第3話 ギャップ萌えはなぜ鉄板か? ―対人認知の二過程モデル―
生徒会長、望月 心(もちづき こころ)はそのクールな印象と違って、かなり抜けたところのある人だった。
俺、平田 浩平(ひらた こうへい)にとってその部分は彼女のかわいげとして映っていた。
「師匠、友達はどうやったらできるのだろうな」
暮れ方の生徒会総務室には大机を挟んで俺と会長の二人きり。俺の淹れた茶をすすりながらそんな風にため息をつく会長に、なにかあったのかと尋ねてみると、またぞろ心理学の専門用語が飛びだした。
「対人認知の二過程モデルというものを知っているだろうか」
「はあ、浅学にして存じませんが」
俺がそう答えると、会長は用意してきたように続きを話し出す。
「人には第一印象とそのギャップがあって、相手との関係が深まると自然と複雑な人間像が浮かび上がるという考え方なんだ。いわゆる、ギャップ萌えというやつだな」
「はあ」
真面目な会長からギャップ萌えなどという言葉が出てきたことに面食らっていると、会長は興奮したように俺の方に顔を近づける。
「つまりだ、意外な一面を知るということは、それだけでその人を深く知ったという気になる。裏を返せば、『ギャップ萌え』させてしまえば相手はこちらと仲良くなったも同然なのではないか⁉ と」
「ええと、それが友達作りとどう関係が?」
意味が分からないといったように返事をすると、もどかしそうに会長はスケッチブックを取り出してめくって見せた。
「こんな生徒会長は嫌だ」
フリップ芸だ。
「万引きをする」
しかもつまらない。
「あの、まさかそれを……」
俺がたまらなくなって会長に尋ねると、案の定の回答が返ってくる。
「クラスメイトに見せた」
「反応は?」と俺。
「冷めた目をされた」
そうだろうな。
「やっぱり私はみんなから嫌われているんだ!」
そう言うと会長は顔を手で覆ってふさぎ込んでしまう。
「いや、いきなりフリップ芸なんかされたら誰だって反応に困りますよ!」
「だって、だって私本当は面白いんだもん! 怖い人じゃないって思われたいんだもん!」
駄々をこねるように泣きわめく会長に、俺はなんと声をかけていいかわからなくなる。全く不器用な人である。
「ほら、それならもっと自然な方がいいんじゃないですか? 用意してきたネタを『ギャップのある内面』とは普通言いませんよ」
なだめるように諭すと、会長は「うるさい、うるさい!」と俺の手を払いのける。こんなに子供っぽい一面もあったのか……。
「そんな正論ばっかり言って師匠なんて嫌いだ! いつも冷静ぶって上からモノを言いやがって!」
それは会長の方ではないか。むきになって暴れる会長を見て、俺は思いついて提案する。
「あ、そうですよ。こういう意外と子供っぽいところがギャップになるんじゃないですか? いつもクールな会長のこういう一面を知ったらみんな好きになりますよ!」
いいアイデアだと思ったが、会長は一層落ち込んでしまった。
「そんなわけあるか。意外と子供っぽいなんてマイナスのギャップ、誰が喜ぶんだ。意外とダメなとこあるんですねは悪口の時言うやつだろ!」
意外と冷静だな。
俺はどうしようもなくなってこの繊細な少女の前で立ち尽くすのみだった。クールに見えた会長が、人から好かれようと空回りして、顔を真っ赤にして泣きはらしている。
そんな姿に俺は思わず言葉をもらす。
「でも、俺はそういうとこ、かわいくて好きですよ」
えっという顔で俺を見上げる会長。俺もなぜかまずいことを言った気がして赤面して口元を隠す。
しばし見つめあったまま沈黙が流れる。
やばい!
絶対へんなこと言った、俺。
ていうか告白したと思われた⁉
「あ、いや、これは変な意味ではなくて……! 人間的に……」
慌てて手を振り訂正しようとした俺に、会長はくすっと笑って言う。
「なんだ、師匠も照れたりするんだな」
気が休まったというような柔らかな笑みに思わず心臓がはねた。なんだ、そのわかったような顔は。会長にこれほど精神的優位に立たれたのは初めてかもしれない。
「人間らしいところがあるんだな、キミにも」
すっきりとした顔で立ち上がる会長を、俺はわけもわからず呼び止める。
「ま、待ってください、何がわかったんですか?」
ふっと笑って会長はこたえる。
「ギャップ萌え、かな」
してやられた。なんだかそんな気分になった。
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