第7話 情報共有は難しい? ―隠されたプロフィール—
俺、平田 浩平(ひらた こうへい)は北高生徒会の会計役員である。
その日、部活動予算の会議が行われ、それぞれの部活の意見を聞いたうえで最終的な部活動費の配分を行う予定だった。
順調に進んだ会議だったが、最後の問題が吹奏楽部と野球部の部活動費の配分だ。部活動費をもらうに足る理由が多い方に多く配分したいのだが、これが難航した。
俺が知っていた情報は次のようだ。「吹奏楽部は県大会の常連出場校である」「野球部は昨年の甲子園で県のベスト8に残った」「野球部は部員数が多い」「野球部は借りている練習場に費用を必要とする」
今のところ俺は野球部の方が部費を必要としているという判断だが、会議でもっと情報を共有する必要があるだろう。
以下は生徒会の役員で会議をした様子である。
「それでは、野球部と吹奏楽部の部費の配分について情報を共有したいと思います」
俺はホワイトボードの前に立ち、議長を務めた。すると、副会長の市川(いちかわ)が口火を切る。
「俺は野球部に多めに分配すべきだと思うな、何しろ去年も実績を残しているし、部員も多い。グラウンドも費用が掛かっているらしいじゃないか。吹奏楽部は楽器の運搬に費用がかかるとのことだが、OB会のサポートもあるようだ」
どうやら副会長も俺と同意見らしい。もう一人の会計係である清家(せいけ)もこれに同意する。
「私も同意見かな、野球のグラウンドの費用が年間数十万するならこちらに当てるべきでしょう。部員数60名程度とは変わらないくらいみたいだけど、実績の面でも野球部を優遇したい」
渋い顔をしていた書記の田辺(たなべ)はこれを聞いて話し出す。
「これまでの資料を見る限り、例年吹奏楽部の方が多くもらっていたみたいなんだけど、実績の話を聞くと野球部でもいいのかなあ」
俺は一応情報として吹奏楽部の実績についても共有した。
「とはいえ、吹奏楽部は県大会の常連で昨年も金賞だそうですから、そこはどうでしょう」
すると、庶務の福山(ふくやま)が口を開く。
「野球部の県ベスト8入りと吹奏楽部の県大会常連では注目度が違うように思う。吹奏楽部は最近外部のコーチを招いて費用が増えているということだが、そういう補助輪なしに実績を出している野球部を応援したくはあるな」
会議は概ね野球部に多めに分配しようという結論の方向に動いていた。
と、ここで今まで押し黙って会議を聞いていた生徒会長、望月 心(もちづき こころ)が口を開いた。
「私は、吹奏楽部に多く分配したほうがいいと思う」
俺は会議の流れと異なる結論に驚き、わけを尋ねた。すると会長は静かにこう言った。
「各部が部費を必要とする理由をそのホワイトボードに書き出してみようじゃないか」
俺が共有した情報を箇条書きにしてみると、意外な事実が判明する。
【野球部】
・部員数が60名と多い
・借りているグラウンドに年間数十万の予算がかかる
・昨年の甲子園の県ベスト8入り
【吹奏楽部】
・部員数が60名と多い
・大会での楽器の運搬費用に十数万かかる
・県大会の常連校で昨年は金賞も取っている
・資料では例年吹奏楽部の方が予算を多くもらっている
・新しいコーチを招いており、かかる費用が増えている
「あれ、吹奏楽部の方が部活動費を必要とする理由が多い」
俺が驚いていると会長が後ろで話し出す。
「隠されたプロフィール、というやつだよ」
「隠された、プロフィール?」
俺が尋ねると会長は腕組みして答えた。
「そう、野球部の理由はみなが同じ情報をはじめから持っていたが、吹奏楽部の情報はみながこの場ではじめて共有したものなんだ。それゆえに、情報の重みが低く見積もられてしまった。このように、会議で初めて共有した情報が、はじめから持っていた情報よりも軽く扱われてしまう現象を、『隠されたプロフィール』と呼ぶんだ」
「確かに、俺は野球部の情報は全部聞いてましたけど、吹奏楽部については県大会の常連だということ以外知りませんでしたよ」
俺がすっかり感服してこう言うと、会長もうなずく。
「そうだろうな、皆の意見を聞く限り、野球部の情報の方が少ない分正確に共有されていたように思う。しかし、実際には部費を必要としているのは吹奏楽部の方だった」
会長は役員一同に向き直ると、もう一度尋ねた。
「それでは、今一度決を採ろう」
今度は、皆が吹奏楽部に票を投じたのだった。
俺は改めて、この会長のすごみを見た思いがした。
会議が終わって俺は会長に尋ねてみた。
「ところで、吹奏楽部がOB会のサポートを受けていた点については考えなくてよかったのでしょうか」
「あ」
どうやら、情報共有は相当に難しいようである。
結局俺は二つの部に直接再度の査定をお願いし、すべての意見をまとめてから、最終判断を提出したのだった。
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