なぜか「微推し」が家にいたので、とりあえず手料理振る舞ってみた④

「そうなんだよ~。なんか瞬間移動しちゃったみたいなんだ! マジありえない!」


 木戸藍果は当事者とは思えないほど明るく話していた。

 まあ、彼女の性格ならむしろこの状況を楽しめそうではあるけれど。


「あ、そうそう。その上松って人ね、暁美のファンなんだって!」

「ちょっ!?」


 推しの生声を聴きたくて木戸藍果の隣で耳をそばだてていると、彼女が悪戯顔で私を見ながら言った。


「上松よかったね、暁美嬉しいって!」

「はあ!? そんなわけないじゃん!」

「いやなんでだよ」


 気が動転した私は自分でも何を言っているのか分からなかった。


「そうだ上松、暁美と話してみなよ!」

「えぇえええ!?」

「いいよね暁美? いいってさ!」


 はい、とスマホを渡されて、私はいやいやと首を振った。

 急に推しと話せる機会が巡ってきた。

 それはオタクであるならば誰もが夢見るシチュエーションだ。

 でも私はどちらかと言うと推しを遠くから眺めていたいタイプっていうか、認知されたくないっていうか、そういうめんどくさいオタクなのだ。

 もし生で暁美ちゃんとお話しできたらそれはもちろん嬉しいと思う。

 でも、実際にお話したことで今後暁美ちゃんに親しみを感じてしまうようになるかもしれない。

 そうなったら、純粋な気持ちで推し活できなくなってしまう。

 そんなの……辛いに決まってる。


「ねえねえ、話さないの~?」

「だって、だって……」

「ふーん、暁美ごめんね、だってだってなんだって! え? 藍果も分かんない! じゃあ藍果待ってるから、早く迎えにきてねー! バイバイ!」

「あ、ちょっと待って!」


 気づいたら、私は木戸藍果の腕を掴んでいた。


「お?」

「……ぜひ、お話させてくだひゃい」


 私は俯いて、顔を真っ赤にしながら言ったのだった。






「どうだった? 生暁美!」

「素晴らしかった……」

「よかったね~。もうこの世に未練はないね!」

「もう死ぬみたいな言い方やめて……でもそうだなあ、未練はないかも」


 暁美ちゃんは思っていた通りの素敵な女の子だった。

 優しくて、気遣い上手で、可愛くて、いい声で。

 前から世界一可愛いと思ってたけど、宇宙一可愛いの間違いだった。

 やばい、思い出したらニヤけてきた……さっきまでの杞憂が嘘のように、今の私の心は満たされていた。


「藍果じゃなくて暁美だったらよかった?」

「まあね」

「おぅい! そこは嘘でも藍果を立てるところでしょーがー!」

「あはは」


 そんなこんなで、束の間の奇妙な同居生活は過ぎていった。

 夕方頃に家族が帰ってきて、事情を説明するとみんな驚いていた。

 特に高校生の妹は興味津々で、藍果に質問攻めしていた。

 藍果はめんどくさそうだったけれど、母親にプリンアラモードを出してもらうとすぐご機嫌になった。

 藍果と妹は歳が近い(藍果が19で、妹が17)のもあって割と話は合うようだった。

 ドラマの話とか、化粧品の話とか、アイドルの話とか(藍果はドルオタでもあり、他の女性アイドルグループのことを熱く語っていた)……三十路に突入した私には介入できない"若さ"がそこにはあった。

 その子アイドルなんだよと妹に教えたら、「うおおマジか」と言って藍果に羨望の眼差しを向けていた。

 ただ、『TEKITOKI』は知らなかった。

 まあ地下アイドルだからなあ。


 夜ご飯を食べ終えた私と藍果は私の部屋に戻り、各々の時間を過ごした。


「あと三十分で着くって!」

「お~、よかったね。やっとだ」

「だなー! ホント意味分かんない一日だったけど楽しかった!」

「それならよかったよ。あ、そういえば年越しはどうするの?」

「藍果の家でメンバーと過ごすよ~」

「そうなんだね。仲良いよね」

「仲良いんだ~。今度上松も来る?」

「いや、だめでしょ」

「メンバーも会いたいと思うけどなあ」

「私は画面の外から応援してるだけで十分なの」

「そうなのか!」

「一応言っておくけど、このことライブとかで言ったらだめだよ?」

「え、なんで?」

「なんでって……とうとうおかしくなったのかと思われちゃうかもしれないでしょ。それに少しの時間とはいえ、知らない年上女と生活してたって知られたら変な噂が立つかも」

「そかー?」

「そうなの。だから言っちゃだめだからね」

「うん、分かった!」


 藍果は決め顔で親指を突き立ててみせた。

 本当に分かってるのかな……。

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