第4話 うわさの地

 改札を抜けて階段をのぼる。すると、眼前に広がったのは少し寂れた街だった。

名古屋市内と言っても端だからか、適度に高いビルとそこそこの車通り。

 ぱっと見て、裏路地なんてものはどこにもない街並みに少し辟易してしまう。

それでも『平針の裏路地』なんて曖昧なヒントしか知り得ない私には、自分の足で捜し歩くことしか選択肢はなかった。


「今日中に見つかるのかな……」


 ひとりぼやきながら、ロータリーの向かいにあるミスタードーナツを過ぎる。

そのままなんとなく、案内板に従うように平針試験場方面へ着々と足を進めた。

 初めての地。ひとりぼっち。

土地勘なんてまるでないものだから、来た道を戻ることさえ自信がない。

だからこそ、案内板に沿って歩きたいのだろう。と、自分の行動に納得した。


すこしずつ歩いて、辺りを見回す。すると、頼りの案内がどこにもないことに気が付く。


「どうしよう……」


 つい、心の声が口から漏れ出す。

はじめてのおつかいで迷子になった少年少女はこんなに心細かったのだろうか。十七歳の成長期らしくすくすく成長している私でさえ泣き出してしまいそうなのに、彼らはあの小さな体で、この不安を耐えていたのだろうか。

 知らない子供の勇気に励まされながら、なんとか歩く。

もはやどこを目指しているのかはわからなかった。


 T字路を右に曲がる。すると、道を塞ぐように配置された公園に行きついた。

ここで行き止まりなのだろう。

 茜色に染まった公園。もう何年も使われていないのか、草は伸びきって、遊具は錆びている。

 得も言われぬ雰囲気で佇む公園。

 正直怖い。いつもだったら、確実に近づかなかっただろう。

けれど、足の裏があまりにも痛いものだから、所々に塗装のはがれた遊具を抜けて、公園の中心に置かれたベンチに座り込んだ。


 苦痛から解放されたふくらはぎを揉みながら、空を見上げる。

月が、遠くで顔を出している。


「やっぱりないんじゃん」


 都市伝説、うわさ、嘘。

ただでさえ知らない先輩の言葉だったのだから、それを信じた私が悪い。

 そう、自分に言い聞かせるよう、わざと口に出す。


「やっぱり、ないんじゃん……」


 落胆をはらんだため息はひどく重くて、それに誘われた身体はどこまでも落ちてしまいそうだ。


「ここどこぉ……!」


 薄明りを放つ三日月がじわりと滲む。気を紛らわすように自分のスマホを取り出して、視線を落とした。

 明るく照らし出されたのは18:03という数字と、父からの『今日は帰れない』というLINEだけだ。


 ひとつ、ため息をつく。

 もう帰ろう。フィルム屋なんてものは存在しないのだ。

どうあがいても、私の『母親』は生きれないのだ。


 スマホのナビに『平針駅』と入力する。

検索の後に徒歩十五分と表示されて、また歩かないといけない事実に、またひとつため息を吐いた。

 歩かないといけないのなら、もう二度と迷うものかとスマホを睨みつけて足を踏み出す。

一歩一歩、ナビの示すままに……。

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