第5話 それはニヒルと笑い

 『目的地周辺に到着ししししし。ルートガイドををををシユウ了いたします』


「……え」


 思わず驚きの声が漏れる。

 公園を抜けて、来た道とは真逆の案内をされていた。ずっと、近道があるのか、はたまた私の記憶力が悪いのかと思っていたけれど、これは流石にありえない。

 あたりを見回しても、暗い裏路地があるばかりだ。

マップの上ではここが平針駅で、目の前にはロータリーがあるはずなのに。

そればかりか、駅の階段をのぼってすぐに見えた『寂れた街』なんてものも一切ない。雰囲気すらがらりと変わっている。


 帰れない。

いまはただ、じわじわと身体を満たす不安のことしか考えられなかった。

 喉が渇く。

次第に、がなるように鼓動が加速していく。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

 とりあえず歩くしかない。ここには居たくない。帰りたい。


 足を重くする疲労なんてすっかり忘れて、きょろきょろと周りを探るように歩く。

どこか見覚えのある建物はないか。なにか聞き覚えのある音はないか。

 目を見開き、耳を澄まし、足音を殺して歩く。


 視線の先には、大きな道へとつながっていそうな道がある。

ああ、そうだ。きっとそうだ。あそこを曲がれば人がいるんだ。


 微かな希望を手繰り寄せて、自然と足がはやく動く。


 ここを曲がれば、道が!


「あ……」


 必ず帰れると意思を固めて歩いた先。

そこは、無限に続くかと思えるほどに立ち並ぶ、家があるだけだった。


「ああ、ああ。どうしよう……」

 震える喉から、震えた声が吐息のように漏れだす。


 途端に力が抜けきってしまって、砂の地面にへたり込んでしまった。

呆けたようにスマホを見つめて、力なく端末をタップする。

 ロックを解除して、地図アプリを開く。

けれど、それが立ち上がる寸前で落ちてしまった。


アプリを開く。落ちる。

アプリを開く。落ちる。

アプリを開く。落ちる。

アプリを開く。落ちる。

アプリを開く。落ちる。

アプリを開く。落ちる。


 もはや半狂乱になりながらアプリを起動しては、落ちてしまう。


 帰りたい、帰りたい、帰りたい。

 『帰れない』

その言葉が脳をかすめる。呼吸が浅くなり、ひゅうひゅうと喉が鳴る。

 走り出したくなった。こんなところは、一秒でも早く立ち去りたかった。


 いま、走って戻ればまだ間に合う。

根拠はない。けれど、これは確信だとなにかが教えてくれている。

 立ち上がって、無限に連なる家を走りぬく。

 逃げなきゃ。はやく逃げなきゃ。

一心不乱に、足をもつれさせながらも走り続ける。


けれど、数十メートル走っただけで、つい足をとめてしまった。

 疲れたわけじゃない。足が痛いわけでも、ここに居たいと思ったわけでもない。

視界の先に『フィルム屋』とだけ書かれた、古い看板がぽつりと置かれていたのだ。


 フィルム屋。そう、あのフィルム屋だ。本当に、いま目の前にあるのだ。

 

 いま戻らないと、もう帰れないかもしれない。そう確信を持つもう一人の私が、頭の中でガンガンと警鐘を鳴らす。


このまま帰るか、夢をかなえるか。

私はただ、呆然と立ち尽くして頭を悩ませた。

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