第2話 水を差す

「いや、だから、お前を起こしたら、悪いと思ってだなぁ…」

俺は自分を差し置いて、女子とイチャ付いていると思っている細田に必死の説得を試みた。

「おいおい神間ァ…おメェ俺様と何年の仲だァ?普通に考えて、睡眠より女だろォーが…」

「いや、だってさ、女子いると思わんかったからさ。な?」

「たっく、しょーがねーなー…ま、あの部屋行く前の謎の長ったるい説明した先公が諸悪の根源だしな。」

この馬鹿は気が短いのが難点だが、許すのも早くて、良かった。

「つーか、それ美童の制服じゃん。え、何組よ?」

浅桐が志熊に訊く。

「A。」

「嗚呼、見覚えないと思ったら。俺、F。」

「おい、眼鏡…!俺が話すよりも先に女子と話を弾ませるではない…!」

「眼鏡じゃねぇよ、浅桐だ。」

「アサギリ?眼鏡と何が違うんだ?」

「はあ?お前馬鹿なのか?」

俺も一瞬細田の言っている意味がわからなかったが、

「プハハッ。そういうことか。」

「あ?わかったの!?」

「流石だ。神間ァ。」

「コイツ、浅桐を眼鏡の一種だと思ってやがる。」

「は?」

「多分、さっきのを『コレは眼鏡じゃなくて、浅桐っていう物だ』っていう風に捉えたんだな。」

「あ?違うの?」

「違ぇよ!僕の名前が浅桐なんだよ!」

「あーね。」

「悪ィな、浅桐。ソイツ時々突飛なことを急に言っちまうんだ。」

「なー、もう18時半だぜ?一旦戻ろうぜ。」

島原が矢代達に提案する。

「そうだね。ココ、時間厳しそうだし。」

「「「「じゃーねー。」」」」

「おう。」

「そ、そんな…まだ、何も話してない…。」

細田が全身を震わせて嘆いてる。

俺が肩をポンと叩くと、細田は静かに膝から崩れ落ちた。

うん、やっぱ心配の種でしかない。

「アイツら、あんなこと言ってたけど、何かあったっけ。」

善養寺が訊く。

「あ、後30分で夕食なのか…。」

時計を見ながら、浅桐が呟く。

「そっか、じゃ行くか。」

俺達はそのまま食堂へ向かった。


「おいおい、広過ぎだろ…」

「まあ、あれだけの人数を入れるんだから、必然といえば必然?」

横並びの4人席のテーブルが、無数に並んでいる様は、食堂というより、宴会会場か何かの方が近いと思う。

「席ってどこでも良えの?」

「さあ?」

「あ…座席表あったぞ。」

「ぉん?」

俺は席に着くと、前の席に座ってる奴に気が付いた。

「細田、おい。」

「何だよ。」

声量を下げる。

「前の、琉子…じゃねぇか。」

「あの、さ…さえ…あー…オッサン本部長と話してた奴か。」

「三枝な。識名学長のことも知っているっぽいし。」

「嗚呼、識名学長なんて俺でも名前知ってるからな。」

「…」

いやいや、異沓生が識名学長を知らないなんて、ミステリー作家が、江戸川乱歩を知らないようなモンだぞ…。


識名皇城コウキ

異交連合の顧問にして、異沓訓練校の学長。その肩書に恥じず、異交としての実力は世界でもトップクラスと言われている。何より、複数の種類の力を使うことが出来る超越者の中でも最高峰の全跨ゼンコ師の一人である。


琉子アイツも妖師なのか?」

「多分そうだ。」

善養寺が答える。

「何だ?知り合いなのか?」

「いや、さっき座席表を見たら、妖師って何か書いてたから。ここにいるのは多分、妖師とかの契約者志望だろ。」

「成程。」

「え、てか、契約者志望だけでこんだけいんのかよ。」

細田が驚く。ちゃんと資料見とけよ…と思っていると、

「アア、ソノ通リサ。資料ヲ見テナイノ?」

「いや、ちゃんとは…ん。誰だお前?」

声をかけてきたのは、後ろの席の奴だった。金髪青目…明らかに日本人じゃねぇぞ…。

「Oh…Sorry…ボクハPaul Sanchezポール・サンチェス…ヨロシクネ?」

「え?この学校って日本人専用じゃねぇの?」

「アー…ボク、本当ハアメリカノ学校行キタカッタ。ダケド、人ノ数イッパイデ日本行ケッテ言ワレタ。」

「へー。意外といるんだな。異交になりたい奴。」

「まあ、実際ウチらも1種類100人、計400人いるしな。」

「てか。ポール…?日本語結構喋れんの?」

「マダマダ全然ダヨ。日本ニ来テソンナニ経ッテナイシ。」

「まあ、まだぎこちないな。でも、そんな経ってないで、それなら上手い方じゃない?よくわからないけど。」

「ソー言ッテモラエテ…ルト…?ウ、ウレシイヨ。」

「ははは…」

発展途上の日本語を聞いてると、前菜が届いた。

「あはっ。ようやく飯だッ!」

細田が小学生みたいに目を輝かせる。

「ったく…」

その後、夕飯を済ませた俺らは眠いとか言って、動こうとしない細田を引きって、部屋に何とか戻った。


「あ…」

細田をベッドに投げ捨て、一息ついた時、浅桐が資料を見て何かに気付いたようだ。

「ハァ…。どうした?」

「いやさ、さっき言ってた琉子って奴、特待生だぞ。契約者の所の。」

「な…!?マジか。」

特待生。異沓生の中でも特に優秀な各8人、計32人が、選ばれる。大抵は、大物異交の親族とかが選ばれる。

「琉子の奴、識名学長の話してたし、識名学長の親戚とかそんな感じか。」

「だとしたら、只者じゃあないな。」

「そんな凄い奴だったのか…」

「うぉっ…細田…」

コイツ、何で起きたんだよ。

「だったら、あの時ボコしときゃ良かったぜ。そしたら、俺が特待生だったのによ。」

有り得ないと思うから後悔しなくていい、だなんて、口が裂けても言えない。

「あれ?善養寺は?」

「え?」

善養寺のベッドはもぬけの殻だった。

「あれ…さっきまでいたのに…」


「はい、はい。了解です。」

「…斎月サイゲツ。久し振りだな。」

肌寒い夜の下、俺は斎月と会えた。

「…善養寺。何しに来た。もうすぐ入浴時間だろう。さっさと帰れ。」

「すみません、後でかけ直します。」

斎月はスマホをポケットに滑り込ませた。

「誰からの電話だ。」

「そういうのは、こっちの質問に答えてからにしろ。」

「連合か?それとも…陵夢リョウムさんか?」

「…」

「わかったわかった。そんなムスッとすんなよ。俺が会いに来たのはな…皆無カイムの件だ。」

「流石に耳にしたか…」

「ふっ…何て言い草だよ。特待生かどうかで情報の伝達量が変わっちまうのかよ。」

「…」

「わかってんだろ、もうすぐ連中が動き出す。」

「嗚呼、無論だ。南原ナンバラ先生が情報戦でお前に負けとるとでも?」

「成程…」

「さ、俺はもう部屋に戻るぞ。」

そして、斎月は俺の耳元に近付くと、

「明日、妖の搬送で、橋詰ハシヅメさんと雲野クモノさんが来るらしい。」

「へー、そりゃ初耳。良い情報、ありがとな。」


「アレ?お前らもう風呂行くのか?」

「もう。じゃねぇよ。逆にまだかと待ってたんだぞ。お前のこと。」

「え?あ、すまねぇ。」

「気にすんな。行くぞ。」

「おう。」

「…!?痛ッ。」

「善養寺…女じゃあ…ないよな?」

「違う違う。散歩だよ、散歩…!」

「本当だな…?」

「マジだよ、マジ!」

「なァら良いんだー…。」

…アイツの握力恐ろし過ぎたろ…肩なくなるかと思ったぞ…。

「おい、どーした、善養寺ィー!」

「んあぁ、今行く!」

にしても、橋詰さんと雲野さんか…


「橋詰さん、斎君に会うの、お久だよね。」

「そうだな…まあ、俺らはそれどころじゃないし。」

「でも、育てた芽の今後の活躍が、これからに影響しますよ。」

「それもそうだな。」

「てか…」

「ん?」

「何でこんな夜中に化物運ばなきゃいけないんすか?眠くてしゃあないんですよ。」

「知るか…」

「そんなぁ…」

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