第4話 「みんなそう思ってる!」って本当? ―フォールス・コンセンサス―

 望月 心(もちづき こころ)はクールな生徒会長であり皆のあこがれだ。しかし、そんな彼女が俺、平田 浩平(ひらた こうへい)にだけ見せた顔がある。

 先日、彼女の素の笑顔を見て以来、俺の心のうちは望月会長のことで埋まっていた。

 「会長は何を考えていて、俺をどう思ったんだろうか」

 朝の教室で予習をしている俺は、勉強も手につかずペンをくるくると回しながらひとりごちた。

 「平田、何か最近ぼんやりしてんじゃん」

 俺に声をかけてきたのは同じクラスの鞠川 瑠偉(まりかわ るい)だった。茶髪のロングに制服の上からパーカーを羽織り、耳にはピアス。いわゆる陽キャグループに属する生徒だ。

 「制服、校則違反だぞ」

 「はいはい、生徒会さんお疲れさまでーす」

 どうでもよさそうに席についた鞠川は、椅子をこちらに近づけて身を乗り出した。

 「ね、それよりあんたさ、生徒会長のこと好きなんでしょ」

 鞠川の突然の言葉に俺は椅子から転げ落ちそうになる。

 「ばっ、何言ってんだよ! んーなわけねーだろ!」

 俺が動転してそう言い返すと、

 「うわ、中学生みたいな反応」

 と茶化される。鞠川とは中学からの同期だが、噂好きで不真面目な態度は相変わらずである。

 「あんたわかりやすよねー。たまに一緒に歩いてるの見るけど、目が違うもん」

 「何が言いたいんだよ」

 と俺が聞き返すと、ニヤニヤしながら鞠川は言う。

 「あれは競争率高いよ~。男子がみんな狙ってるからね」

 その言葉に俺はハッとする。当たり前だが会長はあこがれの美少女、多くの男子にとっては手が届かない存在だが、生徒会内部にも会長と同じクラスにも男子は大勢いるのである。

 「あんたそうやって硬派ぶってる場合じゃないって。女の子はね、ちゃんと気持ち伝えてくれるの待ってるんだよ?」

 どうして鞠川がそんな口出しをしてくるのかわからなかったが、俺の中に嫉妬のような焦りのような感情がわくのがわかった。

 「そ、そういうものなのか?」

 と尋ねると、鞠川は嬉しそうに続けた。

 「そうそう、女の子はお姫様扱いされたいものなのです。受け身の男は相手にされないよ?」

 「お姫様扱い……」

 どうにも胸のあたりが息苦しくなるのを感じたが、鞠川に言われて態度を変えるのもしゃくに思ってそっぽを向く。

 「会長は尊敬する先輩だ。それ以上の感情はない」

 「ふーん、ほかの男にとられてから後悔しても遅いけどね」

 鞠川のそんな捨て台詞が心に突き刺さったまま、俺はその日の授業を上の空で過ごしたのだった。

                   ◆◆◆

 授業が終わり、いつものように生徒会室に向かうと、望月会長と副会長の男子が談笑していた。男子がみんな会長を狙っている。そんな言葉が思い出されて、慌ててそれを打ち消すように首を横に振る。

 「やあ、師匠。市川君、彼にも聞かせてやってくれよ、これがまた傑作なんだ」

笑い涙を流しながら会長がこちらを見る。どうやら副会長の笑い話を聞いていたらしい。こんな表情を見るのは初めてだった。

 「あ、いやあ、お二人のお邪魔しちゃ悪いですから」と俺。

 そうだ、俺は元から平凡で会長のような女性とは縁のない男だ。勝手に思いを寄せるのもおこがましい。気持ちをしぼませて、俺はお茶を汲みに水道に向かった。

 漏れ聞こえる笑い声を聞かないようにしてお盆に茶を載せて戻ってくると、副会長がこちらを振り向いた。

 「彼女に振られちゃってさ、平田も慰めてくれよ」

 なんだ、失恋話で会長の気を引こうとしてたのか? 

 「えー、どうしてなんですか?」

 三枚目と言ったおどけた表情の副会長を警戒したまま、俺は話の続きを促した。

 「女の子はお姫様あつかいされるのが好きなんだーって女友達に言われたから、彼女の誕生日にドレス贈ってタキシード着てエスコートとかしたのよ。そしたら『やりすぎだし恥ずかしいから一緒にいたくない』って言われて。俺だったら絶対嬉しいのになあ」

 お姫様扱い。最近聞いたような言葉だ。複雑な気持ちになっていると、望月会長が横槍を入れる。

 「こういうのを『フォールス・コンセンサス』というんだ」

 「フォールス・コンセンサス、ですか?」

 いつものごとく聞き返すと会長は得意げに続ける。

 「訳語は『誤った総意』で、自分が思っていることを周りのみんなも同じように思っていると勘違いしやすい、という現象なんだ」

 「例えば?」と俺。

 「例えば『お姫様扱いされたい』のは、その女友達の個人的な意見なのに、彼女は『女の子』みんながそう思っていると勘違いしていたのだろう? 彼も自分が喜ぶことは相手も喜ぶだろうと高をくくっていたわけだ」

 会長の説明を聞き、俺は「ははあ」と腑に落ちた思いがした。

 「それで、今なんとかヨリを戻せないか交渉中なんだよ」

 と、副会長が締めくくった。

 結局、会長のことを狙っている「みんな」も、お姫様扱いされたい「みんな」も、俺と鞠川の中にしかいなかったわけだ。

 「はは、仲が戻るといいですね」

 俺はすっかりと安堵して、持ってきた紅茶を二人に差しだした。

 「今日はアッサムティーです」

 それを見て会長は「ふふ」と笑った。

 「でもね、私はこういうお姫様扱いが好きなんだ」


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