Film:黒井 ◆#%$

第16話 それは忽然と。

 黒のシャツを着こみ、黒のジャケットを羽織り、黒のスキニーと黒のハットを身に着けた、全身黒ずくめの異様な男。

それは、平針の裏路地を悠然と練り歩く。


「そろそろかな……?」


 なにか目的があるように、けれどあてもなくただ歩く彼はそう呟く。

そしてまた、歩き続けた。



 ギギィ……と、鈍い音が店内に響く。

シック調の家具が並ぶ洒落たカフェに、服装がやたらと黒い男が足を踏み入れた。


「やあやあ、聡里さん。繁盛しているかい?」


 常連なのだろうか。黒い男はリラックスした様子で、店主にそう呼びかけた。


「あら、黒井さん。いらっしゃいませ。今日も記憶を買いに?」


 『聡里』と呼ばれた店主にとってもこれが日常なのか、注文を聞くこともなくホットの珈琲を準備する。

黒井はカウンターの席に座り、店内を眺めてにやりと笑った。


「おやぁ? また時計が増えたね。どんな子なんだい?」


 いやに楽し気な彼は、角に並んだ時計を指さし興味深そうに質問した。

その笑顔は、口角だけが上がっている。

 黒井が目を止めた時計は大小二つで並んでおり、どこか親子のようにも見える。

 店主はそれに一瞥を向けると、寂しそうにぽつりと呟いた。


「なに、私の娘が置いて行っただけですよ。「どこか遠い場所へ行く」なんて言ってね」

 言葉尻に哀愁が香る。

黒井は「そうか」とだけ残して、興味は別に移っているのか店主に向き直る。


「まあ、それより。いい記憶は入ったかい?」

 人によっては怒りだしそうな態度だけれど、店主は気にも留めない様子で「そうですねぇ……」とカウンターの下を漁る。

そうして出てきたのは、分厚いカタログのようなものだった。


「新しいのはこの二、三ページですかねぇ?」

 開かれたそれはところどころ日に焼けたように褪せている。

そこには、記憶のタイトル、概要と金額が書かれていた。


『【金持ち道楽】

 資産家の男が、金で買い取った男三人を嬲る記憶。二百万円』

『【本能に襲われた女】

 二十五歳、社員の女が帰り道で犯された記憶。五万円』

『【醜いガチョウの子】

 自分より容姿が優れている女を虐める四十五歳、女の記憶 二千円』

『【資本社会】

 上場企業の社長が、CMに起用するという約束で女優と枕営業をしている記憶。三百五十万円』

『【哀しき命のバトン】

 誕生を望まれなかった少女が求めた、母の愛の記憶。百五十万円』


 黒井は頬杖をつきながら、それを流し見る。


「ふうん……。パッとしないね。なんというか、つまらない!」

 どこか芝居がかった所作で嘆く黒井を、店主は微笑みながら見つめている。

 まるで日常の一幕を思わせるこの空間は、確かに狂っていた。


 つまらないと嘆息する黒井は、「そうだ!」と手を叩き店主を見つめる。

少年を思わせる純粋な黒い目が、歪に歪んだ。


「あれ見せてよ! 娘をレイプし続けた馬鹿な父親が、その娘に頭を潰されるやつ!」

「はいはい。少し待っていてくださいね」


 子供のように興奮して落ち着きがない黒井と、それを宥めつつワガママを聞く聡里。その光景は、耳を塞げば家族のように見えるだろう。


 それからしばらくして。

店主と男は、映画館のような施設のなかにいた。


「それじゃあ、流しますね」


 店主が射影機のボタンを押す。

すると、ブーという音と共に辺りが暗くなった。

カリカリと何かが回る音がする。

そして、スクリーンではカウントダウンが始まった。



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