第12話 母の姿

 カウントダウンが終わる。

その時、スクリーンが純白の光を放った。

否。ただただ白い光に照らされた景色が、画面いっぱいに広がったのだ。

 輝くライトは、UFOを見上げたような形をしている。

 これが、私が初めて見た光景なのだろうか。


「紬さん、ただいま十七時三十六分! 二千五十二グラムの元気な女の子です! よく頑張りましたね!!」


 歓喜にまみれた、若くはない女性の声が鼓膜を揺らす。

唐突に視点が宙に浮いて、やたらと白い部屋を映し出した。

どこまでもぼやけた視界のなかで点在する、銀色、緑色、そして赤色。

 それらを悠然と見回し終わると、台に横たわる誰かの元へと連れていかれた。

白い部屋で唯一緑の服を着ている、髪の長い女性。

 滲む映像では細部まで見て取れないけれど、この人が母であるのだと直感でわかった。

 お母さんだ。お母さん。こんな、柔らかい雰囲気なんだ、そっか。

 身体の芯が、静かな歓喜で震えるのがわかる。


「あの人がお母さん……」

 つい湧き出た呟きに、店主はすかさず反応した。

「見たことないんですか?」

「……ええ。母は、私が生まれて二日後に亡くなったので……」


 契約だから、全て話さないといけない。

そう自分を言い聞かせながら、拳を握りしめて店主の質問に答える。

そして、「もういいでしょ」と言わんばかりに画面を食い入るように見る。

 隣で彼女が何かを呟いた気がしたけれど、それに意識を割いている余裕はなかった。


 カメラは、横たわる女性の腕で抱かれた。

ぼやけた輪郭のなかでも、母がきれいな女性であるのは一目でわかる。

ただ、誇らしかった。

私の母はこれだけでも美人とわかるほどなのだ、と喧伝して周りたかった。

 母はカメラの上に口を近づけて、ひと撫ですると、私を助産師に託した。

どうやら、このままどこか別の場所へ運ばれるらしい。


「お母さまを見てみたかったから、ここにいらしたのですか?」


 店主は、踏み込んでいい限界のラインを探して足を擦るように、距離感をはかりつつ質問をした。

 いつもなら、こんなコミュニケーションの取り方をされたらいい気分にはならないけれど、いまは『いつも』じゃない。

きっと、だからこそ快く回答できた。


「母の愛を、この目で見たかったのです。父からはよく聞いていたのですが、私の瞳には、母の影すら映らなかったので……」


 そう、店主の目を真っ直ぐ見つめる。

彼女は、どこか満足げに頷くだけだった。


 助産師に連れられ、私は透明な箱へと入れられたようだ。

たしか、保育器なんて名前だったか。

 中に敷かれた柔らかそうな毛布の上に寝かされる。

そして、また頭を撫でられて、画面が暗転した。

 不安が心臓を強く握る。


「あ、え……? 私の記憶は、ここでおわり……ですか?」


 つま先から、這い上るように全身が粟立つ。

 まだ、母を一目見ただけじゃないか。

これで終わりなんて……。そんなのあんまりだよ。


「いえ、おそらく眠ったのでしょう」


 ただ一人で焦る私をしり目に、店主はあっけらかんとそう言い放つ。

 最初は言葉の意味が理解できなかった。

けれど、咀嚼して飲み込めたころには、全身の力が安堵で抜けた。


 ため息をひとつ吐く。前傾していた体勢をなおして、背もたれにボスンと埋もれる。

 よかった……。

心でひとつ、また呟いた。

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