第6話 恋愛フラグが立ちました ―予言の自己成就―

 望月 心(もちづき こころ)は生徒からの尊敬を集める生徒会長だ。

 しかし、彼女には大きな悩みがあった。

 それは、人から遠ざけられていること。

 むろん、嫌われているというわけでは断じてなく、その美貌と才能が彼女を近寄りがたくさせているのである。

 「師匠、私は友達を作るぞ」

 望月会長はある日、俺、平田 浩平(ひらた こうへい)に向かって高らかにそのように宣言した。なぜ急に、と俺は戸惑ったが、人付き合いで長いこと悩んでいた姿を知っていたので、素直に応援することにした。

 「いいじゃないですか、でも、どうするつもりなんですか?」

 何か具体的に行動に移すと思っていた俺がそう尋ねると、意外な答えが返ってくる。

 「いや、何もしない」

 これはどういうことだろうか?

                  ◆◆◆

 昼休み、いつものように一人弁当を食べていると、隣の席のギャル、鞠川 瑠偉(まりかわ るい)が声をかけてきた。

 「なんか考え事? どうせまた生徒会長でしょ」

 にやにやとした笑みを浮かべながらそう尋ねてくる。中学の同期である鞠川は先日、俺が望月会長に思いを寄せていると言い当ててきた存在である。俺の心を見透かしたような雰囲気があってやや苦手なのだが、今日は実際会長の真意がつかめず悩んでいたため、彼女に相談してみることにした。

 「いや、会長が友達を作るって言い始めてさ。でも、そのために何もしないって言うんだ。これはどういうことだろうと思って」

 言うと鞠川は、納得したようにははあという。何がわかったというのか。

 「女の子が友達っていったらボーイフレンドでしょ、思い人がいるのよ」

 えっ、と俺はドキリとする。先日も結果的には彼女の予言は外れていたわけだが、それでも、もしかしたらと思ってしまう自分もいた。

 「で、どうして何もしないって言うんだ?」

 俺がたまらずそのように尋ねると、鞠川はさらりと答える。

 「そりゃあんた、告られ待ちってやつじゃないの?」

 つまり、恋人になりたいような相手がいて、その人に告白されるのを待っている、と。

 「それをどうして俺に言ったんだ?」

 聞くと、鞠川は、はあとため息をつく。

 「鈍いねえ、その相手があんたなんじゃないの?」

 聞いて、俺の心臓は大きく鼓動した。

                 ◆◆◆

 俺は生徒会室に向かいながら、さっき言われたことを反芻していた。

 会長が俺に告白されるのを待っている? いやいや、会長が俺を好きになるようなことあるはずがないのだ。鞠川の言うことなんか真に受ける方がどうかしている。

 生徒会室に入ると、いつものように望月会長がひとり本を読んでいた。長い黒髪を椅子の向こうに垂らしながら、物憂げな表情でページをめくっている。

 しばし見とれていると、会長はふとこちらに気づいて、にっこりと笑った。

 「やあ師匠、この間の話、誰かに言ったか?」

 あ、鞠川に相談したのがバレたのだろうか? 俺は慌てて謝った。

 「すみません、あまりに会長の意図がつかめないので、クラスメイトに話してしまいました」

 「いやいや、いいんだよそれで。結果が出るのを待っているところだ」

 結果とは何だろうか。俺は再び鞠川の言葉を思い出す。告白されるのを待っている……。

 「その、何を待っているんですか?」俺は尋ねてみる。

 「友達ができるのを」

 望月会長は澄んだ瞳でまっすぐ俺を見つめた。

 会長は俺だけにそのことを話したのだ。何かを期待するのなら、相手は俺だ。

 「あー、その……」

 気まずい思いで俺は言葉を詰まらせる。

 「もし、俺で良かったら……」

 俺は、彼女の何になりたいのだろうか。

 「友達になってくれませんか」

 気づくと俺はそう言っていた。腰抜けと思われるかもしれないが、会長が欲しいのは友達だ。

 望月会長はそれを聞くと目を丸くして驚いたあと、照れたように顔を赤くして目をそらした。

 「え、そうなるか。いや、その……まいったな」

 「そうなるか、とは?」

 俺が尋ねると、望月会長は恥ずかしそうに続ける。

 「予言の自己成就、という現象がある。これは、人に言ったことがうわさに乗って大きくなり、その内容が現実になってしまう、という集団現象のことだ」

 「というと?」

 俺が尋ねると会長はこんな話をした。

 「例えば、昔こんな事件があった。地方銀行に就職が決まった女子学生が、そのことを親戚に報告したところ、その親戚が『地方銀行は安定しないんじゃないか』と疑義を呈したことがあった。それを聞いて不安になった女子学生は、自分の就職先は危ないのか、と他の親戚に相談した。すると、その地方銀行が倒産の危機である、という間違ったうわさとなってたちまちに広まってしまった。うわさを聞いた人々は次々に預金を引き出しに来て、結局、本当にその地方銀行は倒産してしまった」

 何とも皮肉と言うか、やりきれない話である。でも、それが今回のあの発言とどうつながるのか?

 「ええと、結局その現象と今回の友達を作るという話とどう関係が?」

 「つまり、友達を作ると宣言してみて、それが現実になるか試してみたんだ」

 バツの悪そうな顔で咳払いをすると、会長はそう言った。

 なんだ、それは。俺があれこれ考えたのがバカみたいではないか。

 「そ、そんなことならはじめからそう言ってくれれば……」

 俺が無駄に思い悩むこともなかったのに! 自分の考えを言わないこの先輩に俺は少し怒りを覚えていた。

 「い、いや、巡り巡って知らない人と友達になったりするんじゃないかと期待していたんだ。トップバッターの君がお人好しなのがいけないんだぞ!」

 会長は目をぎゅっとつぶると手をバタバタと振って怒りだす。

 「お、俺だって会長のこと本気で考えて……」

 と、俺が反論しようとするのを制するように、会長はまたうつむいてつぶやいた。

 「それに……」

 「それに?」

 俺が促すと、会長は顔を真っ赤にしたまま言う。

 「こんなにうれしいとは思わなかった。本当は、これを期待していたのかもしれないな」

 俺はまたドキリとした。

 鞠川の予言は、図らずも現実となった、のか?

 「まあその、まずは友達からよろしく頼む」

 照れくさそうにそう言うと会長はそのまま逃げるように生徒会室を後にした。

 「まずは?」

 俺は再び会長の言葉の意味を考えていた。

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