第11話 上映開始
「さて」と手を叩いて、店主は再度わたしと目を合わせてきた。
「準備ができましたので、こちらへどうぞ」
その言葉に身体が、心が、魂が震えて歓喜する。
やっとだ。やっとこの時が来たんだ。
お父さんに過去を聞いてもはぐらかされるだけで、いっさい湧かなかった母の姿。それをいま、やっとこの目で見られるのだ。
店主は踵を返して、先ほど姿を消した店の裏へと歩き出す。
その背中を追いかけて、私も足を踏み出した。
彼女は扉を開くと、右手を平たくして「奥へどうぞ」と合図をする。
ここから見える限り、扉の先は闇だった。
ただひとつの光もない、未知の部屋。本能が「ここには入るな」と怯えている。
足がすくんで仕方ない。
それでも、再度「どうぞ?」と言われたタイミングでぎゅっと目をつぶり、強張る足を踏み出した。
ゆっくりと瞼を開く。
外からは見えなかったけれど、ここはほんのりと明るいことに気が付いた。
扉を抜けると、そこはまるで映画館のようだった。
壁一面に張られたスクリーンと、その前に置かれたふたつのソファー。それに挟まれる形で置かれているのは、ずいぶんと古そうな射影機だろうか。
百人は優に入れるだろう、二人のための会場に、おもわず吐息がもれだす。
「すごい……」
素直な感嘆。
お店の外観から見て、こんな大きな空間があるようには見えなかった。
それなのに事実、この部屋に私はいる。
まるで魔法だ。
すこし遅れて入ってきた店主は隣に立つと、自慢げに胸をはる。
「大切な記憶は一級の設備で見ないといけませんからね!」
どうやら、一番のこだわりのようだ。
彼女が宝物を自慢する子供のようにみえて、どこか可愛らしく思えてくる。
そのあと促されるままに右側のソファーに座った。ふかふかのクッションがぼすんと音を立てて、腰や背中を優しく包んでくれる。
一度座っただけで間違いなく高級なものだとわかり、汚したり壊したりしないかと身体が強張る。
店主は反対側に座ると、楽しそうに歪む口を開いた。
「早速ですが、どの記憶を見ますか?」
「その、生まれてから二日間の記憶が見たいんです」
「二日……?」
店主は心底不思議そうな顔で、私の言葉を反芻する。
けれど、何を聞いてくるわけでもなく射影機をいじりはじめた。
カチャンと何かを押す音や、カリカリと何かを回す音が静寂に響く。
それは数分ほど続いて、最後に店主が顔をあげた。
「もう上映開始していいですか?」
今日出会った中で見た、一番明るい笑顔だ。
それほどこの時間が好きなのだろう。
記憶を見ることを『上映』と言った彼女の感性を面白いと思いつつ、それを呑みこんで頷いた。
「それでは、途中で何回か質問するので、それには必ず正直に答えてくださいね。
これを破ると、契約違反ですから……」
そう言って、店主は射影機に向き直る。
そして、赤いボタンを押し込んだ。
途端に、映画館を照らす光が失せていく。
どこからともなく「ブー」と開幕音が鳴り響いて、スクリーンにはカウントダウンが流れはじめた。
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