第2話 フィルム屋のうわさ

「ちょっと冬香、聞いてるの?」

「ああえっと、ごめん。なんだっけ」


 ざわめく教室の中で、夏葉の声だけが鼓膜を揺らす。

それでも、夏葉の言葉を聞き流した、ふりをした。嘘を吐いたのだ。

本当は聞いていたし理解もしていた。ただ、自分の耳を疑っただけだ。


「もー、しっかりしてよね……」

むくれながら、夏葉は再度世迷言を口にする。


「高畑先輩がね、フィルム屋を見かけたんだって。平針の裏路地で」

「でもあれって都市伝説じゃないの? 記憶をフィルムにできるなんて……。どうせ嘘だよ。あの人見栄っ張りじゃん」


 嘘だと流しながらも、心のどこかで期待している。

記憶をフィルムにできる。それは、忘れてしまったいつしかの思い出をもう一度見られるということだ。つまり……。


「先輩はそんなしょうもない嘘吐かないって。ねえ、今日探しに行こうよ」


 どこまでも甘美な誘いだ。探しに行って、万が一見つかれば、私の夢も叶うかもしれない。

けれど、誰も知らない私の願いを聞いて、夏葉はなにを思うだろうか。

 それを考えると、申し訳なさが欲望をなだめた。


「あー……。ごめん、今日は予定あるから今度探しに行こうね」


えーと渋る夏葉の声と、昼休みの終わりを告げるチャイムが重なる。

助かった、なんて思ったら失礼だろうか。それでも、あまり詮索されたくはないから、素直に助かったと思ってしまった。

 机から教科書を取り出す。提出しなければならない課題を確認する。

 けれど、すでに心はココにない。


 それから放課後までは、あるかもわからない都市伝説に思いを馳せた。

独りよがりの時間は流れる。ただ、刻々と。

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