なぜか「微推し」が家にいたので、とりあえず手料理振る舞ってみた③

 牛肉に味付けをして炒めていると、木戸藍果が階段を下りてきた。


「いい匂い」

「でしょ」


 木戸藍果がその辺に置いておいた牛肉のパックを手にとった。


「特売」

「別にいいでしょ」

「何もいってないじゃん」

「まあ、そうだね」

「安いお肉でもいいよー」

「あ、言った」

「お肉はお肉ですし」

「まあね」

「フワフワのがいいな」

「フワフワか……難しいかも」

「そう?」

「うん」

「じゃあお肉がフワフワになるように藍果が魔法かけてあげる!」

「え?」

「お肉ちゃん可愛いねえ、美味しくなってね~。よしよーし、焼かれていい子だね~」

「なんか思ってたのと違った! ていうか気が散るからそこで待ってて」

「えー」


 木戸藍果と共同生活はできそうにない。

 そうこうしている間に炒め終わった。


「食器とって自分でご飯よそってくれる?」

「おいしそー」


 木戸藍果がフライパンを覗き込んできた。

 この落ち着きようのなさはまるで子どものようである。


「いただきまーす」

「どうぞ召し上がれ」

「ん、んんんんんんんまい!!」

「それならよかったよ」

「このタレどこのやつ?」

「お手製だよ」

「すげー!!」


 木戸藍果は普段自分で料理をすることはないのか、やたら褒めてくれた。

 流石に牛丼作っただけでこんなに褒められるのは少しくすぐったいけれど、嬉しかった。


「上松は食べないの?」

「何か食べようかな」

「食べなよー」

「冷蔵庫探してくるわ」


 冷蔵庫を確認すると卵があった。

 ゆで卵でいいか。

 私は卵を茹でてからリビングに戻った。


「ご飯ってそれ?」

「そうだよ」

「ダイエット?」

「いや、そういうわけじゃない」

「すごい少食だなー」

「まあこんなもんだよ」

「腕相撲弱そう」

「どんな偏見だ」

「やってみる?」

「いいけど」


 結果。

 私の圧勝。


「なんでだよぉ~!」

「いや、思ったより弱かったよ」

「卵大好き女め!」

「別に卵ばっかり食べてるわけじゃないからね」

「へー」


 机にふにゃっと項垂れる木戸藍果は少し可愛かった。





「いつも何観てるの?」

「まあYouTubeかな」

「なんのYouTube?」

「色々だよ」

「TEKITOKIの公式チャンネルは?」

「観てるっちゃあ観てる。桑野暁美が出てるところだけ」

「藍果の回も観ろよー」

「ああ、前観たよ。なんか雑草集めてなかった?」

「あ、そうそう! 食べれるやつね。あのロケ楽しかった~」

「楽しそうだったね」


 木戸藍果はメンバー一の変わり者として有名だ。

 般若心経を睡眠導入BGMに使っていたり、拾ってきた雑草に名前をつけて家で大事に育てていたり。

 ファンとの距離感が近いのも彼女の特徴だろう。

 現に、家に堂々と居座っているし。(まあ提案したのは私だけど)

 流石に私が男だったら色々とまずいので無理矢理にでも返しているけどね。


「あ、メンバーから電話きた」

「出ていいよ。私向こう行ってるから」

「あざっす」


 部屋に戻ろうと席を外した時、木戸藍果の口から出た名前に思わず振り返ってしまった。


「あ、暁美? オッスオッス!」


 あ、あ、暁美ちゃん!?

 最推しが今電話の向こうに……!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る