第17話 愚者 ※グロ注意です
「痛い、いたいって! お父さんやめて!!」
「うるせえぞ!」
怒れる男の残響と、ボグッと鈍い音が鳴り響く。
カウントダウンが終わりを迎えてスクリーンに映ったそれは、父親に襲われる娘の記憶だった。
腹を殴られてあおむけで倒れると、口の端に泡を吹きながら焦点の定まらない眼をぎょろぎょろとさせる父親が膝をつくのが見えた。
震える脚をかき分けて、娘の股に手を伸ばす。
男はただ、荒い鼻息をふうふうと鳴らしながら興奮しているようだった。
つい先程まで抵抗していた娘は、痛みに怯えて静かに泣くばかり。
それを見て、足を組む黒井は悪態をついた。
「なあんか、ここのシーンつまらないよね。もっとちゃんとした狂気を垂れ流してほしかったなあ」
独り言のように愚痴をこぼす彼に、店主は「まあまあ」となだめる。
そんな二人の眼球には、ジーンズのチャックを下す太った男が反射していた。
「もうそろそろ挿れるからな? な!」
「やめ、やめて……」
映像が涙にぼやける。
お父さんと呼ばれた男がごそごそと自分の股間をまさぐり、いきり立った男性器を出すところだった。
娘の悲願など耳に入っていないのだろう。
男は慣れた手つきで、自分の腰を娘の股へと押し付ける。
同時に、娘の喉がヒグッと小さく鳴った。
「あぁ……! いやだ、いやだ。きもちわるい……!」
その悲嘆は耳に入ったのか、快楽に溺れた男の目がキッと吊り上がった。
「あ!? 気持ちいいだろ? な! おい!!」
ボゴッと、肉を殴り付ける音が再度響く。
それから娘は嘆くことも、拒絶することもやめた。
ただ、ひたすらに苦しさに耐えるうめき声をあげるだけだった。
「このまま出すからな……。いいだろぅ? 俺の娘だもんなぁ!」
問いかけのような宣言。
それを皮切りに男は腰を速める。そして数秒後には、うっ! と声を漏らして静止した。
男が股から離れると、少し黄ばんだ精液がどろりと溢れ出てきた。
果てて満足したのか、男はその足で台所へ行き水道水をあおる。
記憶の主であった娘は、父親から目を離さずに自分の股を触ってソレを拭い取る。
そして自分の手にこべり付いた精液を睨みつけると、瞳を閉じた。
会場に夜帳がおりる。
次に光が差した時には、体液で汚れたその手がナニカを握りしめて震えていた。
途端、視界は揺れて持ち上がる。
娘は突然立ち上がると、床で埃をかぶる工具箱に手を伸ばす。
そこから小ぶりの金づちを取り出す。
そうして、足音を消して男へ近づいた。
「いいぞ、やっちゃえ! 力いっぱいぶん殴れ!」
黒井は両手を握りしめて、両手をぶんぶんと振り回す。
その目は妖しく、けれど無邪気にギラギラと輝いていた。
「死ねぇ!!」
黒井に呼応するように、娘は叫ぶ。
そして、勢いのままに金づちを振りかぶった。
殺意で震える声に父親は振り返るけれど、もう遅い。
十分な速度をまとった鈍器は、咄嗟に防御した腕を小枝のようにへし折った。
「あ”あ”あ”あ”!? いっでえぇえぇえ!!」
父親は、歪な右腕を必死に抱える。
しかし、娘の手はもう、止まらない。
もう一度振り上げられた凶器は、「死ね!!」という言葉と共に男の肩を砕く。
すると、贅肉で埋もれた野太い腕は、力なくぶらんと垂れ下がった。
けれどどうだろう。彼はいま、あまり痛みは感じていないように見えた。
その目は苦痛を知らない。ただ純粋に、怯えるだけだったのだ。
父親はドタドタと後退りをして、尻もちをつく。
追い込まれていく。
男は必死に喚いた。
「わる、悪かった! 俺が悪かったから!! もうやめてくれ、もう犯さないから……!!」
けれど娘は、歯を食いしばる音だけを鳴らして腕に力を込める。
再三振り上げられた鈍器は、男の頭に吸い込まれるような軌道を描いた。
ドグッと何かが陥没したような音がした。
見ると、濁った瞳が上を向いて、光を拒んでいるようだった。
頭をへこませた男は、目を開いたまま絶命したのだ。
それでも、娘は止まらなかった。止まれなかった。
ドンッと床に転がる死体に近づいて、馬乗りになる。
「死ね! 死ね! しねぇ!!!!」
言葉が引き金のように、何度も何度も殴りつける。
そのたびに、男の死体は肉塊に寄っていった。
気が狂ったように顔面を殴りつけて、数十分後。
ようやく満足したのか、娘はふぅっと息を整えて立ち上がる。
けれど、その時視界に入り込んだ男性器が気に入らなかった。
だから、股間にも狂気を振り下ろした。
・
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「あっはは! 何度見ても最高だね! ほんっと買ってよかったよ!!」
手を叩きながら笑い転げる黒井は、もはや過呼吸のようになっていた。
その時、彼の声に覆いかぶさるように、女の笑いが響き渡る。
画面を見ると、滲んだ視界のなかで娘が大きく笑っているようだ。
視界の端に映る、父親だった物。
それの頭と股から血が飛び散っていて、まるで生け花の美しさを持っているようにも見えた。
上映が終わったのか、射影機が鳴りを潜めて周囲が明るくなる。
黒井は、ぼすんと背もたれに埋もれて目元を擦った。
「あー、面白かった。途中までは残念だけど、やっぱラストは一級だね」
話している中で思い出したのか、なおもひいひいと笑う。
そんな黒井を見て、店主は優しい目を向けた。
「それはなによりです。途中のシーンは飛ばしたほうがよろしかったでしょうか?」
「ん? ああ。いや、そのままがいい。僕はクソ映画でも通して観る派なんだ」
さて。そう言いながらソファーから立ち上がると、「そうそう」とハットをかぶる。
「帰る前にさ、新人の時計ちゃんに声をかけてもいいかい?」
店主は、嬉しさが微かに香る表情で頷いた。
「ええ、もちろん。あの子も喜びます。」
二つの時計。その真ん前に立った黒井は、両方に手を当ててぼそぼそと話し始めた。
「やあ、こんにちは。
おじさんは元気にしてた? そっちの子は初めましてだね。
僕のことは黒井って呼んでよ」
大きな時計は静かに時を刻む。
チク……タク……
けれど背の低い時計は、狂った秒針で不規則に動いた。
チクタク、チク……タク……
黒井は、ふふっと微笑みかける。
「そう。君はまだ新人だもんね。じきに慣れるよ、大丈夫」
チク……タク……
先ほどの狂気はどこに隠れたのか。
黒井の声色は、店主に似た優しく温かいものに変わっていた。
「じゃ、僕は帰るよ。またね!」
そう残して、彼はフィルム屋を後にした。
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