なぜか「微推し」が家にいたので、とりあえず手料理振る舞ってみた②

「名前なんて言うの?」

「上松」

「おお、上松ね。で、上松は推しとかいるの? うちらのこと知ってるみたいだけど」

「推しは桑野暁美だよ」

「あーね。そいつクソ性格悪いよ」

「え、マジ?」

「うそうそ!」


 木戸藍果はケラケラと笑った。

 食えない人である。

 それよりも、これからどうするのだろう。

 もうすぐ親と妹が買い物から帰ってくる頃だ。

 そこに彼女がいたら驚くだろうし、説明しても信じてもらえるとは思えない。

 でもこのまま彼女を返すのも悪いような気がする……。


「ねえ、これからどうするの?」

「とりあえず事務所の人に迎えに来てもらう」

「迎えが来るまでどれくらいかかりそう?」

「待って、今調べる」

「はい」

「うわ、6時間だって」

「結構かかるね……」

「だねぇ」


 木戸藍果がチラとこちらを見た。

 言わんとしてることが分かった気がした。


「……よかったら迎えが来るまでうちにいる?」

「そう? ありがとー! ほんと助かる」

「この辺りはホテルとかもないしね……」

「ホテルあってもお金持ってないから無理!」

「あーそう」

「上松って本当に藍果に興味ないよね」

「まあそこまで推しってわけじゃないからね」

「でもそれなりには推してくれてるんでしょ? お世話になるんだしサインくらいならあげるよ」


 正直いらないな……と思っていたらそれが顔に出ていたようで。


「あーもう! いらないならいいよーだ! バーカバーカ!」


 拗ねてしまった。

 なんだか申し訳ないことをした気分になる。


「えっと……よかったら何か作ろうか? 今料理に凝ってるんだよ」

「いいの? それならお願いしようかな」

「はいはい。何か食べたいものある?」

「牛丼!」


 まさか牛丼をリクエストされるとは思わなかったけれど、そういえばライブMCで牛丼が世界で一番好きな食べ物だと言っていたのを思い出した。

 こんな状況でも牛丼を求めるなんてよっぽど好きなんだな。


「牛丼か……材料があるか見てくる」

「はーい」


 冷蔵庫に特売の牛肉と玉ねぎがあったので、それらを台所に置いてからふと思い出した。

 そういえば木戸藍果は無類の玉ねぎ嫌いだったような……。


「玉ねぎ? 無理無理無理無理! ぜーったい無理! 藍果が玉ねぎ嫌いなの知らない?」

「やっぱりそうだよね。ていうか玉ねぎ嫌いなのに牛丼が好きなの?」

「玉ねぎ避けてから食べるから平気なの」

「めんどくさそう……」

「まあねー。玉ねぎ嫌いにとっちゃ生きにくい世界だよ。あいつらどこにでも現れるから」


 とにもかくにも、一応聞いておいてよかった。

 私は再び台所に戻り、牛肉を炒め始めた。

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