22

____決行は今夜、少数精鋭で行く。




 綿密に打ち合わせを重ねて、遠山にも、ようやく息をつく時間が与えられた。


 そんな、彼の内心は浮かない。


 緊張による気疲れもあったが、要因は別のところにあった。



(真咲みどりは、どうして盗みを……。

 そもそも、彼は何を盗んだ?)



 作業的にコーヒーを啜る。

 心なしか、ぼんやりとした味だった。


 隣では、伊沢がいちごオレを飲んでいる。



「よくブラックが飲めるッスね、スゲェ」


「……苦いくらいが、丁度良いので」


「まぁ、そんなにぼやぁーとしてたら、苦さも分からなそうッスけどね」



(……バレてるのかよ)



 決まりが悪そうに、遠山は再び缶に口付けた。

 相変わらず、味に集中できそうにない。



「……そんなに気になるなら、直接聞いてみればいいじゃないッスか」


 伊沢は半ば呆れた様子だ。



「……しかし、聞くと言っても……」



 今まで、遠山はみどりとの面会は成立した試しがない。


(無理矢理話を聞き出すのは、違うだろうし……)



「オレは意外と大丈夫だと思うッスけどねぇ」



 楽観的な彼に応えるように、遠山の携帯が震えた。







(……噂をすれば、影というのか?)


 ちょっと違う気がしながら、遠山は、再び病院を訪れていた。



『遠山、さんですか……?』


 先ほど、携帯越しに遠山の名を呼んだのは、真咲みどり本人であった。



 いつ、遠山の電話番号を知ったのか?

 どうして、遠山を指名したのか?


 いくつか疑問が浮かぶものの、取り敢えずみどりの〝話したいことがある〟という言葉を信じて、呼び出しに応じることにしたのだった。



 子供泣かせの自覚がある遠山としては不安しかなかったが、幸い「やっぱり無理です!」と号泣されることもなかった。



 頭から毛布を被った状態で、少年は初めて遠山を、自らの病室に招いた。



「……はじめまして。

 真咲みどりです」


「あぁ、俺は遠山或斗。

 好きに呼んでくれて、構わない」


「は、はい……」


「……」



 お互い、あまり対人能力が高いという訳ではない。

 早々に気まずい沈黙が彼らを襲った。


 少し時間をかけて、先に沈黙を破ったのは、遠山だった。



「すまない。


 俺はあまり話す能力に乏しい。

 生まれつき目つきが悪いから、ひょっとすると睨んでいるように見えるかもしれない。



 だが、決して怒ってる訳ではない……」


「……」


「……急にこんな話をしても困るな。

 悪い。えーと……」



 なんとかコミュニケーションを取ろうと、忙しなく無意味なジェスチャーを繰り返す遠山に、相手はいつの間にか噴き出していた。




「ごめんなさい。

 貰った手紙の雰囲気と、本当に同じだと思ったら、安心しちゃって……」


「……手紙?」


「あの、昨日の朝、遠山さんが手紙を……。

 僕、それで、遠山さんとお話したいと思って……」



 ……遠山には、覚えがない話だったが、ここは曖昧に頷いた。


 みどりはそれを肯定と見做したらしく、見えた口元はふにゃっと緩んでいた。



「……あの、僕の話を聞いてくれませんか?


 僕、悪いことをしてしまって、多分そのせいで、皆さんにご迷惑をおかけしてしまっているんです」



「もとより、俺は君の話を聞きたいと思っていた。

 だから、此処に来たんだ」


「……ありがとうございます」


 そうして、少年は勇気を振り絞りながら、少しずつ告白をはじめた。





◆ ◆ ◆ ◆



 僕は、転校先の学校で、所謂いじめを受けていました。



 そこでは、服を汚されるような目に遭ったり、時には暴言や暴力を受けることもありました。


 ……最初の頃は、この程度へっちゃらだと、自分に言い聞かせることで、耐えてました。

 親にはバレたくなかったというのもあります。



 でも、段々辛くなってきてしまったんです。



 その頃、相手からお金を持ってくるように言われるようなりました。


 持ってこないと酷い目に遭うので、僕は段々心が折れてきて、つい、自分のお小遣いを渡してしまったんです。



 その日はあまり嫌な目に遭いませんでした。



 どうやらお金を渡すと、相手の機嫌が良くなっていじめが少し優しくなるようだ。

 僕はそう思ってしまったんです。


 だから、それから、お金を渡すようになりました。



 でも、だんだん要求される金額が増えてきて、自分のお小遣いも、貯金もすっかりなくなってしまって。



 だから、つい、手を出してしまったんです。



 両親の財布から、お金を抜き取って、それをいじめっ子たちに渡しに行ってしまいました。



 その帰り道、不思議な着物姿の女の人に会って……。


 女の人は僕を責め立てていました。


 僕はそれで、僕がこんな目に遭ったのは、自分のせいだって気づいたんです。



 だから、今の状況は自業自得なんです。




 それなのに、御迷惑をおかけして、ごめんなさい。



◆ ◆ ◆ ◆




「本当は早く話すべきだと思ったんです。

 でも、いじめられていることを誰にも言いたくなくて。


 それ以上に、間違ってるって分かっていたのに、盗んでしまった自分が恥ずかしくて、それがバレて嫌われたり呆れられたりするのが、怖くて。



 ……ごめんなさい」



 頭を下げて、そのまま俯いてしまったみどりに、遠山が口を開いた。



「確かに、君は良くないことをしたかもしれない。


 でも、このまま隠しておくことだって出来た筈なのに、君は話してくれたじゃないか」



 遠山は、少しぎこちない笑みを浮かべる。

 どうにか目の前の、傷だらけの少年の、力になりたかった。



 今度は遠山が、頭を下げる番だった。



「本当は、気づくべきだった俺たちが、君に謝らないといけないんだ。


 ……君は、ひとりで、懸命に頑張っていたんだな。


 ……もう大丈夫だ」



 みどりが仕切りに目元を拭い始める。


 落ち着くまで、遠山はただ少年の隣で「大丈夫だ」と声をかけ続けた。







 少し時間をかけて、再び空気が落ち着いた。


 名残惜しいが、時間である。

 そろそろお暇しようと、遠山は腰を浮かせる。


 その目線の先に、見慣れたドロップ缶が目に入った。



「サガミドロップス……」


 思わず呟くと、「あ、これ」と、みどりが近付いて缶を手にとった。


「昨日遠山さんに貰ったやつです。

 美味しくて、ついついもう結構舐めてしまってて……。


 あ、えっと、ご馳走様でした」


「あ、あぁ、……そうか」




(……そうだったのか)


 この時、遠山は自分の名を騙った手紙の、本当の差出人に気付くことができた。





「それじゃあ、また見舞いに来るよ」


「はい、えっと、ありがとうございました」


「……あぁ」




 病室を後にすると、遠山は少し早足で移動を始める。


 実行に備えて、準備を始めなければならないからだ。



 ……幸い、で、遠山はようやく集中して作戦に取り組めそうだった。

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