第3話 お手

「げっ…風呂、結構人いんじゃん…」

「僕ら、最後の方かもね。」

「どこかの誰かさんのお陰でね。」

どこかの誰かさんは、何も知らないかのように、外を見た。

「はあ…明日から、本格的に何か色々始まんだろ?ダリィー…」

「もうここまで来ちまったんだ。諦めて受け入れろよ。」

細田は大袈裟に溜息を吐いた。

「まあまあ、そんなこと一回忘れよーぜ。」

浅桐がそう言って、浴場への扉を開けた時だった。

「っせぇッーー!」

「っぐふぉっ…!」

「浅桐ッ…!?」

浅桐に向かって、ガタイの良い男がぶっ飛んできた。

亜義アギ…。もうお前、殺していいか?」

すると、中から金髪のツーブロック男が出てきた。

ガク…!止めなよ…!」

更に、別の男が来た。

「黙れ上総カズサ…。もう我慢ならねぇ。」


「神間…これ何事?」

「わかんねぇ…」


「ったく…」

ぶっ飛んできた男が、起き上がる。

「フザケやがって…」

「何だよ、死んでなかったのか。」

「死ねや…学ゥッ!」

「あ、浅桐ィッ…!」

男はツーブロに浅桐をぶん投げた。

「ふん、当たるか。んなの。」

ツーブロは、さっと浅桐を避けた。だが、

「んなのは囮に決まってんだろうがよォ!?」

「なッ…」

ツーブロの頬に拳がめり込む。

「るがァッ!」

「ハハハハハッ!ざまあ無えな学!」

「亜義ィ…糞がッ…。」

「ああぁ…ああぁ…どうしよ…どうしよ…」

渾沌とした光景が辺りに広がっていた。

「死ねぇやぁぁ!」

「テメェェがなあぁ!」

目前で殴り合いが繰り広げられる。

「グフォッ…!」

「ガッァアァ…!」


「神間、止めてこいよ…あの2人。」

「正気か?サンドバックになる末路しか見えねぇぞ。」

「んー…」


その時だった。

「んあぁッッ!」

ツーブロの後ろにいた奴が咆哮ほうこうを上げる。

「「んあ?」」

「止めろってばッ!」

「グフォッァ!」

男がツーブロに回し蹴りを食らわせる。

「ちょ待ッ…かz…ズゥッァッ!」

今度はガタイの良い方の鳩尾みぞおちに前蹴りを深く食らわす。

「ふぅぅっ…って、あれ?大丈夫…?」

「クカカカッ…!」

「ウゥゥゥッ…」

俺が見るに、多分大丈夫ではない。

「うっ…何だったんだ。」

すると、浅桐が起きた。頭から血が流れているが…。

「あっ、大丈夫…?」

「いや、全然。」

そりゃそうだ。

「そもそも誰だよ、お前ら。」

細田がビビりながら言う。

「あ、えーと。俺は遊坐ユザ上総。酒匂サコウヒガシ高って所から来た自能者志望。」

「ん?自能者志望?今って、契約者だけの時間じゃねぇのか?何で、自能者がいんだ?」

「え?」

「あん?」

「俺ら、間違えちゃった…?」

「いや、間違えてねぇ。」

壁の貼り紙を見ていた善養寺が言う。

「ん?」

「今は、自能者と契約者の時間なんだ。風呂場広いから、2つずつなんだろ。」

「成程。」

「んなことより、遊坐。この2人は?」

「嗚呼。同じ酒匂東の奴で自能者志望なんだけど…。このゴツいのが村田ムラタ亜義。こっちの金髪は、荒木アラキ学。こいつら、昔から馬が合わなくて、よくお構いなしに喧嘩を始めるんだ。」

「へ、へぇー。」

「ウゥ…」

村田が起きた。

「亜義。目覚めた?」

「上総…まあな。」

「アァ…」

荒木も起きた。

「2人とも、もう出よう。」

「でもよ…」

「でも…?」

遊坐が目で村田を威嚇する。

「いや、何でもねぇ…」

「ほ、細田。俺らはさっさと入ろう。」

「だな。行くぞ、善養寺。」

「おう。」


迷惑をかけた人達に謝罪しながら、俺達は着替えていた。

「ん?おい、亜義。それどこの制服だ?」

「さあ?何か『足』って漢字が入った校章が刺繍されてるけど…。」

「それ、足良木アシラギ高校だろ。」

「知るか。」

「あ?」

「ったく、もう…」

亜義はよく負かした喧嘩相手の制服を奪って着ている。だから、ウチの制服を着ている姿を殆ど見ない。


「おい。」

珍しく資料をちゃんと読んでる細田が呼びかける。

「何だよ。」

「あの遊坐と村田と荒木って奴、特待生だぞ。」

「え…。」

「世の中、よくわかんないな。」


「賑やかっすね。」

「相変わらず耳がいいな。」

どっかで騒いでる学生達の声を耳にしながら、妖が入った檻を指定の場所にセットしていく。

「俺らの出番って、午後からですよね。」

「嗚呼。」

「何でこんな早い時間なんすか。」

「まだ言ってるよ…」

「だって、寝てたいんすよ。」

「はあ…。知るか…。」

「橋詰さんは、眠くないんですか?」

「ねみーよ、ねみぃ。」


「ふらけるな…オヘがさいきょーら…」

細田は寝ぼけて何言ってるかわからない。浅桐も朝に弱いのか、寝癖が少し目立つ。善養寺は特に問題なさそうだ。俺は、まあまあだ。

「ここロコらよ…」

「さあな。」

俺達はよくわかんない放送で、取り敢えずこの「第3訓練場」に朝から来た。俺達、と言っても、契約者だけだが。

「ふあぁ…何すんだ。ここで。」

「…」

「さあな。」

マジで何すんだ…?


「お、来てる来てる。」

「皆、早いのに偉いね。」

その時、2人の男が来た。

片方は黒スーツに顎鬚あごひげを生やした丁髷チョンマゲ男。しかも、顔にデカい傷があった。もう片方は、着流しに羽織を着た、飄々ひょうひょうとした雰囲気の若い男。

「斎君、元気だった?」

「えぇ、まあ。」

「うん!なら、良いんだ。」

着流しの男が、琉子に話しかける。

「爽ちゃんは?えーと…あ。いたいた。」

「雲野さん…」

「やーやー。爽ちゃん。」

「よお、爽真。」

今度は、善養寺に話しかける。

「善養寺。知ってるのか。この人達…。」

「…嗚呼。」

善養寺がゆっくり口を開ける。

「2人とも、妖師だ。」

口角を上げた2人の背後から、妖怪が現れる。

「うおっ…」

「何もビビらなくても良い。こいつらは、無駄に暴れたりはしないから。」

丁髷男の後ろには、黄緑色のヘドロを被ったスライムみたいなのが、着流し男の後ろには、何ともいえない色の鱗に塗れた一つ目の細長い蛇みたいな奴がいた。

「しかも…」

善養寺が呟く。

「ん…?」

「妖師としての序列は二人とも『イタダキ』だ…。」

「なっ…」

異交や妖怪、式神なんかは、六段階の序列に分かれる。全ての種類においては、上から「ツイキュウナカハジメジョ」という呼び方が存在する。中でも、妖師に限り、上から「頂・カミ・中・ハラフモトシモ」という呼び方がある。また、妖師と妖怪を併せて、総合的に評価した序列なんかもある。因みに、功名な妖師は死後100年経ったら、「模原」という位が与えられることもある。

「まあ、橋詰さんは、油海ユカイの序列が始だから、総合的に見ると、上になっちゃうんだけどな。」

「爽真。そういうことは言わなくていい。恰好が付かなくなる。」

「ははっ、すんません。」

「で。何でそんな人達がここに?」

「嗚呼、待て。今から説明する。」

そう言うと、2人は檻の様な物の前に立った。

「俺は橋詰ショウ。」

「俺は雲野蒼海ソウカイ。」

「俺達2人は、連合から第1の試練に必要な或るモノの準備のために来た妖師だ。」

「聞いてるっしょ?試練のコト。」

「…」

皆黙った。だが、皆試練のことは知っている。初日のだるい説明で聞いた。月1の試練。だが、その内容までは知らない。

「あら?聞いてる?」

皆、脳で思考を張り巡らしている。

「…まあ、良いか。」

雲野が橋詰に目線を送る。

「簡単に言えば、第1の試練ってのは、妖怪を手なずけろってこった。いや、対等の立場だから、それは違うか…。まあ、取り敢えずそんなとこだ。」

「つー訳で、ログインボーナスとして、妖怪を一人一体プレゼント!気に入った奴選びな。」

「え…?」

「あの檻には、妖怪達がいる。そこから、相棒選びな。ま、そう言っても契約できるかは、妖怪むこうが気に入るかの問題だがな…。」

「契約…」

「一期一会だ。この先、ずっと過ごすんだからな、そいつと…」

こうして、俺らの妖師への道のりは本格的に始まっていく。

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