第2話 勘違いはラブコメの華? ―確証バイアス―
望月 心(もちづき こころ)はその美貌と優秀さから人を寄せ付けない雰囲気があった。
心理学者を母に持ち、自らも心理学論文を執筆するほどの天才にして県内トップの進学校の生徒会長であり、「ミス北高」を3年連続優勝したほどの高嶺の花。これに近づけという方が無理だ。
といっても、みんな彼女のことを怖がっていたというよりはむしろ、「彼女のような人と自分では住む世界が違う」と感じていたようである。
俺、平田 浩平(ひらた こうへい)もかつてはその一人だった。かつてはというのは、今その彼女が俺の住む世界の中心に飛び込んできてしまったためである。
「師匠、やはり私はみんなから嫌われているのだろうか?」
朝礼前のにぎやかな廊下を歩きながら、おびえたような目で俺を見るこの黒髪の美少女こそ、誰あろう望月心なのである。
「その、師匠という呼び方はやめませんか?冷たい視線が」
二人に浴びせられる好奇の目に気まずさを感じながら、俺は困ったような調子でそう返す。先日、彼女に人付き合いのちょっとしたコツを教えたことでいたく感動され、以来会長は俺を師と仰ぐようになってしまったのだった。
「何を言うんだ。あれは私を軽蔑しているに違いない」と望月会長。
まさか背筋を伸ばして歩くこの麗人の心のうちが、これほどネガティブとはだれも思うまい。
「違いますよ、あこがれの会長と並んで歩いているさえない男をいぶかしんでるんですよ」
俺がそのように訂正すると、会長はかぶりを振って言う。
「師匠、キミはネガティブすぎる」
その言葉、そっくりそのまま返すわ。
「それはね師匠、確証バイアスというものだよ」
望月会長は立ち止まると、指を立ててそう言った。
「かくしょうバイアス?」
俺がおうむ返しに訊くと、彼女はつらつらと説明を始めた。
「人は自分に都合のいいことを信じたいという心の働きがある。だから、自分の信じていることを証明するような証拠ばかり集めて、そうでない根拠を無視してしまいやすい」
「と言うと?」
俺が聞き返すと会長は廊下で視線を送っていた女子生徒をちらと見やる。
「ほら、彼女は何か言いたげにこちらをうかがっている。あれはキミに告白でもしようと言うんじゃないか?」
あまりにありえないことを言う会長に俺は思わず吹き出す。
「いやいや、俺は生まれてこの方女子にもてたことなんて一度もありませんよ。もしかしたら会長に告白とかじゃありませんか?」
「何を言う、私に用事などタイマン勝負を申し込まれるくらいだろう」と会長。
どんな世界だ。
「いや、生徒会関連かもしれませんよ」
と俺が言うと、会長は確かにそうかと女子生徒に向き直った。
「彼か私に、何か用かな?」
さわやかではっきりとした口調。本性を知らなければ好きになってしまいそうな笑顔を見せる会長に、女子生徒は顔を真っ赤にして言いづらそうに話しだす。
「あの、会長……。差し出がましいようですが」
ほら、やっぱり望月会長に告白じゃないか。と一人納得していると、驚くべき言葉が続く。
「パンツが、見えてしまっています……。」
驚いた顔で会長が尻の方を確認すると、制服のスカートがカバンに巻き込まれてめくりあがっていた。皆の視線の正体はこれか。カバンで隠れて俺からも死角になっていたらしく、今の今まで気づかなかった。
「そ」
会長は顔面を紅潮させると息を詰まらせてから大声を上げた。
「そういうことは早く言ってくれ~~~!」
どうやら、確証バイアスはお互い様だったようである。
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