第10話 時計
あれからどれだけが経っただろうか。
カフェラテはすっかり空になり、床に置かれた両足が、右へ左へとせわしなく歩き回る。ただ、ご褒美をじらされる子供のようにそわそわと待つしかないのだ。
そろそろ帰らないといけないのに。
スマホを見ると二十時を指している。同時に、電波が届いていないのか、圏外にいることを教えてくれた。
手持無沙汰になり、店内を見回す。
家具はシック調のもので統一されていて、カウンター側の壁にはハードカバー製本が数多く飾られているようだ。
ここがバーだったのなら、おそらく各国のお酒が並んでいるはずだ。
興味をそそる物はそこら中にあるけれど、一番目立っているのは、部屋の角に置かれた大きな古時計だろう。
我慢出来ずに近づく。すると、小さく見えた時計はどんどんと大きくなっていき、隣に立つ頃には、私が少し見上げるほどの大きさだった。おそらく百七十センチは超えているだろう。
時計の真正面に立つ。すると、不思議な感覚がした。
平針に着いてからずっと非日常を体験しているから、思考がスピリチュアルに寄っているのだろうか。
なんとなく、この時計に人の気配がするのだ。
寡黙な、老いた男性を思わせるどっしりとした雰囲気。
思わず、文字盤へと右手を伸ばしてしまった。
ガラス製の風防が冷たい。それを通じて、チクタクと語りかけてくるように時を刻んでいる。
「あなたはずっとここにいるの……?」
チク、タク
「そう。ここは楽しい?」
チク……タク……
「それ、いいでしょう?」
「ひゃい!」
いつの間にか後ろに立っていた店主に話しかけられて、身体が浮くほど驚く。
おそるおそる彼女を見ると、ただ楽しそうに佇んでいた。
「それ、主人が最期に残していった時計なんです」
そう懐かしそうに語る彼女の笑顔は、やけに完成されている気がした。
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