なぜか「微推し」が家にいたので、とりあえず手料理振る舞ってみた

羽槻聲

なぜか「微推し」が家にいたので、とりあえず手料理振る舞ってみた①

 夢の内容をよく思い出せないなんてことはよくあることだけれど、それが印象的だったような気がしたら是が非でも思い出したいと思うのが私だ。

 でもよほど深く眠っていたのか、年々記憶力が弱くなってきているのかは分からないがどうしても思い出すことができなかった。

 日常的な事象と違って、夢の内容というものは思い出せなくなると意識の深い深いところにいってしまい本当に思い出せなくなるから意識が覚醒する前に思い出したかったんだけども。

 布団の上であぐらをかいて腕組をしながら数分記憶をたどったけれど、結局思い出すことはできなかった。

 私は気落ちして服を着替えて、歯磨きをするために自室を出た。

 台所を通ってリビングを横切ろうとした時、ん? と動きを止めた。

 私は通りすぎた分を戻って、リビングを覗きこむ。

 そこには知らない女がいた。知らない女が、リビングの机にちょこんとついていた。


「……え、誰?」

「え? ここどこ? え、えぇ!?」


 私の当惑なんてお構いなしに、女は混乱して叫んでいた。

 家を間違えた酔っぱらいかなにかか? それとも泥棒……ではなさそうだけど。

 その時、かっと記憶の扉が開いて夢の内容を思い出すことができた。

 そうだ、私は好きなアイドルグループの夢を見ていたんだった。

 幸せな時間だったから、印象に残ってたんだな。

 ていうか……。


「まさか、木戸藍果!?」

「えっ!? なんで知ってんの!?」


 驚いた。彼女は私の推しアイドル『TEKITOKI』のメンバーである木戸藍果だったのだ。

 私たちはひとしきり驚いたらとりあえず状況を整理しようということになって私の部屋に集まった。

 木戸藍果は落ち着かない様子で部屋の中をうろうろしていて、私はそれをただ見ていることしかできなかった。

 どんな言葉をかければいい? 朝起きたら推しアイドルグループのメンバーがリビングにいた時にかける言葉なんてどんなに考えても思い付かない。

 そういった膠着状態が続くこと数分。

 口火をきったのは木戸藍果だった。


「ねえ、これって夢?」

「私もそう考えてたところ……夢、じゃないよね?」

「分かんない。とりあえず確認しよ!」

「ど、どうやって?」


 木戸藍果は私の問いには答えず、自分の掌を顔の前に出して凝視しだした。

 しばらくして「嘘やん……」と呟くと次はその場で何回かジャンプした。

 ドスンドスンと部屋が揺れて、築三十年近い家の床が抜けないか少し心配になった。


「はあ、はあ……これ、現実だよ」

「い、今のは?」

「夢か現実かの確認方法! 明晰夢って見たことない? 時々見るんだけど、その時にこうやって確認するんだよ」

「へ、へえ」

「へえって……なんでそんなにのんきなんだよ~」

「なにがなんだか分かんなくて……もしかしてこれってドッキリとか?」

「あ~、そうか。あなたは藍果のこと知ってるみたいだしそう考えてもおかしくないか……まあどっちでもいいけど」

「か、帰るの?」

「帰るもなにも、ここがどこなのかも分かんないんだよ。ここってどこ?」

「東大阪だけど」

「……東大阪? ええ、めっちゃくちゃ遠いじゃん……」

「だよねぇ」


 大変なことになった。いや大変どころじゃないぞ。

 彼女は我が家に瞬間移動したとでも言うのか。

 でもその仮説が本当だとしたら、少しワクワクしてしまう自分がいた。


「ていうか……」

「ん、なに?」

「あんまり推してない子だなぁ」

「おぅい! それ本人に言うなよ!」


 思ったことを口にしたら怒られてしまった。

 口は災いの元である。

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