第5話 「最初からそうだと思ってた」 ―後知恵バイアス―
ミステリーもののドラマなんかを見てこんなことを言う人がいる。
「最初からその人を怪しいと思ってたのよ」
はじめから一人をはっきり指摘していたなら別だが、多くの場合こうしたことは後出しで言うものである。
これは、自分は賢いと思いたいという心理が、後付けですべてわかっていたと自己認識をゆがませるために起こる現象だ。
これを、「後知恵バイアス」という。
この現象について「まあ自分もなんとなくわかっていた」と思った人は要注意。
すでに後知恵バイアスにとらわれているかもしれない……。
◆◆◆
なんて話を、望月 心(もちづき こころ)生徒会長は体育館の壇上でうれしそうに語っていた。うんうんとうなずく生徒たちに、感動して泣きだす生徒もいる。こういう手合いは話の内容なんて関係ないのだろう。さながらアイドルのファンである。
ステージそでで見守る俺、平田 浩平(ひらた こうへい)は、望月会長の人気っぷりにやや呆れながら、会長の話に耳を傾けていた。なかなか今回の話は身につまされる。
盛大な拍手に見送られ戻ってきた会長は、にっこりと笑うと「どうだった?」と声をかけてくる。
「耳が痛い話ですよ、どうしてもこういう後出しってしちゃいますよね」
と、俺が言うと、会長は我が意を得たりというように腕組みして言う。
「そうだろう、実は今回の話は君を見て着想を得たんだよ」
「え、そうなんですか」
そんなことあったかなと思い出せずに聞き返すと、会長は先日生徒会室で見たクイズ番組の話をもち出してきた。
「横で作業していてろくに見ていないくせに、クイズの答えが出るたびにあー、そうだと思ってたんですよー、なんて言うものだから笑ってしまったよ」
「うう、そうでしたかね?」
俺は自分の浅はかな心理を見透かされていたことに恥ずかしさを覚えた。
「でもなんとなくさっきの話、心当たりがあるなあと思っていたんです」
と、俺が言うと、会長はくすくすと笑った。
「それも後知恵バイアス、かな?」
あっ、と気づいて俺は赤面した。
悔しい。何とかこの会長の余裕を崩せないものだろうか。
「でも、望月先輩も似たようなものじゃなかったです?」
俺は反撃のつもりで会長に話を振る。むろん、後出しで分かっているようなことを言ったらすぐに指摘する心づもりである。
「思いっきり外してるのに、そっちかー、そっちも考えてたんだがなー、なんて負け惜しみ言ってましたよ」
「え、そんなことしてたか?」
会長は驚いたような、照れたような顔で頬をかいた。
「いやあ、意外と自分では気づけないものだな」
あれ、あっさり認めた。さすがに簡単には尻尾を出さないようだ。
「でも、俺が後知恵バイアスをはたらかせているのには気づいていたんでしょう?」
「はは、はじめから気づいていたわけではないよ。あとからスピーチを考えていてふと思い出したのさ」
わざとらしいくらいに後出しでないことを強調してくる。まあ、あんな話をした後だからぼろが出ないように注意を払っているのだろう。
「ともあれ、ついついやってしまうものですね。俺も気をつけないと」
「はは、そんな自覚があったのかい?」
「ええ、昔からクイズ番組を見ると…」
おっといけない、昔から自分にそういうところがあったのは知っていた、なんて言ったらまたあげ足を取られるところだ。
「ついつい熱が入っちゃいますよ」
慌てて軌道修正をすると、会長は悔しそうに笑って言った。
「ふふ、意識してみると思った以上に後知恵バイアスはあるものだろう?」
「え?」と俺が聞き返すと、会長はまたにやりと笑った。
「さっきから私のあげ足をとろうとしていただろう」
俺の考えはやはりお見通しのようだった。
「バレましたか、いつから気付いていたんですか?」
「ふふ、最初からさ」
背中を向ける会長に俺は一言。
「それ、後知恵バイアスですよ」
あ、とひと声上げると会長はそそくさと逃げていったのだった。
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