第19話 噂を知る少女
ふう。
ひと段落して、仕事を終えたあとのような倦怠感が身体にまわる。
今回の入りは手ごたえがあった。
一回もセリフを嚙まなかったし、邪魔も入っていない。
神様が味方をしてくれているような気がする。
「このネタはうけるよ」って。
調子がいいな。なんて思いながら、一歩を踏み出した。
リュックを背負い、カメラを片手にあてもなく、ただひっそりと彷徨いはじめた。
とりあえずは、聞き込みしている画がほしい。
その一心で、噂話に明るそうな学生とかいないかな。と周囲を見回す。
すると、目を伏せて歩く、背の低い女子高生が歩いているのが見えた。
少し暗そうだけれど、まあいいだろう。
幸先がいいなと録画ボタンを押して、撮影を開始する。
しっかり撮れていることを確認して、その女子高生をめがけて意気揚々と近づいた。
「すみませーん! ちょっとお話いいですかー?」
カメラを持ったチャラそうな見た目の俺に、彼女は当然ながら警戒をあらわにする。
「あ、驚かせちゃったかな。ごめんね? 俺はYouTuberの春樹です。いま、都市伝説系の動画撮ってて、そのことで質問したいんだけどいいかな?」
自己紹介をかねて話しかけた趣旨を説明する。
すると、さっきまでは「俺」を警戒していた彼女は「都市伝説」という言葉で露骨に動揺した。
「君、名前は?」
「……夏葉です」
夏葉と名乗った少女は、いまも変わらず警戒はしている。
警戒はしているけれど、それ以上の感情がナニカへ向けられている気がした。
「いま、フィルム屋っていう都市伝説を探しているんですけど、どこにあるかとか知ってますか?」
夏葉は、「フィルム屋」という単語を聞いた瞬間に生唾をのんだ。
怯えるような、悲しむような雰囲気。
何か知ってるな。そう確信して、夏葉へさらに詰め寄る。
ああ、やっぱり今日は運がいい。
何かを知っていそうな人をすぐさま引き当てて、そのうえそれは女子高生だ。
あわよくば学校でチャンネルの宣伝してもらおう。
企みを頭の中で試案しながら、続けて口を開く。
「お、なんか知ってるね? 学校で流れている噂とかでもいいよ」
気楽に、彼女が話しやすいように明るく。
けれど夏葉は、背負っていたリュックのひもを握りしめたじろいだ。
「フィ、フィルム屋なんて知りません……。聞いたこともないです。私、この後予定があるので……」
早口で、それだけまくし立てて去ろうとする夏葉。
しかし、せっかくの撮れ高を「はいそうですか」と見過ごすわけもなく、通り過ぎようとする彼女の肩をとっさに掴んだ。
「いや、ほんとにちょっとだけでいいから! なんでもいいよ。特徴とかなんでもさぁ!」
「ちょっ、触らないでください! 大声出しますよ!?」
それはもうそれなりに大きな声で、穏やかで平和な日常から外れた異様な空気だ。
待ちゆくの人間もこれに気づき始めているのがわかる。
内心、焦って舌打ちをした。
せっかく調子よかったのに、この頑固なJKのせいで台無しじゃないか。
それでも、これ以上騒いでお縄に着くのは御免だ。
撮影を急いで、なにも得ずに一日が終わるのは困る。
それが一番痛いから、素直に手の力を抜いて彼女を解放した。
撮れ高が、この手をするりと抜けていく。
夏葉は小走りで離れると、一度振り返って一言残した。
「死にたくないなら、いますぐ帰ったほうがいいですよ。死にたいならご勝手に」
今度こそそう吐き捨てて、早歩きでどこかへ帰っていった。
しばらく動けなかった。
もちろん、嘘か誠か死ぬ可能性が出てきたこともあるけれど、そうじゃない。
彼女の去り際の顔が、目に焼き付いてはなれなかったのだ。
夏葉は泣いていた。
苦痛を隠しきれず、眉間にしわを寄せて泣いていた。
少女の、痛いほど感情が詰まった忠告。
それは、俺の足に枷をはめた。呪いのようだ。
簡単に外れそうもない。
引きつった口角は歪にあがり、俺は録画を停止した。
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