Film:押花 春樹
第18話 すべては己のために
パッとしない街だ。カメラ映えしない景色は困るんだがなぁ。
なんというか、東京タワーてきな観光名所がひとつでもあればまだ助かったのに。
右手にカメラを握りしめて、地下鉄から地上へ抜け出すと、いの一番に愚痴をこぼした。
どこから撮り始めようか……。もう駅のロータリーからでいいや。
哀愁の染みたため息をひとつ。同時に手元へ目を向けて、手慣れて久しい一眼レフを起動してレンズを自分に向けた。
撮影の開始だ。
「はいどうも! ハルキンTVの春樹です! 今日はなんとぉ、平針駅へ来ておりまーす!」
自分は絶対に映るようにカメラを掲げながら、残った画角で周囲の風景を見せるようにくるくると回る。
「みんな知ってる? 平針駅。俺はまったく知らなかった。どこだよここ」
誰かへ話しかけるように、カメラに言葉を投げかける。
羞恥心なんてものはもう忘れた。そんなもの、腹の足しにもならないから。
けれど、静かな街並みからは明らかに浮いているのは確かだった。
証拠のように、通行人は、珍獣を見るような目で俺をチラ見する。
まあ、この目も慣れたものだ。
気を取り直して、明るい笑顔をカメラへ向ける。
「今日はなんと! 大人気シリーズ! 都市伝説企画、未知との遭遇part4~!! いえ~~い!!!!」
再生数38回が大人気(笑)
もう一人の自分で、無遠慮に騒ぎ立てる自分をなじる。
それでも、笑顔を作ってカメラを回し続けた。
「みなさん、思い出したい記憶ってありますか? 俺はねー……んん、あんまりない」
おどけるように首を垂れる。
よし、いける。
すぐに頭を起こして、「なんと朗報です!」と手を向ける。
「この平針には、『記憶をフィルムにできる』通称フィルム屋がいる! っていう都市伝説があるんです! ということで今回は、フィルム屋に会って記憶をフィルムにしてもらってみた!」
自分で話し、自分で拍手する。
他人が見たらただの不審者なのだけれど、近年動画配信を生業とする若者が急増しているのは周知の事実。なにせニュースでそう言っていたのだから。
それ故か、白い目で見てくる人間はあれど、怪訝な顔をしてくるのはご老人ばかりだった。
「今回はフィルム屋さんということで、一応お店っぽいのでね。撮影許可が下りなかったら企画が潰れてしまうので、バレずに撮影できる秘密兵器を持ってきています!」
リュックを足元に置いて、チャックを開けて手を突っ込む。
そうして、手探りでソレを掴むと「じゃんじゃじゃ~ん」と効果音を口に出しながら、眼鏡とピンマイクをカメラに収めた。
「なんと、この眼鏡はフレームの真ん中にレンズが付いてて、かけるだけで撮影が出来ちゃう優れものなんです! これで撮って、このマイクを服の中に仕込んで録音する。どう、完璧でしょ? なんたって、私のⅠQは五十三万ですよ」
澄ました顔をつくって、人差し指を立ててポーズをとる。
老若男女問わず知ってるフリーザ様ネタ。やっぱ外れないよなあ。
みんなが面白いと思えるものを。それがポリシーなのだ。
「それではさっそく~……いってみよう!」
掛け声とともにフィンガースナップをして、カメラのレンズに拳を近づける。
そのまま数秒止まったあと、録画ボタン再度押して、いったん撮影を終えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます