあ……。
「はぁぁ」
おっと声が出てしまった。
ここはフリューリング家の馬車の中、しかもロッティ専用の馬で屋敷まで送迎してもらっている。
この馬車、ふかふか具合が半端じゃない、下手なソファより気持ちいい。
資産がある侯爵家の一人娘、美人で気が強くて成績は優秀、ロッティってば悪役令嬢のテンプレそのものだ……。
んーそれにしてもずっと何かが引っかかってる。わたし、何か大事なこと忘れてる気がするんだけどな、なんだろう。
馬車の中は車輪のカタカタという音だけが響いていた。
カーテンを開けると、やわらかい陽が差し込む。
『ふたりのシャルロッテ』は、芽衣子が死ぬ前に届いたゲーム、残念ながら完全に未プレイ。
まあその外装フィルムに滑って転んだわけだけど、タイトル画面くらい見たかったなあ……。
「あ!」
やだ、そうだ、思い出した!
ゲームはやってないけど特典ムービー少し観てた!
しかもジークフリード王子篇のネタバレ踏んだやつだ、あああ今思い出すなんて!
そういやあいつなんか言ってた、なんだっけ……。
感動的な音楽が流れていて、そうそう教会の前で、えーっと『……嫉妬のあまり……教会に火をつけるとはなんと最低な女だ』って……。
そうだ放火だ、火をつけたって言ってた!
ちょっと待って、教会って多分シャルが育ったところよね……。
でも背景が教会だったってことは燃えてない……未遂に終わったの?
いや、そんなことはどうでもいい。
あのシーンは婚約破棄を宣言されるシーン……てことは、ロッティが教会に火をつけようとする!?
え? ありえないんですけど。
――ガタン
馬車が少し揺れた。
窓から外を見ると、その婚約破棄の舞台になるであろうペルペトゥア教会が遠くに見えていた。
ロッティがシャルに嫉妬って、全く意味が分からない。
それにロッティが教会に行く機会なんてあるの?
流れる景色の中、さっきよりもペルペトゥア教会に馬車が近づいている。
行っても仕方がないけど、無性に教会に行きたくなってきた、どうしよう……。
我慢できず、客室と御者台の間にあるガラスをノックした。
馬車はゆっくりとスピードを落としながら停車し、フリューリング家の御者が窓を開けた。
「いかがなさいましたかお嬢様?」
「申し訳ないのですが、少しだけペルペトゥア教会に行ってもらえますか?」
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