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「色々とありがとうございました」

 

「お大事にッス」

 

 

 

 伊沢の言葉に、白石はまだ赤い目元を緩ませて応えた。

 開けた窓から遠山も声をかける。

 

「君の証言を聞かせてもらったからには、すみやかに対処させてもらう。

 また、何かあったら、すぐ教えてくれ」

 

「はい……。

 本当に、本当に、ありがとうございました」

 

 

 彼女が一軒の民家に入っていくのを見届けてから、遠山は深くため息をついた。

 

 

(お礼を言われることは、まだ何もしていないんだがな……)

 

 

 いじめというものは、身近に起こり得る分、犯罪という意識が薄くなってしまうのかもしれない。

 喧嘩とは明らかに違う、ただ一方的に相手の心と体も追い詰める行為は、決して見過ごして良いものではない。

 

 思考につい耽ってしまい、注意が疎かになっていた遠山は、助手席のドアが開く音に、ビクッと肩を揺らした。

 

 

「隣、良いッスか?」

 

「……どうぞ。

 すみません、すぐ出します」

 

「すげぇ眉間に皺よってたッスよ?」

 

「……少し、思うところがありまして」

 

「そうッスか」

 

 

 まぁ、よくある話ッスよね、残念ながら。

 と、伊沢は、ドアにもたれて頬杖をついていた。

 

 

「真咲みどりは、どうして怪異に巻き込まれたんでしょうか?」

 

「ん~?」

 

「……伊沢さんの言う様に、被害者達が、皆何かしらの犯罪に関わっていたとして。


 それと、先ほどの話から真咲みどりの人物像とは、結びつき難いというか……」

 

「……どんな人間も、いつまでも折れないって言うのは、難しいッスよ。


 苦しくて、辛いことに曝され続けたら、助かりたいと思うのは自然じゃないッスか?」

 

「……?」

 

「少なくとも、さっきの話を聞く限り、真咲みどりには、ひとつだけ動機があったッスよ」

 

 

 少し走らせた先に、公共駐車場があるのが見える。


 商店街が目的である人は、どうやらここに車を停めているようだ。

 空いている場所を確保すると、遠山はエンジンを止めた。

 

 

「調査の前に、少し連絡してきてもよろしいでしょうか?」

 

「いいッスけど、さっきの話のことなら、もう少年課に連絡しておいたッスよ。


 名前が出てた奴らの何人か、元々そっちで補導歴があったから、スムーズに対応できそうだって。


 一応音声データも添付しといたッス」

 

「いつの間に……」

 

「ひよっこくん、これなんとかしないと、調査に集中できなさそうだったし」

 


 

(この人、本当にあの〝荒ぶる鷹〟の人?)

 


 

 目の前のこの人が、今まで奇行を繰り広げてきた人と、本当に同一人物であるのか。

 疑わしくなってしまった遠山は、窓の外を指差して、こう言った。

 


「伊沢さん。

 あそこでカップルがいちゃついていますよ」

 

「キィエェエアアアアアア!!!!!」

 

「あ、よかった、本物ですね」

 

 

 威嚇し始めた伊沢に、遠山は胸を撫で下ろした。


 偽物じゃなくて、良かった。

 ドッペルゲンガーであったら、遠山は対処しなくてはならなかったので……。






 

 

「伊沢くん相変わらず細いねぇ。

 うちの肉買っていきなよ!!」

 

「お!

 勿論、オマケしてくれるんッスよね?」

 

「伊沢さん、仕事中ですよ」

 

「お兄さん、カタイこと言うなよなぁ。

 ほら、コロッケやるよ、食ってけ」

 

「あの、仕事……」

 

「てか、よく見たらお兄さんイケメンだねぇ。

 俳優さん?」

 

「はぁ……」

 

「いやん、正直者ッスね」

 

「アンタじゃないよ」

 

「にゃんじゃとーー!!!?」

 

 

 如月ラーメンの常連である伊沢は、その延長線で、この商店街でも顔が知れているらしい。

 アイドルなのかという程、さっきから声をかけられる。


 いや、聞き込みのつもりだから良いのかも知れないが……。

 主に商店街マダム達の勢いに押され、遠山はコロッケ片手にオロオロしてしまっていた。

 

 

「そうだ。

ねぇ、この人に見覚えないッスか?」


 

 伊沢の発言を受けて、遠山が写真を八百屋のマダムに見せる。

 


「あー、この人ねぇ。

 最近来てないけど、ちょくちょく来てたわよ」

 

「常連だったんですね」

 

「常連っていうか……。

 結局何も買っていかないんだけど」

 

 

 急に、八百屋のマダムは、内緒話でもするように、声を小さく潜めた。

 

 

「この人が、来るとね。

 商品がなくなっちゃうことが多いのよ。

 確かなことは言えないんだけど、もしかしたら……」

 

「持っていっちゃってるかも知れないってことッスか?」

 

「まぁ、実際見たわけじゃないんだけどね。

 

 この人以外にも何人かそういう怪しい人がいるの。

 うちの商店街、監視カメラつけてる店が少ないから、狙われちゃうのね。

 やっぱりつけてもらわないと、ダメかしら」

 

「……怪しい人って、もしかして」


 

 と遠山が追加で写真を見せる。


 

「あぁ、そうそう。

 この人たち、他の人に聞いても多分皆似たようなことを言うと思うわよ。


 もしかしたら、ここは、【泥棒の楽園】なのかもしれないわねぇ」

 

 と、マダムはやれやれと肩を落とした。

 

 

 

「……如月商店街では、万引きが多発していたんですね」

 

「許せないッス。

 もし、売上がどうたらでここが潰れたらどうするんスか!


 オレ、ここで貰えるおまけで生き延びていると言っても、過言ではないのに!!」

 

「……(オマケ云々は兎も角)そうですね」

 

 

 そして、この辺りの人たちはみな、如月商店街の周辺に住んでいた被害者数名を、万引き犯として怪しんでいた。



 

「もしかして、この事件の被害者の共通点は……」




 

「ひよっこくん、あそこの本屋の中見えるッスか?」




「本屋?」

 


 

 目線の先に、小さな文房具店も兼ねた本屋がある。


 ここからでは入り口しか見えず、その付近にいる人間しか、遠山には見えないが……。

 

「入り口に居る、マフラーつけてる灰色のコートの男性、マーク」

 

「え?」

 

「多分、やるから」

 

 男性は、しばらく、入り口に並んだ文庫本のコーナーのあたりをうろうろしていた。


 ……本を選んでいるにしては、目線が高い。

 周囲を神経質に気にしているようで、しきりにキョロキョロと見渡している。

 

 遠山は、気配を悟られないように、こっそりと近づいた。

 

 男は気づいていないようで、文庫本を一冊取ると、そのままポケットに手を入れた。

 


 外に出たのを確認してから、遠山が、男性の前に出る。


 

「……すみません。

 ちょっとお話し、よろしいでしょうか」

 

 

 途端に、状況を把握した男性が選んだのは逃走だった。

 


「待ちなさい!!」

 と、遠山が後を追いかける。


 

 幸い、男性の足はさほど早くもなく、商店街もさほど混んでいない。

 

 障害なくこのまま追いかければ、すぐに遠山が追いつくだろう。

 

 

 男性は、商店街を抜けた先にある、建物と建物の間に細道を見つけると、そこに逃げ込んだ。

 

 

 しかし、遠山も見逃さず、男性を追いかける。

 

 目を細めると、道の先は行き止まりであることに気がついた。

 

 

(……いた!!)

 

 

 奥に男性の姿をみつけた。

 ……その近くに、もう一人誰かがいる。

 

(万引きに、協力者か?)

 

 

 その時、

 

「うぎゃあああああああああああああ!!!!!」

 

 と男が悲鳴をあげて、うずくまった。

 

 

 尋常でない様子に、遠山は走るスピードを早める。

 

 近くにいた着物姿の女は、遠山を見て薄く布越しに笑うと、視線を外した次にはいなくなってしまっていた。

 

 

(……やられた!)

 

 

「大丈夫か?!」

 と、遠山は男性に声をかける。

 


 

「あぁ、痛い、痛い、痒い、痒い痒い痒い痒い!!!!」



 

 男性はその場で、体を掻きむしり、のたうちまわっていた。


 

 満足いかず、コートを脱ぎ、袖を捲り上げて、直接肌をかき始める。

 はずみで、盗んだ文庫本が、コートから落ちた。

 


 傷ついた肌から血が流れる。


 皮膚からするはずない、柔らかなものを潰す音と共に、血が吹き出た。

 


「眩しい、眩しい、まぶしぃぃい……」




 息も絶え絶えに啜り泣くような声がする。




 ……真っ赤な液体越しに、遠山は、ギョロリと【目】があった。

 

 

「……ビンゴッスね」

 

 息を切らして、遅れて到着した伊沢が呟く。

 

 

 それは、まさしく、今までの被害者達と、同じ症状だった。

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